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1952年宣教開始  賀茂川教会はプロテスタント・ルター派のキリスト教会です。

 日本福音ルーテル賀茂川教会  

聖句断章weekly message  2020年4月〜


「エリ、エリ、レマ、サバクタニ」2020.4.5

 エリ、エリ、レマ、サバクタニ
2020.4 5.
 谷川 卓三 牧師
三時ごろ、イエスは大声で叫ばれた。「エリ、エリ、レマ、サバクタニ。」これは、「わが神、わが神、なぜわたしをお見捨てになったのですか」という意味である。(マタイ27章46節)
●マタイ篇の受難物語である。マタイがどのような視野でこれを描いているかをイメージしよう。天の国を地上にもたらすために来たと、宣教の初めに宣言された方と十字架に付けられた方は失敗だったのか?マタイは世の初めからの系図からイエスの誕生を描いている。そして福音書全体で世の初めから、そして世の終わりまで共にいる主を描いている。その創造世界の歴史の中点としての転換点が十字架である。

●「わが神、わが神、何故・・・」はたしかに「神の」裁きである。神の裁きの峻厳さがイエスの叫びにあらわれている。そしてそれは人間が神から切り離された結果の終極である。死の支配する世界全体の現実が、イエスの苦悶の叫びとしてあらわれている。だから、全地が真昼の3時間暗黒に包まれたのである。この裁きから逃れることの出来る者は誰もいない。全ての人は罪びとである。イエスも含めて(ガラテヤ書参照)。

●イエスが罪びとの一人に数えられたことの意味は、神が罪びとの側に立たれるということである。神は罪ある者を裁く審判者として上から臨むのではなく、罪びとと共に、自らを罪びとの側に立った。それはすなわち、赦しである。全人類への神の赦しがこの苦悶の叫びの中にある。そうして主は平安の内に全ての救いの業を終えて霊を御父に委ねて、過ぎ越しの夜の出来事は復活前の大安息日の静寂に包まれる。

●古い時代、古い創造世界は終わった。初めの創造世界は人間の罪の故に終わった。今や、恵みのみによって立つ、新しい世界の創造が始まる時である。 罪びとは主と共に死に、義人として主と共に復活する。準備は出来ているか?

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