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1952年宣教開始  賀茂川教会はプロテスタント・ルター派のキリスト教会です。

 日本福音ルーテル賀茂川教会  

聖句断章weekly message  2019年(1)


★「太陽と共に始めよ」2019.4.21
「あなたを救うために主は十字架の犠牲を負われた」2019.4.14
「導かれるままに」2019.4.7

 太陽と共に始めよ
2019.4.21
谷川 卓三 牧師
イエスは言われた。「わたしにすがりつくのはよしなさい。まだ父のもとへ上っていないのだから。わたしの兄弟たちのところへ行って、こう言いなさい。『わたしの父であり、あなたがたの父である方、また、わたしの神であり、あなたがたの神である方のところへわたしは上る』と。」(ヨハネによる福音書20章17節)
*主題:復活の光。復活の太陽。三位一体の光。
    あなたと私への復活の光の到来
     ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~
*派遣命令は「新しい朝の光」から。「すがりつく」関係:過去の麗しい同伴関係ではなく、新しい使命:復活の主の同伴と導きの未来への遣わし。
*復活の太陽は全く新しい太陽である。栄光の顕現の太陽である。土曜日の太陽は隠された太陽、父なる太陽の安息である。それに対して、日曜日の太陽は復活の御子の主なる太陽である。日曜日は安息明けの太陽の光から始まる。御子の太陽の安息は、魂の太陽を寿ぐ安息である。安息の質と意味が、土曜日安息とは区別される。
*三位一体の太陽(光の根源なる父と、輝く光としての御子と、内なる温もりの光としての聖霊)。
*兄弟姉妹のところへ行って伝えよ。摩訶不思議な神の出来事としての復活を!
*復活の光が届くとき、一人一人は復活の光によって新しいものとされる。光はそれぞれの人に独自の恵みとして届く。

*この聖句の説教「導かれるままに」をYouTubeで視聴できます。
 こちらをごらんください。

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 あなたを救うために主は十字架の犠牲を負われた
2019.4.14
 谷川 卓三 牧師
するとイエスは、「はっきり言っておくが、あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」と言われた。(ルカによる福音書23章43節)
*イエスに祝福された磔刑者はどのような人であっただろう。十字架刑は国家反逆罪である。その中には色々な人々がいる。ごろつきのような者も赤穂浪士のような義人も。フランス革命時にバスチューユを襲った者たち、また解放された者たちの中には多くの無頼漢たちがいた。ならず者の暴力によって革命が果たされたことは歴史の裏面である。イエスと共に十字架刑に処せられた二人の強盗もどのような者たちか気になる。イエスに祝された強盗は神を恐れる人であったとある。あらゆる人間の人生の総決算が「神を恐れる」か否かに掛かっているということである。「神を恐れる」ところから人間としての抑制・節制・謙遜が生まれる。
*この人がどんな理由で国家反逆罪に問われたのか。多くの革命的暴動において一蓮托生になった群衆を一括りにしてはいけない。一人一人みな、そこに至る道は異なる。この人がもし、神を恐れ、共に十字架に掛けられたイエスのうちに罪なき人を見て、「イエスよ、あなたの御国においでになるときには、わたしを思い出してください」と言ったとすれば、すごく純粋で高貴な精神の持ち主であったことが想像される。
*暴力的権力のピラミッドで構成される、ローマ帝国のような、この世には認められない者の中にも、神の国のために邁進する多くの人々がいる。その人たちの無念の犠牲を私たちは慮らなければならない。彼らの働きのゆえに天国は近づいている。イエスと共に楽園にいる人々は最後の瞬間まで、その一期一会において、祝福を受けることができる。人類の救いのために御父の独り子が十字架の死の犠牲を払われたように、義のために喜んで犠牲となる品性の神の子らによってこの世は神の国へと近づいてゆく。
*「あなたは今日わたしと一緒に楽園にいる」はイエスと共なる神との一致、ヨハネ17:22「あなたがくださった栄光を、わたしは彼らに与えました。わたしたちが一つであるように、彼らも一つになるためです。」の成就である。闇の世界が神との交わりによって一瞬にして光へと変わる奇跡がここに起こった。

*この聖句の説教「導かれるままに」をYouTubeで視聴できます。
 こちらをごらんください。

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 御心に従って導かれるままに
2019.4.7
谷川 卓三 牧師
イエスは言われた。「この人のするままにさせておきなさい。わたしの葬りの日のために、それを取っておいたのだから。貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるが、わたしはいつも一緒にいるわけではない。」
(ヨハネによる福音書第12章7-8節)
@ 一期一会:出会いの不思議 闇が光となる。
@ ユダの合理的な、そして自己義認的な反撥、
@ 対して、イエスの非理性的服従(従順)
@ それが救いに至る道と滅びに至る道の分かれ道。
@ 神意のままに、あるがまま従う
 :それが十字架への不可避の道(葬りの日)であろうとも、
   神の導きは全て祝福の道!

*この聖句の説教「導かれるままに」をYouTubeで視聴できます。
 こちらをごらんください。

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