本文へスキップ

1952年宣教開始  賀茂川教会はプロテスタント・ルター派のキリスト教会です。

賀茂川教会タイトルロゴ  聖壇クロスの写真

2024年12月礼拝説教


★2024.12.29 「主イエスは神の家にいる」ルカ2:41-52
★2024.12.22 「神は憐れみを貫かれる」ルカ1:39-55
★2024.12.15 「神に立ち帰りなさい」ルカ3:7-18
★2024.12.8 「全ての人のための備え」ルカ3:1-6
★2024.12.1 「神の真実の声に耳を傾けよ」ヨハネ18:33-37

「主イエスは神の家にいる」ルカ2:41-52
2024.12.29 大宮 陸孝 牧師
「わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか」(ルカによる福音書2章49節)
 本日のルカ福音書の日課は、イエスの少年時代のよく知られているエピソードです。この物語は四つの福音書の中で、ルカ福音書にだけ見られる独自の記録で、ルカはこれによって、イエス誕生の出来事と3章からの公生涯への出発との間に横たわる30年という長い時間的な空白の間に一つの踏み石を置いています。直前の40節の「幼な子はたくましく育ち、知恵に満ち、神の恵みに包まれていた」という記述に続けるように「イエスが12歳になったときも、両親は祭りの慣習に従って都に(エルサレムに)上った」と展開されて行きます。

 イエスの少年時代は外典に少し述べられています。聖書はわたしたちが読んでいるものが正典とされているのですが、他に外典、偽典がたくさんありまして、その中に〈トマスによるキリスト幼児物語〉というのがあり、イエスの幼児時代がかなり詳しく書かれているのですが、しかし、信憑性が低いというので、正典からは除外されています。そこには、イエスの5歳の時、6歳の時、8歳の時、といった年齢表示を伴うものを含めて、イエスが子供の頃に行った数々の奇跡物語が、断片的に記されています。その中でルカに見られるイエスの12歳の時の物語は、最後の19章に、ルカとほとんど同じ内容で記されております。ルカがこのトマス福音書の12歳の時の物語の部分だけを取り上げていることを見ますと、ただ単にイエスの幼児期の空白を埋めるだけが目的ではないことは明白です。

 ルカ1章80節のバプテスマのヨハネの幼児期の成長ぶりが記されている「幼子は身も心も健やかに育ち、イスラエルの人々の前に現れるまで荒れ野にいた」という表現や、または「子は成長し、主はその子を祝福された」(士師記13章24節)というサムソンの場合、さらに「少年サムエルはすくすくと育ち、主にも人々にも喜ばれる者となった」(サムエル記上2章26節)との顕著な類似性を見るときに、ルカはそこにイエスの人間性を強調しているという重要な特徴が明確に見えて来ます。ルカがイエスの人間性を描くときには、イエスを他の人々の生に出来るだけ密着させて描いているということが重要なのです。ルカはそうすることによって、イエスの人間的な生と死において、神が低くなってわたしたちの所に降ったという、真の奇跡を証しし、そのようなルカの証言が、この少年時代のイエスのエピソードに、イエスの十字架の受難と復活の勝利の先駆けとなるひとすじの光りを放つ物語となっているということです。そして、この物語の最後の52節「イエスは知恵が増し、背丈も伸び、神と人から愛された」と40節の成長記録の言葉がもう一度繰り返され、この二つの節を強固な柱としてその間に懸けられた釣り橋が、3章から始まるイエスのメシアとして十字架への道を歩み出す公生涯への橋渡しとなっているということになります。

 41節〜45節 ユダヤの成人男子には、律法によって、年三回、春の過越祭、初夏の五旬節、秋の仮庵祭の三大祭に出ることが命じられていました。女性にはその義務はありませんでしたが、敬虔な家庭では、大抵は夫婦で参加するということであったようです。しかし、この年三回という規定は、パレスティナでも、年一回でよい、とされていたようで、イエスの両親はこの習慣に従ったようです。

 年齢の低い少年であっても宮に詣ることが求められたのですが、この物語では「イエスが12歳になった時」に力点が置かれています。ユダヤ教社会では男子が12歳になると青年期に入ったとされて、断食をすることを教わり始め、13歳に達すると、幼年期を脱し、割礼による〈契約の男子〉として、成人の宗教的義務に関わることが求められました。イエスが初めてエルサレムに上ったのは、たまたま12歳の時に両親に附いて行ったということではなく一年早めてこの成人の宗教的義務にかかわることとして参加したと推測されます。過越祭とそれに続く種入れぬパンの祭りは、七日間にわたり行われます。12歳になっていたイエスはある程度の行動の自由を持っていたということでしょう。巡礼の仲間と共に帰途につこうとしたときに、両親は、イエスが一行の中にいるものと思い込み、イエスの不在に気づきませんでした。

 トマスの物語では、イエスは帰途後に、再び「エルサレムに上って行った」とありますが、ルカでは、イエスはエルサレムに居残っていたとなっていて、この方がより自然であるように思われます。44節で巡礼団がエルサレムを出て一日路を過ぎたとき、両親は初めてイエスがいないことに気づき、大騒ぎとなります。大変のんきな話しではありますが、家族的な集団で旅をする当時としてはあり得た事態ではあったということです。

 当然ではありますが両親はこの事態に顔色を変えて我が子を捜し求めます。彼らは、群れをなす他の巡礼団とは逆の方向に歩いて、一日の行路をエルサレムまで引き返しました。そして祭りの終わった町中を、なおも我が子を求めて、心当たりの場所を次から次へと懸命に探し歩きます。このような場合、母親の心中は察するに余りあります。この時のマリアの表情は、混雑の中に巻き込まれて見失った幼子を探す、世の若い母親と同じであったでありましょう。

 46節〜47節 ようやく「三日後に」とは、引き返した両親がエルサレムについてからか、イエスの不在に気づかないままエルサレムを離れてからか、それとも、帰途、イエスの不在に気づいてからか、計算の起点が明らかではありません。恐らくエルサレムに戻ってからかも知れません。であるとするならば、イエスが「宮の中」にいるのを発見するまでにまる五日間イエスは「宮の中」にいたことになります。両親はまさかイエスが五日間ずっとそこにいたことは考えられなかったでありましょう。宮の中でイエスがいた場所は、ルカの表現では、祭司たちのいる建物ではなく宮の前庭です。そこで、ラビたちが人々に囲まれ、律法に関する質疑応答や討論を行っていた。少年イエスはその中にいて、「地面にしゃがみ、12歳の子供にしては意外と思われそうな質問をしていた。当時、律法学者は、安息日や祭日には神殿の中庭や廊下で人々の質問に答える習慣がありました。

 47節は前後の節と主語が変わり、「聞いている人」はとあり、唐突な印象を受けます。これは、〈イエスが話すのを聞いていた周りの人たちは、みな一様に、そのものわかりの良さと答えぶりに、びっくりしていた〉と訳すのが適当でありましょう。イエスの返答は、教師たちだけではなく、周囲にいた人々をも驚かせるほどの深い律法理解を示し、且つ飽(あ)くことなく神の真理を学ぼうとしているイエスの熱心を表現しているのです。両親が慣例に従ってエルサレム詣でをし、慣例に従ってまた帰るのと対比的に、イエスが宮詣をしたことの本質的な意味をここで明らかにしようとしているということになります。

 48節〜50節 「両親はイエスを見て驚き」は、前節の周囲にいてイエスの賢さにびっくりしていた人々の反応とは違って、イエスが思いも掛けず、宮の中にいて、しかも子供ながら教師たちの律法教授に一人前の顔で参加していたことに驚いたということです。我が子を探すのに懸命であった母親にとっては、子供を見つけたことの方が大事であって、イエスがどんな話しをしていたかなどは、問題ではなかったと思われます。ですから、真っ先に母親の口をついて出た言葉が「なぜこんなことをしてくれたのです。ご覧なさい、お父さんもわたしも心配して探していたのです」という言葉でした。

 49節に記されているイエスの言葉は、誕生から公生涯に入るまでの期間(3章23節以前)で唯一のもので、記録された限りでのイエスの最初の発言であります。「どうしてわたしを探したのですか。わたしが自分の父の家にいるのは当たり前だということを、知らなかったのですか」。これは母マリアの思い詰めた問いに対する直接の返答ではなく、両親に対して、イエスという存在の本質を表現したものということが出来るでしょう。マリアは、宮の中でやっとイエスを見つけたとき、「お父さんもわたしも」と、独占排他的に、自分たちの両親ぶりを表明したのですが、イエスの返答はそのマリアの親としての意識に対して向けられたのです。マリアが母であり、ヨセフが父であることを、イエスは否定はしておりません(51節)しかし、イエスには、それを包括し、なお且つそれを超えて、「わたしの父」がおられます。そして、この父とイエスとの独一な関わりにおいては、マリアとヨセフは、人の世での相対的で独占排他的な両親性を失うことになります。

 イエスにとっては、このような(天の)父との独一的な関わりの意識はきわめて自然で、真実なものでありました。ここに、人の子の秘義が存在するのです。ここに証しされているのは、わたしたちが考えがちな、この12歳というイエスの少年期においてすでに、イエスには、「自分が神の子であるという意識が芽生えつつあった」のだということではありません。ここのイエスの言葉と密接に結びついているルカ福音書の重要な箇所が、23章46節のイエスの十字架上の最後の言葉「『父よ、わたしの霊を御手にゆだねます』こう言って息を引き取られた」という言葉です。イエスにおいては、天の父との独一的な関わりは、常にその生涯を貫いていたということを表していて、イエスは、神が人となって地上を歩まれる真の人の子であると共に、真の父(神)の子であるという、その一体性を証ししているということです。

 50節 両親が人間的な血縁関係という狭い視野で我が子を眺めていた限りでは、全く予想外な場であった宮は、イエスから見れば、たとえ両親から一時的に離れていようとも、天の父のもの、天の父の支配される世界の中にいることにおいては、ナザレの家でありましょうとも、エルサレムの宮でありましょうとも、何の変わりはありませんでした。イエスには常に「わたしは、わたしの父のものの中にいるはずだ」という必然性がありました。しかし、こうしたイエスの発言はイエスの両親には到底理解できるものではないことが明らかになります。イエスの自己理解と肉親の我が子を受け止める認識の間には大きな断絶があります。この明らかにされた両者の断絶は、イエスの生と死と復活によって成就された、神の救いの業への信仰によってのみ、乗り越えられるものとなります。それはわたしたちにとっても同様であります。

 51節は物語の重要な結論部分です。自分が天の父の子であるというイエスの自覚的な発言は、イエスがヨセフとマリアの息子である事実を否定したり、そこからの突然の分離や離脱・断絶生活をもたらしたりするものではありませんでした。イエスは両親と共にナザレに帰り、そこでさらにその後約一八年間、ヨセフとマリアの息子として彼らに仕えて行きます。イエスは郷里のナザレの人々にとっては、ヨセフの子であり、村の大工でありました。母マリアが、彼女の直感に基づいて、イエスの誕生以来心に深く留めざるを得なかったことは、こうした、人間的な観点では何ら他の人と変わるところがないと思われるイエスの生き方の中に、一筋の閃光(せんこう)が閃く(ひらめく)かのような独一生とイエスの言葉の数々であったということでした。それはわたしたちと同じ人性を取り、わたしたちの所に来て、わたしたちと同じ人生を歩まれ、わたしたちがその人生の道行きを悩む、その人生を、イエスもまた引き受けて共に歩み悩まれたということ、それが憐れみ深く自らを低くしてわたしたちの所に来られた神であったということを表しているのです。

 貧しさとか、病とか、様々な心配事を抱えて生きているわたしたちの所にイエスは来られました。ただわたしたちの悩みを解消するためだけではありません。悩みを共に負うためであります。悩みも人間のことではなく、神のこととするためです。神の御子がそのように人生を共に歩んでいてくださる。神の御子はここにおられるのです。それは、今日の神を忘れ失われているようなわたしたちの世界を、神のものとして取り戻し、神の永遠的な命に繋げるために、これから神が救いの働きをなさるためでありました。

 お祈りを致します。

 父なる神様。御名を褒めたたえ感謝致します。あなたは主イエス・キリストを異邦人にも啓示の光りとして送って下さり、わたしたちをもあなたの民、あなたの家族にしてくださいました。その恵みをただただ感謝致します。神様。わたしたちが、主イエス・キリストの言、またその人としての歩みと、わたしたちの罪に死んでくださり、そして復活の命に蘇ってくださった主の恵み深い救いの業を受け容れて、新しい信仰の命に生きる者とならせてください。新しい年も毎週、主の言葉を聴き、主を讃美し、罪に死に、新しく生きるあなたの救いの恵みの業に生きる者とならせてください。派遣されるこの世の場所で、信仰の戦いを戦い、あなたの恵みの中で、主を礼拝する者としてこの場に立ち帰らせていただき、そして慰め、励まし、癒しを受け、あなたの命の力である霊と御言によって新たにされる日々となりますように

 主イエス・キリストの御名によって祈ります。  アーメン
      
ページの先頭へ

「神は憐れみを貫かれる」ルカ1:39-55
2024.12.22 大宮 陸孝 牧師
「主はその腕で力を振るい、思いあがる者を打ち散らし、権力ある者をその座から引き降ろし、身分の低い者を高く上げ、飢えた者を良い物で満たし、富める者を空腹のまま追い返されます」。(ルカによる福音書1章51-53節)
 新約聖書創世記の天地創造の物語は神の言葉をもって始まります。その前は闇、そして神はそこでは沈黙しておられたということになりましょう。それを、創世記は混沌と表現しています。ルカは1章5節で、ユダヤの王ヘロデの時代、アビヤ組の祭司ザカリアに・・・聖所で香をたいていると・・・主の天使が現れ・・・天使が言った「恐れることはない。ザカリア、あなたの願いは聞き入れられた」と語りだし、新しい創造の物語が始まります。

 闇が支配するこの世に生まれるものは何か。時代はヘロデの治世(紀元前三七年から紀元前四年)齢(よわい)は既に傾き、活力が乏しくなった敬虔な祭司夫妻から話しが始まります。(ザカリアとは神が思い出してくださったという意味)ルカ福音書1章から2章の壮大な救い主誕生物語が始まります。バプテスマのヨハネとイエスの二人の誕生物語です。この誕生物語で旧約聖書で約束された神の祝福を引き継ぐ旧約時代の最後の人物としてバプテスマのヨハネを象徴させ、その約束を成就し実現させる方としてイエスを描こうとしているということです。ルカ1〜2章で語られる誕生物語は、旧約のユダヤ教の歴史と新しく始まる新約の歴史との相互関連性についてのルカ特有の歴史観が描かれていると見ることができます。ここには「神はその御旨を成し遂げたもう」というメッセージが鳴り響いています。

 ルカ福音書には旧約聖書の物語と詩の伝統がちりばめられています。ルカは主イエスの生涯の出来事を、直接、間接に旧約聖書を通して示されている告知や希望と結びつけています。特にそれがルカ福音書1章と2章に広く見られます。そのようにしてルカ福音書は、被造物に対する神の継続的な創造の業、その計画と目的がイエスという救い主の生涯にわたる業と言葉において焦点を結んだことを告げています。

 ルカは、ザカリアとエリサベトという子どものいない老夫婦、そして老年という理由故にではなく、未婚のために子どもがいないマリヤという一人の女性に焦点を当てることから、話しを始めます。創世記12章から50章にあります初期の約束物語と、サムエル記上1章1節以下2章10節までの一つの主題ー見込みのないような状況にあって神が約束を守られるという主題ーを取り上げます。そして、アブラハムとサラのようにザカリアは子どもが与えられるという告知を信じない態度を取り、その不信仰の態度の故にヨハネが生まれるまで口がきけなくなります。

 このような信仰の欠如は、創世記に出てくるえにしえの物語と共鳴している一方で、他方ではそれはまた、真の信仰による応答と、ヨハネとイエスという約束された子どもたちの間の違いを引き立てる役割を果たしてもいます。ザカリアとマリアへの天使の訪れと告知は、来たるべき誕生についての良い知らせ、やがて行う活動とその名前を内容として含んでいる知らせとをもたらすのですが、この知らせを聞いた者たちの反応は全く異なっています。ザカリアが不信仰な応答をし、口がきけなくなっているのに対して、マリアは神の言葉に聞き従い信仰によって応答しました。
 「わたしはここにおります・・・おことば通りにこの身になりますように」とのマリアの応答は、神に対する信仰並びにイエスに対するふさわしい応答、聞いて従うという応答についてルカが描く姿のひな形となるものなのです。祭司であるザカリアの不信仰な応答は、既成のユダヤ教宗教体制を代表する伝統に熟知した祭司職者としての反応でした。そして、マリアの従順な応答は、女性であり、ユダヤ教の伝統から疎外された者による反応でした。この違いは、ルカが福音書を通して描く個々人の反応のひな形となっているものでもあります。イエスは、「罪人、徴税人、女性のような疎外された者たちによって受け容れられ、他方で、ファリサイ派の人々、祭司、律法学者のような「体制側にいる者たち」によって斥けられるのです。

 不可能なことをなしたもう神に対するマリアの従順は、二人の子どもの運命に関する天使ガブリエルのお告げに見られる違いを反映しています。イエスとヨハネの誕生について記すこの物語において、この二人それぞれに与えられる独自な使命と約束された二人の子どもの間の対照が際立ちます。ヨハネはイエスに従属するものであり、イエスよりも小さい者であると断言され、「主の救いへと民を備えさせる」べく、先立つものであり、イエスは「いと高き方の子」にして、終わることの決してない御国の支配者であられます。神はこのヨハネとイエスの両者において神のご計画を働かせられると天使は告げています。

 39節〜45節 救いの出来事を展開する最初のステップは、エリサベトとマリアとの出会いでありました。約束を受けた二人が一緒になる時、二人の相互交流の中心に存在しているのは神が過去の旧約の歴史の中で与えたもうた約束と将来の新約の教会の歴史に与えられる救いの約束です。天使ガブリエルがザカリアとマリアになした前のお告げにより、この二人の婦人がその胎の中に、久しく待望されていた望みを宿していることが確認されて行くのです。彼女たちが会うことによって、ヨハネとイエスが神の御業に対して持つことになるお互いの関係に沿う力強い徴が与えられ、神のご計画が一層明らかとなって行くのです。

 ヨハネがマリアの声を聞き胎の中で飛び跳ねたことは、ヨハネに対するイエスの優越性を示しているのですが、それだけではなく、エリサベトがマリアに対してなした挨拶の次の三つの部分が、神の主権的な計画でイエスが果たしていく役割を確証しています。その第一は、エリサベトは、神の聖霊を受けた預言者のように、マリアとその生まれてくる子どもを「祝福された」と呼んでいることです。(四二節)新約聖書で祝福を表す言葉は二つあります。一つはマタイ福音書の5章の山上の説教の「貧しい者は幸いである・・」でよく知られています至福八福の「マカリオス」でこれは「幸いな状態」を示します。もう一つは「ユーロゲートス」で、これは「神の祝福を呼び求めること」です。エリサベトはこのユーロゲートスを用いながら、マリアが神に選ばれた人物であることを主張し、胎内のその子どもの生涯においても、この祝福が成就することを、預言者的に示したものと解釈することが出来ます。

 第二の点はエリサベツは「主」という称号をルカ福音書では初めてイエスに用い、そのことによって、マリアの胎内にいる子どもが、いかなる方であるかということを示しています。「わたしの主のお母さまがわたしの所に来てくださるとは、どういうわけでしょう」(43節)ここではイエスを神に結びつけることに強調点が置かれています。「主」という言葉は何度もイスラエルの神に対して用いられているのですが、このようにしてイエスを神と神の救済計画とに結びつけているのです。ルカはこの称号をイエスに用いることによってイエスと神性を結びつけ、イエスは神と等しい方であり、これ以後のイエスの活動は神の救済計画に沿い展開されて行くと宣言しているのです。

 そして最後にエリサベトの挨拶は、神が展開したもう救済計画に対する相応しい応答として、「聴くことと従うこと」という姿を示しています。先のマリアの「おことば通りにこの身になりますように」という御使いへのマリアの応答は、ルカがイエスに対する信仰をどのように表して行くかそのひな形を示しているのです。エリサベトがマリアにしている祝福の挨拶「主がおっしゃったことは必ず実現すると信じた方は、なんと幸いでしょう(マカリオス)」(45節)は約束を成就したもう神に対する信仰がいかに意義あるものであるかを示しています。ここで「マカリオス」を用いて、エリサベトは神が成した約束は必ず成就すると信じた故に、マリアにとどまる幸いな状態を確証しているのです。こうしたことによって、神がなされる救済計画を開示されることに、信仰をもって応答することが、どういうことであるのかをここで描き出しているのです。

 46節〜56節 ここは、マリアの讃歌として有名なところです。マリアが神の誠実さを賛美する歌を歌い始めることで、物語の焦点が主の母親に移って行きます。最初のことばのラテン語訳「マグニフィカート」として知られています。このマリアの讃歌もまた、過去に結びつくと同時に、後に出てくる物語において出てくる主題へと波紋を広げて行きます。旧約聖書を通してそれぞれの物語の中心となる人物は圧倒的に不利な状況の中にあるにもかかわらず神の力強い、救いの御業を経験して、讃歌を歌っています。モーセとミリアムは、海での神の驚くべき勝利を見て、、神の栄光と力を讃える歌を歌っています。(出エジプト15章)。一二士師の一人デボラは貧しいイスラエルに対する神の摂理の御手による配慮を宣言します。(士師記5章)。子どもに恵まれなかったハンナは、彼女の胎を開き、サムエルを産ませたもうた命を与える神の力に喜びの声を上げています。(サムエル記2章)

 これらの讃歌のどれもが、圧倒的に不利な状況の中で約束を守りたもう神の御業を褒めたたえています。マリアが今エリサベトの挨拶に答えて歌うこの讃歌から、こうした旧約聖書に響いている讃美の歌の余韻を聞き取ることができます。その旧約聖書の讃歌の中で、マリアの讃歌に最も近いのは、サムエルの誕生に際してハンナの歌った讃歌です。繰り返しますが、ハンナの讃歌もマリアの讃歌も、神が不可能に見える状況の中で御業をなす力を際立たせる主題を共通して持っていて、無きに等しい者から母親へ、空虚な身から命をもたらす者へ運命の大逆転が起こったということでした。

 ルカ福音書においては、マリアもまた、今や彼女の胎にいる子どもを通して人間の歴史に影響を及ぼしたもう神の恵みの働きを褒めたたえています。46節から49節では、マリアに焦点を当て、エリサベトがマリアについて語った発言を振り返り、マリアの胎にいる子どもにつけられる「主」と「救い主」という名で神をほめ讃え、被造物に対する神の目的の中で、自分の果たす独自な役割を喜び歌います。マリアがここで、自分のような貧しい僕が代々の人々から幸いな人と呼ばれる者になる。力ある方が、わたしに偉大なことをなさいましたからと、歌っているのは、ハンナの物語で神が成された逆転を思い出させると同時に、世界を逆転し続けるであろう出来事が起こるお膳立てとなっているのです。この「逆転」こそルカが、これから神が全世界を救うために起こされる救済の恵みの業を描いて行く大きな特徴となるのです。

 マリアの讃歌の第二連、50節から55節では、神の憐れみ深い御力と、その御力がどのように人間の歴史に働いているかを中心に表しています。先ず初めに神のたゆみなき憐れみと愛に触れる言葉で始まります。これは旧約聖書の詩編136偏「主の慈しみはとこしえに耐えることがない」から取られたもので、旧約聖書の信仰の中心にあるものでもありました。マリアはこれに焦点を当てて、それを次の世代に引き継いで行こうとしています。これから語られるルカ福音書のあらゆることがらが神の慈しみと憐れみから生じていることを示そうとしています。

 神の憐れみが人間の歴史に与えた影響とは何であるのか。神の誠実さについて冒頭で歌った後、マリアは、一連の運命の逆転を通して神の憐れみが働いていることを述べます。これはルカにとっての大きな主題となって行くものでもあります。つまり、神がこれまで歴史において成して来られ、また今後もなし続けられるであろう逆転を、詩の形で示されているのです。

 神の御力と助けという言葉によって外側を囲い込まれて、その内側の各節は神の憐れみによって歴史の中で行われた逆転に焦点を当てます。おごり高ぶる者、権力ある者、富めるものが追い散らされ、引きずり下ろされ、空腹のまま帰らされ、他方で、低い者、飢えている者が高められ、飽き足らせられる。このようなこの世の秩序の逆転は、ルカ福音書が描く救済の主題ー正しい関係の回復、疎外された者たち(女性、貧しい者、徴税人など)を引き上げ、おごり高ぶる者たちを低くする等のことーを提示しています。つまりルカ福音書に描かれる神の救いとは、ある者を癒やし、健全にし、他方、ある者に挑み、低めることによってこの世の秩序を動転させることだと言うことになります。

 そしてマリアはこの神の憐れみと愛の御業を歌う時に、すべて過去形で表現しています。過去形が用いられていることは何を意味するのかといいますと、ここに描かれている神の憐れみと愛の御業は完了していることを表し、現在と未来は過去によって保証されているということです。マリアは、神が約束されたことを成し遂げるであろうことを確信を持って、それは既に成し遂げられた事実として宣言しているのだということなのです。

 富める者と貧しい者との立場の逆転は、最後に頂点に立つ者がその正当な報いを受けることを喜ぶこと、いわゆるサバイバルゲームと解釈されてはなりません。この讃歌の枠となっている神の憐れみに対する讃歌と立場の逆転を描く中心部分とは、相互に解釈し合うという関係にあります。神の憐れみという枠組みの中に置かれていることの意味は、中心部分は復讐心や勝ち誇る調子を帯びているのではなく、競争と乏しさが顕わになっているこの世界は、すべての者が十分に満たされる世界に取って代わるということ、貧しい者は今や良いもので満たされる。富めるものが他者に対して力を行使し富を増し加えることはない。そこでは神の憐れみが支配しているからだと、わたしたち一人一人が神の憐れみの力によって、内面から新しい存在になることが示されているのです。このことを良く表しているのが旧約詩編105篇42節以下です。

 詩編105篇42節から46節「敵が彼らを虐げ、その手によって彼らは征服された。主は幾度も彼らを助け出そうとされたが、彼らは反抗し思うままにふるまい、自分たちの罪によって堕落した。主はなお災いにある彼らを顧み、その叫びを聞き、彼らに対する契約を思い起こし、豊かな慈しみに従って思いなおし、彼らをとりこにしたすべてのものが、彼らを憐れむように計らわれた」。

 マリアは最後にこの主の憐れみを結びの決定的な言葉として締めくくります。この神の憐れみは、子どもを宿した一人の母親が現在置かれている状況を、アブラハムの民の古い歴史に始まり、さらにその後の歴史を貫いて止むことなく展開して行く世界に対する神の救済の業に結びつけられて行くのです。

 お祈りします。

 天の父なる神様。わたしたちを生かし歴史を導かれるあなたに向かって恵みを讃え、また新しい救いの道を憐れみをもってあなたが導いてくださっていることを覚え感謝致します。世界の困難、破れや深刻な問題の只中にいるわたしたちを、あなたの憐れみの内に支えてくださり、導いてくださる方として、主イエスが与えられましたことを本日示されました。これからのわたしたちの歩みが、あなたの憐れみを求め、またわたしたちの求めに答えて、わたしたち一人一人の人生をあなたの真理の光で照らしだし、わたしたちと共に歩んでいてくださるあなたの恵みを喜び感謝しながら歩んで行く者としてくださる方として、救い主イエスの働きに信頼し身を委ねてゆくことができますよう導いてください。

 主イエス・キリストの御名によって祈ります。  アーメン
      
ページの先頭へ

「神に立ち帰りなさい」ルカ3:7-18
2024.12.15 大宮 陸孝 牧師
「その方は、聖霊と灯であなたたちに洗礼をお授けになる」。(ルカによる福音書3章15節)
 降節第三週に入りました。教会暦では待降節から新しい年度が始まります。そして、今年度の福音書の日課は、特別な主日を除いてルカ福音書を通年で詠んで行くことになります。

 本福音書の著者であるルカは、神による救いの歴史を、1、イスラエルの時、2、キリストの時、3教会の時の三つに分けて、ルカ福音書と使徒言行録を著していて、本日の日課では、バプテスマのヨハネがイスラエルの時の最後の預言者として描かれているところであります。使徒言行録も含めてバプテスマのヨハネに関する記述が、他の福音書と比較して、最も多く記されています。とりわけ、イエス誕生物語と平行して、ヨハネの誕生物語が記述されているのは、他の福音書にはない特徴であります。これは、ルカ独自の救済史観が反映されているという理由によります。

 ヨハネ登場の際に、旧約聖書から多くの引用がなされ、3章2節で「神の言葉が荒野でザカリヤの子ヨハネに降った」と紹介されて行きます。この言葉は預言者の召命を現す定型句で、荒野でのヨハネへの神の言葉の啓示はヨハネが旧約の最後の預言者として立てられたことを示しています。

 ルカ福音書では、バプテスマのヨハネから洗礼を受けたのは群衆であり、イエスの受洗については記述がなく、21節ではヨハネ幽閉後に洗礼を受け、祈っておられる時に天が開け、聖霊を受けるという構成になっていて誰から洗礼を受けたのか不鮮明になっています。ルカ3章19節から20節では、イエスが活動を始める前にヨハネの殺害について語られています。ヨハネ投獄と殺害をもって「イスラエルの時」が終わり、イエスの活動によって新たな時が始められるという構成になっているのです。ヨハネの登場によって、律法と預言が成就し、ヨハネの幽閉後に、イエスに聖霊が降り(3・21〜22)、イエスの時が開始されるという構成です。ヨハネの誕生物語が示していますように、ヨハネはイエスの先駆者としてここに描かれています。

 7節 洗礼を受けるためにヨハネのもとにやって来た群衆に「蝮の子らよ、差し迫った神の怒りを免れると、だれが教えたのか。悔い改めにふさわしい実を結べ」と呼びかけます。これらの言葉の意味は、「あなたがたはここでわたしから、洗礼を受けても、そのことによって、神の怒りから救われることはない」との宣言であります。激しく厳しい言葉でありますけれども、ヨハネがこのように言うことには理由があるのです。ヨハネが伝えたのは、「悔い改めの洗礼」でありましたが、しかし群衆が求めていたのは、「悔い改めのない洗礼」でありました。ヨハネはその群衆に悔い改めのないままに、洗礼を受けてもそれは無意味であり、無効である。そのような洗礼では神の怒りから免れることはできないと主張しているのです。ヨハネにおける洗礼とは、悔い改めのしるしであって、形だけで洗礼を受けてもそれは、神の怒りから免れるもの、罪の赦しを与えるものではないと、ヨハネは「神の怒り」に対しての具体的な結実を伴う真実の悔い改めを迫るのです。

 それでは、ルカ福音書で語られる悔い改める(メタノイア)とはどういうことか。神の裁きの警告を発しながら語られるメタノイアは、七十人訳の用例からの引用がほとんどです。メタは接頭辞で「移動」「変化」を表し、ノイアは名詞ノウス「知能」「思考」「理性」「心」の意味を表し、この二つの語の合成語です。つまりメタノイアのギリシャ的な概念は「理性や思考の転換」の意味で、〈後で認識すること〉〈人の考えを変えること〉〈別の視点を受け入れること〉〈人の感情が変わること〉〈痛恨に感じること〉〈後悔すること〉など多義に用いられる表現です。しかし、新約聖書では殆どが「悔い改め」という訳語に統一されています。

 これは、「帰る」「立ち帰る」などを意味する旧約聖書のギリシャ語七十人訳の用例との関連で、「神に立ち帰る」という宗教的改心と結びついていると判断されているからなのです。そしてルカはこのメタノイアを、イエスの宣教活動に関連させ13章6節〜9節で「実のならないイチジクの木のたとえ」でも「実を結ばないと切り倒される(裁かれる)」という警告がなされ、ヨハネとの関連性が鮮明となります。このことについては3月23日の四旬節第3主日の日課となっていますので、そこで取り上げることと致します。

 ルカ3章に戻ります。10節ではこの悔い改めに相応しい実を結べ」と勧められた群衆が「ふさわしい実とはなんですか」という意味で「「わたしたちはどうすれば良いのですか」と具体的な実についての質問をします。この後、徴税人も兵士たちも同じ質問を繰り返します。この問いにルカは「永遠の命を得る為に」または「救われる」ために今までの生き方をすっかり変えてこれから新しい人生をスタートさせる際の問いとして統一させる形を取っています。

 この問いに対するルカの答えは、旧約聖書のレビ記や民数記にあります。罪の償いの儀式でこれこれの犠牲を捧げなさいというのでもなく、今後の新しい献身のためにこれこれの供え物を捧げなさいというのでもない。そういう犠牲、供え物の儀式ではない。そうかといって、断食のような何か禁欲的な生活をはじめ難行苦行を積むようにという生活改善の訴えでもない。下着を二枚ぐらいは誰でも持っているのですが、そういう普通の生活の中で一枚も持っていない人に一枚分け与えること。食べ物を食べている人は、食べていない人に「分け」与えること。持たない人、貧しい人と共有して生きる生活これが悔い改めの実だと言うのです。

 ここで「分けてやる」と訳されている言葉は"施し"と訳せる言葉で、後の教会の役員職の一つになった言葉、今で言うと執事という教会の役職に当たるものではないかと思われます。初代教会において早くから分け与える業は重要視されていたということです。そして、12節「徴税人も洗礼を受けるために来て、『先生、わたしたちはどうすればよいのですか』といった」。「徴税人」が税金を取る。これはユダヤにおいては複雑でありました。ローマ皇帝の直轄州であり、そのもとにポンテオ・ピラトが担当している。人頭税ー直接税はローマの役人が直接取り立てていましたが、関税のような間接税は、徴税人を任命し、それはユダヤ人でも任命され、19章2節に出て参りますエリコの町のザーカイという「徴税人の頭」といわれている人物は、この徴税人であったのです。

 ヨハネの答えは「規定以上のものは取り立てるな」でありました。至って単純な答えであります。徴税人たちは請負制で、上からいくら取り立てて来いと言われたら、実際、人々から取る時には、もっと大きな額を上乗せして取り立てて、差額を自分のポケットに入れて、言われただけをお上に渡したということです。ヨハネはそのことを叱っているわけです。当時、普通に行われておりました徴税人の規定以上の差額を着服する不正、これを戒めているということは、そのような不正が社会にはびこることを防ぐためであったと考えられます。各種の職業や地位に付随して起こって来るさまざまな腐敗が社会を曲げていくことを避けるように、そのことによって社会の公正と正義を守るようにと言う奨めでありました。

 14節 「兵士も、『このわたしたちはどうすればよいのですか』と尋ねた」。「兵士も」「このわたしたちは」と二度繰り返して、・・・もまた、・・・もまた、どうすれば良いのかと問います。恐らく先ほど質問した「徴税人」たちが税金を取り立てる時のトラブルを防ぐために、警察官のように徴税人に着き沿う役目を負っていた者たちであろうと思われます。それで、ヨハネは前の時とほぼ同じような返答をしているのです。「誰からもお金をゆすり取ったり、だまし取ったりするな。自分の給料で満足せよ」。「ゆすり取る」はこののち「権力濫用」だとか「強奪」といった意味で使われるようになります。「給料」と訳されている言葉は、兵士たちに配給された給食の食事を表した言葉ですが、やがてその代金を表すようになり、新約聖書では「生活費」「報酬」という意味を持つようになります。

 「満足しなさい」は、"隣人のものをむさぼるなかれ"という第十戒を守りなさいということで、その前の「ゆすり取るな」というのは第八戒の"盗むな"で、「だまし取るな」は、"偽り誓うな"という第九戒ということになります。つまり第八、第九、第十の十戒を代表する戒めを守りなさいと言う趣旨になります。この前の節でヨハネは「われわれの父はアブラハムだ」などと考えを起こすなと戒めていました。アブラハムをユダヤ教では、慈善の業と律法を守ることにおいて信仰の父であると称えていました。アブラハムよりもずっと後のモーセの時代に律法を授かるのですけれども、もう信仰の父アブラハムはその律法の本質を既に守っていたと褒めたたえていました。ですから、自分たちの父はアブラハムだというならば、アブラハムの子らしくアブラハムと同じ業をしなさい、施しをし、神の戒めである十戒を守れと言っているのです。

 15節〜18節 ヨハネが民衆に語った言葉の後半部分です。イエスと自分との関係について語っています。15節は「民衆はメシアを待ち望んでいて、ヨハネについて、もしかしたら彼がメシアではないかと、心の中で考えていた」。これはルカだけが書いている独特の編集句です。恐らくルカは次の16節の「わたしよりも優れた方が来られる」というこの「優れた方」をずばり「メシア」と置き換えて15節を書いているのではないかと推定されます。ヨハネやイエスが現れた頃の紀元一世紀前半のユダヤ社会で、「民衆はメシアを待ち望んでいた」とありますので、この頃にメシアを待ち望む心というのが民衆に広く行き渡っていたように表現されていますが、来たるべき救い主を「メシアー油注がれた者」と呼ぶようになったのは紀元前二世紀頃からそれもユダヤ教のごく限られた一部の人たち、クムランの僧院に隠遁して目立たないように生活していた人たちでした。大多数のユダヤ教の人たちは、メシアなど待っていなかったのです。マタイ、マルコの共観福音書の世界を考えてみましても、民衆はナザレのイエスに対してでさえ、彼は預言者の一人ではないかと言う程度の認識でありました。メシアなどと言う者は話題にのぼらなかった、一般の民衆には未だメシアと言う認識は普及していなかったのです。少なくとも一世紀半ばまでは事実としては、「皆が」メシアをそんなに期待していたのではないという実情でした。

 がしかし、ルカは少し混乱を呼ぶような書き方をした後に、それとは関係なく、16節、17節に「来たるべき方」についての証言が記されて行きます。ヨハネが語ったことの第一は、これから来られる方は自分よりも優れた方であり、自分はその履き物のひもを解く値打ちもない、ということであります。自分と真に来たるべき方との間には、絶対的な違いがあると語ったのです。履き物のひもを解くのは、奴隷の務めであり、しかもユダヤ人の奴隷はこの務めを免除されていた、それは異邦の(外国人の)奴隷のみに課された務めであった。その値打ちもないということは、来たるべき方に対して、自分は異邦人の奴隷以下であるということです。単なる比較の問題ではない、自分とは比較にならない方だと言ったのです。ヨハネは、これから来られる方は、ヨハネを預言者のひとりとして遣わされた神の独り子、神と等しい方である。神ご自身と言ってもいい、そのような方が民を救うために来られる、とヨハネは語ったのです。人間の救いとは神ご自身が乗り出して来られて、初めて成し遂げられることだとの宣言です。

 そしてもう一つ、自分と来たるべき方の違いを、ヨハネは、自分は水でバプテスマを授けるだけだが、この方は聖霊と火で洗礼をお授けになる、と語っています。働きそのものが違うというのです。水というのはわたしたち人間が誰でも手にすることのできるものです。しようと思えば、水による洗礼は誰にでも授けることができますが、しかし、聖霊と火による洗礼は、わたしたち人間には授けることが出来ません。ヨハネは自分のできることをしただけだ、というのです。そこから先のことは、来たるべき方がしてくださる。そこにこそ、自分と来たるべき方の絶対的な違いがあると、言ったのです。イエスが洗礼をお受けになったのは、ヨハネの投獄後であるかのような、時間的な順序が無視された表現になっているのもこの区別をするためであったと思われます。

 ヨハネは悔い改めのしるしとして水でバプテスマを授け、洗礼を受けた人たちは、下着を多く持っている者は持っていない者に分けてやり、徴税人は規定以上の取り立てをしないように、兵士は人を脅したりせずに自分の給与で満足しているように勧め、それを具体的な悔い改めとして教えました。しかし、彼らは依然としてそれらを、自分の力で行うのです。洗礼を受けて自分たちの生活に帰って行った者たちは、生活の中でヨハネの教えを実践するように努力したでありましょうけれども、それは自分自身で努力して造り上げるべきものでありました。その意味でヨハネの悔い改めの教えは教えとしてとどまるもので、ここに、人間の業としての、水による洗礼の限界があったということです。

 しかし、わたしたちの教会でなされる洗礼は、バプテスマのヨハネの洗礼と違って、水で洗礼を授けるときに、主イエスがその傍らに立って、聖霊と火による洗礼を授けてくださる、ということであります。水による洗礼を受けた時に、その人は聖霊を受ける。全能なる神を、「父よ」と呼びかける神の子の霊を受ける。そして、その霊の働きによって主イエスと結びつけられるのです。これは、水による洗礼を受けた時に起こることであり、別に起こることではありません。それが来るべき方のお働きである聖霊と火による洗礼であるとわたしたちは信じるのです。

 イエスは民衆の中に混じり込んで、彼らと共に洗礼をお受けになります。悔い改めを必要としない方、神の子が、他の人たちと同じにヨルダン川に身を沈めて、洗礼をお受けになった。そのようにして彼らと結びついてくださり、罪からの解放を願い、心からの悔い改めをもってヨルダン川に身を沈めた民衆のその願いを、ご自分の願いとしてその身に負ってくださるために、主イエスは洗礼を受けられ、民衆と、つまりわたしたちと、結びついてくださり、その後のイエスの歩みは、わたしたちの願いである罪からの解放を実現するために、十字架へと、つまりもう一つの洗礼へと向かうのであります。13章6節以下の記事が伝える実のならないイチジクの木が切り倒されて火に投げ込まれる譬えはこのイエスの贖いの事実をたとえたものであります。ヨハネが聖霊と火で洗礼を授けると語っていることもこのことを指しているのです。

 お祈り致します。

 父なる神様。わたしたちのこの世の歴史や、わたしたちの人生の現実は錯誤に満ちています。あなたの救いの恵みを信じ、依り頼んで生きる信仰者にも様々な試練が加えられる場です。しかし、あなたは救い主イエスを通して、あなたの救いを信じる者に聖霊を与えてくださり、わたしたち一人一人が神の子であるのだと繰り返し保証してくださり、主イエスの苦難を共に背負うからには、あなたの栄光をも相続する共なる者であることを保証してくださっていますから、感謝致します。

 わたしたちがこの救い主イエスを信じて聖霊を受け、それぞれの歩みを歩んでゆくことができますように、わたしたちを一人一人をさらにイエス・キリストとの絆を強くしてください。

 このお祈りをわたしたちの主イエス・キリストの御名によって祈ります。 アーメン
      
ページの先頭へ

「全ての人のための備え」ルカ3:1-6
2024.12.8 大宮 陸孝 牧師
そこで、ヨハネはヨルダン川沿いの地方一帯に行って、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。(ルカによる福音書3章3節)
 ローマ皇帝ティベリウスの第15年、ピラトがユダヤの総督、ヘロデがガリラヤの領主の時、すなわち紀元27年に、バブテスマのヨハネがヨルダン川沿いの荒れ野に現れて、人々の罪を糾弾して声をあげました。おまえたちは、はっきり自分の罪を認識して悔い改めなければ滅びてしまうぞ、罪の裁きが行われる終末の日は間近に迫っているのだ、斧がすでに木の根元に置かれているようなものだ、斧が振り上げられて一振りされれば木は切り倒される、だから悔い改めよ、悔い改めのしるしとして洗礼を受けよ、洗礼は終わりの日に罪の許しを得させるのだ、これがバブテスマのヨハネの宣教でした。

 多くの人がヨハネのもとに出て行って洗礼を受けました。マタイ福音書3章7節によりますと、その中にファリサイ派やサドカイ派の人たちもいたとあります。ファリサイ派は宗教的厳格派で、律法の細かい規則を厳重に守るべきだと主張し、サドカイ派は祭司を中心とする派で、儀式の執行者らしくきちんと律法を守る人たちです。両者ともに自分たちは神の選民イスラエルであり、信仰の父祖アブラハムの子孫で、神の祝福を受ける約束を受けている、と自負していました。彼らを見てヨハネは叱りつけます。「まむしの子らよ、差し迫った神の怒りを免れると誰が教えたのか。悔い改めにふさわしい実を結べ。『我々の父はアブラハムだ』などという考えを起こすな。言っておくが、神はこんな石ころからでも、アブラハムの子たちを造り出すことがおできになる」(3:7〜8)。

 ファリサイ派やサドカイ派は、我々はアブラハムの子孫で、神の祝福を受ける特権がある。それを保持するために神の戒めである律法を立派に守っている、だから神は我々に目を留めて我々を守り、栄光を与えてくださるに違いない、と信じていました。

 バプテスマのヨハネはそれを真っ向から否定します。人間の罪は深く、祝福の約束を押し流してしまう。アブラハムの子孫も異邦人も罪の深さでは同じだ、アブラハムの子孫だからといって思い上がってはならない、というのです。旧約聖書信仰は、神は唯一だ、我々の神以外の神々は神ではないという唯一信仰とともに、我々は神によって選ばれた民だという選民思想と、我々は父祖に与えられた救いの契約を相続していると言う契約の思想を持っていました。ヨハネはこの思想の無効性を宣言したのです。

 唯一神教、つまり世界を創造し支配する唯一の神への信仰は、祝福される特権をもったユダヤ民族という選民思想と両立はできません。神の前で全ての民族は同一だからです。さらに罪ありという点でも全ての民族は同一です。バプテスマのヨハネは、選民の思想と契約の思想を廃棄したのです。これは旧約の信仰の終わりです。

 バプテスマのヨハネは人々に、罪の深さを認識し、終わりの日の裁きの恐ろしさにおののき、悔い改めて洗礼を受けることを勧めました。多くの人が彼のもとに来て洗礼を受けました。洗礼は罪の赦しを得させる、とヨハネは説きましたが、果たして洗礼を受ければ終わりの日の裁きに罪の赦しが得られるのか、確証はありません。ヨハネは自分でも確実だと信じ切れなかったのです。

 旧約聖書では、神殿で贖罪の犠牲を捧げることによって罪の赦しが得られる、と規定しています。特に年一回の大贖罪日にエルサレム神殿で行われる贖罪の祭儀は、選ばれた民であるユダヤ人に全ての罪の赦しを得させるものでした。海外の町に住むユダヤ人は、律法の細かな規程を守ることが難しく、、罪の赦しを求める切実な思いを持っていました。主イエスの時代には、贖罪の犠牲が毎日エルサレム神殿で捧げられていました。

 しかし、本当に良心的な人は、牛やひつじの犠牲を捧げる祭儀で罪の償いが得られるとは思えません。厳粛に心を込めて行っても、祭儀は心の外側の儀式に過ぎません。わたしの罪の思いの深さに響くものではありません。その思いをどうしたらよいのか。旧約聖書は言います。
「神よ、わたしを哀れんでください。御慈しみをもって。深い御憐れみをもって、背きの罪をぬぐってください。わたしの咎をことごとく洗い、罪から清めてください。あなたに背いたことをわたしは知っています。わたしの罪は常にわたしの前に置かれています。わたしを洗ってください。雪よりも白くなるように」(詩編51編3〜5、9)【旧約884ページ】

 旧約の律法には日常生活で守るべき細かな規程もありますが、根本的には次の倫理があります。
 「心の中で兄弟を憎んではならない。・・・民の人々に恨みを抱いてはならない。自分自身を愛するように隣人を愛しなさい。」(レビ記19:17〜18)

 人の心が純粋になればなるほど、この倫理の言葉に心は刺され、罪の自覚が深まります。祭儀で罪が消えるはずがない、しかし悔い改めの心が起こればそれで良いのか。人の悩みは深まります。

 バプテスマのヨハネは人の罪を責めて悔い改めの洗礼を迫りましたが、彼自身には、悔い改めて洗礼を受ければ罪の赦しが得られると言う考えは安易ではないかという不安が残りました。確信を持てません。ヨハネは自分で解決するのは不可能だと諦め、後から来る方に期待しました。その方が完全な解決を与えてくださるという、その切なる待望が、「わたしよりも優れた方が、後から来られる」という言葉になりました。ヨハネは旧約の終わりを告げ、新約の始まりの道を切り開いたのです。主イエスはヨハネのこの人々の罪の深刻さのメッセージを引き取るようにして登場するのです。

 ヨハネ福音書1章6節以下によりますと、罪の暗闇の中からどちらに向いて歩いて行けば良いのか、と罪の暗闇でつまづいている人たちに、洗礼者ヨハネが、主であるイエスこそが光であり明るいところへ開放してくださる方なのだ、と証ししたことを語っています。

 洗礼者ヨハネという人物は大きな影響力を持った偉大な人物でした。後に主イエスの弟子になるペトロやアンデレが、百キロ以上も離れていると思われる土地から噂を聞いてヨハネ教団に入団したのです。『使徒言行録』には、パウロがエルサレムから数百キロも離れているトルコのエフェソの町で洗礼者ヨハネの弟子たちに会ったと言うことが書かれています。(使徒19:2以下)このことからも、洗礼者ヨハネの弟子たちはパレスティナだけではなく、それ以外の所にも住んでいて、洗礼者ヨハネの名声は遠く外国にまで広がっていたということが分かります。だからヘロデ・アンティパスという王様は、その影響力をおそれ、自分の王位を奪われるのではないかと不安になり、先手を打って洗礼者ヨハネを捕らえ、マケラスの要塞の地下牢に閉じ込めたのです。主イエスと同時代のユダヤ人にヨセフスという歴史家がいます。わたしたちは主イエスの時代の歴史の詳細はこのヨセフスに負うところが多いのですが、このヨセフスがそういうことを書いています。

 福音書記者たちは、それが歴史的実像かどうかは別にして、洗礼者ヨハネは本当に光をもたらすメシアは自分ではなく、わたしの後から来られる方、つまり、主イエスこそ真実のメシアなのだ、ということを人々に説いたと記しています。つまり初代の教会の信徒の人たちは、洗礼者ヨハネの姿の中にキリスト者が本来あるべき姿を見ていたのだと思います。

 自分を誇るのではなく、主イエスを指し示す者だということに、初代の教会の人たちは、わたしたちキリスト者の人生のあるべき姿を見ていたのだと思います。

 フィンランドでは長く暗い冬が過ぎて暖かい夏の季節が来ますと、六月の第三土曜日には、このバブテスマのヨハネのことを覚えて盛大な夏のお祭りをいたします。その意味はまさに待望のヨハネと自分たちを重ね合わせて、主イエスを命の主、希望の光として指し示す生き方をみんなで確認するお祝いの祭りであったのです。

 キリスト者に限りませんが、わたしたちの人生というのは、己れを表現したり、己れの力を誇示したりするものではなく、洗礼者ヨハネの生涯が示すように、主イエスこそが光であり、救い主なのだと言うことを示すべきものなのです。洗礼者ヨハネが偉大な人物であっただけに、「自分はその履き物の紐を解く値打ちもない、奴隷がするようなことすらもする資格はないのだ」と言っていることは、わたしたちの心にしっかりと銘記すべきことなのではないでしょうか。わたしたちは己を誇示したり、己の力や業を誇るのではなく、あくまで主イエスを真実のメシアとして、救いの希望として指し示す洗礼者ヨハネの姿勢をキリスト者の規範として見てゆきたいと思います。

 お祈りいたします。

 神さま。罪を悔いては犯す、本当に力のない、肉に過ぎないものでありますけれども、そういうわたしたちを救うために、神さまは救い主をお与えくださり、ヨハネから始まって今日に至るまで教会を通してわたしたちにその救いの業を続けてくださっています。

 わたしたちが自分の犯した罪や自分の担っております弱さに心を奪われて、不安や恐れに沈むことなく、神さまの救いを仰ぎ見ることができますように、喜んで神さまの赦しの愛に立ち返ることができますように、わたしたちを導いてください。

 イエス・キリストの御名を通してお祈りいたします。    アーメン。
      
ページの先頭へ

「喜びと希望のうちに主を待ち望む」ルカ21:25-36
2024.12.1 大宮 陸孝 牧師
「しかし、あなたがたは、起ころうとしているこれらすべてのことから逃れて、人の子の前に立つことができるように、いつも目を覚まして祈りなさい。」(ルカによる福音書21章36節)
 ルカ福音書21章5節から38節は、マルコ福音書13章1節〜37節の「小黙示禄」を稿本(こうほん)にしてまとめた記録で、エルサレム滅亡と終末問題について、どのように考え、どう対応していくかという課題を、マルコの「小黙示録」の大半を継承しながら、ルカ時代の特殊な状況を踏まえて再構成したものであります。初代の教会の終末に関する考え方の内容と特徴の一つに、キリスト再臨の期待がありました。歴史の中で間近な時期にキリスト再臨が起こる、あるいは来て欲しいという信仰がありましたが、しかし、それは実現しませんでしたので、キリスト再臨は既に起こった。いや、遅延している。キリスト再臨はない。などの様々な意見が出て来ました。この問い直しを巡って、一、終末一般について考え直すこと、いかに考えるのが正しいか。二、教会は伝道するために、福音の内容について検討しなおすこと。三、キリスト再臨が無限定の将来に遅延するのであれば、それまでの間の時間をキリスト者は、与えられた人生をどのようにとらえていかに生きて行くべきかをを再検討すること、この三つのことが大きな課題となりました。

 そしてルカ福音書においては、福音の真理を証言するにあたって、永遠の救いを無時間の世界の中で想念する理念としてではなく、絶えざる変化を本質とする歴史の中で、人々に救いの恵みを与え、その人々によって歴史を新しく造り変えさせる力を与えるものとして受け止められ、その後の歴史を導く力の中心は、キリストであることを確認しています。

 初代教会成立以後、教会にとって決定的意味を持った出来事として、紀元後66年に始まり70年夏にエルサレム滅亡で終わったユダヤ戦争がありました。それまではエルサレムはユダヤ教の信仰的権威の拠点でありました。その滅亡はユダヤ人キリスト者たちにとって、ユダヤ教的信仰のこだわりから解放される機会となり、エルサレム在住のキリスト者たちは、エルサレム陥落に先立ってすでに、この地を捨てて、ヨルダンの東のペラに非難しています。そしてヘレニスト・キリスト者たちはギリシャのアンテオケ、エペソを拠点にして、視野を世界に広げて展開して行くこととなるのです。

 こうした状況の変化により、キリストの福音がユダヤ教的な性格及びその弊害とを脱皮して、普遍性を担って世界に展開して行く契機となって行きます。ルカはその動乱期を生き抜き、その試練を経て、経験した歴史的出来事を思い起こす時点に立ち、その歴史を背景にして この福音書とともに同一の歴史観に立つ続編の使徒言行録を編著したのでした。そしてルカは、キリスト者は歴史の中に生きる者として、歴史の中の教会の本質と働きを自覚して、終末の時に至るまで、福音に立って歴史に対して果たすべきキリスト者固有の責任と使命があることを指摘するのです。その責任の一つは福音の伝道と明かし、二つには終末に向かっての人生の責任ある歩みであります。このことに基づいて本日の日課21章25節から36節「ルカの小黙示録」第三区分「終末をめぐる心構え」の部分を読んで参りたいと思います。

 25節 ルカはこの直前の24節で「異邦人の時代が完了するまで、エルサレムは異邦人に踏み荒らされる」と記しています。この出来事はイエスがお語りになった40年ほど後、ローマ軍隊によってエルサレムの都と神殿が滅ぼされるという形で実現した訳ですが、この「異邦人の時代」というのはエルサレムに対する神の裁きの器としての役割を果たしたローマ帝国やもろもろの国が、今度は自分たち自身の罪に対して神の裁きがなされて終わりを告げるその時という意味ですので、紀元70年のエルサレム滅亡の後の何十年、何百年という年月が含まれている表現であります。それを受けて、25節「それから」と始まる28節までのところは、世の終わりと「その時」に起こる「人の子」イエス・キリストの来臨について語られて行くところであります。

 「それから、太陽と月と星に徴が現れる」「それから」というのは接続詞で、前の24節の言葉に続いて「それから」という出来事が起こるということです。この表現でイエスが語ろうとしておられることは、創造主なる神が秩序づけて来られた、このわたしたちの世界を、いままでずっと人間の管理に委ねて来られ、人間の的外れ(罪)によってその神の創造の世界が破壊されてきたのだが、それが取り払われて、新しい秩序に一新される時が来る、という出来事を示そうとしているのです。ルカ福音書の続編であります。使徒言行録の3章21節で「このイエスは、神が聖なる預言者たちの口を通して昔から語られた、万物が新しくなるその時まで、必ず天にとどまることになって」いて、この天から再び帰って来られる、と再臨のことを語っておられるのです。

  世の終わりと繰り返し語られますけれども、本当の意味で終わってしまうのではなく、「万物を新しくする、回復する、更新する」そういう出来事だと語っています。ヘブライ人への手紙12章27節で「この『もう一度』は、揺り動かされないものが存続するために、揺り動かされるものが、造られたものとして取り除かれることを示しています」。と語られています。「揺り動かされる」今の被造物は「取り除かれ」て、万物が新しくされ、「揺り動かされない」御国をわたしたちは受けるのだ、と語ります。

 しかし、ルカ21章25節の終わりから26節で、「諸国の民は、なすすべを知らず、不安に陥る。人々は、この世界に何が起こるのかとおびえ、恐ろしさのあまり気を失うだろう」と続き、ここに、真の神を知らない人々、天地を創り統べ治めて来られた真の神を信じていない人々、そして、その神がやがて万物を新しくされるという未来を信じていない人々の姿が描かれているのですけれども、ところがそれに対して27節から28節で「そのとき、人の子が大いなる力と栄光を帯びて雲にのって来るのを、人々は見る。このようなことが起こり始めたら、身を起こして頭をあげなさい。あなた方の解放の時が近いからだ」と、イエス‥キリストが再び弟子の所に帰って来られることを教えておられます。このことについては今までにも何度も語っておられます(12章40節、12章46節、17章24節等)。

 人の子イエス‥キリストが再び来られる時、それは「思いがけない時」であって、前兆はありません。そして、「稲妻のひらめき」のように、すべての人に対して一瞬に同時に起こることとして描かれます。そして、そのように主イエスが再び帰って来られることの意味は、世の創造主なる神を知らない人々に対する意味と、「あなたがた」つまり弟子たち、神を信じている人たちに対する意味とは全く違っている。あなた方にとっては「主人」があなたがたの所に帰ってくるそういう出来事なのだというのです。

 「人の子が大いなる力と栄光を帯びて雲に乗ってくる」現代のわたしたちが聞くと何か童話の世界のような表現でありますけれども、この「雲」というのは明らかに、神の栄光を表し、神のご臨在を示す徴としての雲のことです。人の子が来られるならば、「あなたがたの解放の時が近い」。「時」という言葉はここでは実際には用いられてはいません。「あなた方の解放は近づいた」です。ここで解放と訳されております言葉は、ルカ福音書では一度だけ出てくる言葉ですけれども、パウロ書簡では何度も出てくる言葉で、そこでは「贖い(あがない)」と訳されています。〈罪の精算をし、代価を支払って、そして罪の宣告から自由にしてもらうこと〉これをパウロ書簡では「贖い(あがない)」という言葉で言い表して来ました。今ルカはそういう意味で解放という言葉を使っています。迫害や試練の中で苦しめられていますあなた方が、贖われる、解放される、救われる。そのことが近いというのです。

 だから「身を起こして頭を上げなさい」。「身を起こす」「頭を上げる」というこの二つの言葉は詩編43篇7節「城門よ、頭を上げよ、とこしえの門よ、身を起こせ。栄光に耀く王が来られる」。同じく9節「城門よ、頭を上げよ、とこしえの門よ、身を起こせ、栄光に輝く王が来られる。栄光に輝く王とは誰か。万軍の主、主こそ栄光に輝く王」を引用したものです。神の契約の箱がエルサレム神殿に運び込まれる時、神殿の大きな門が「身を起こし、頭を上げよ」と呼びかけられたように、栄光に輝く主が再び来られます時、しもべであるわたしたちは解放され、救われた者として「身を起こし」「頭を上げて」、このご主人の帰りを喜んで迎えなさい、と奨められているのです。

 諸国の民はおじ惑っています。神を知らない者、信仰を持たない人たちと、この栄光に輝くご主人のお帰りを、身を起こして、しっかりと威儀を正してお迎えする僕たちと、みごとな対比にふるい分けられています。最後の審判とはこのふるい分けです。同じ人の子の再臨でありますけれども、それを本当に、「身を起こし」「頭を上げて」喜びをもってお迎えすることができる者、このような人たちが本当に救われた、贖われた民であると明言され、また、約束されているのです。

 29節〜33節はこの世の終わり、すなわち、「万物が新しくなるその時」に対するわたしたちの姿勢について語られます。29節から31節までは譬(たと)えが語られ、その後に32節と33節に主イエスの二つの言葉「滅びる」「滅びない」という言葉が三回出て来まして、この言葉をつなぎ言葉としてつないでいるという形になっています。ここで使われている「滅びる」という言葉は、本来は「移りゆく」とか「通り過ぎる」という意味のことばで、たとえばイエスがゲッセマネの園でお祈りをされて、この苦しみの時を「過ぎ去らせ」てくださいと祈られたあの「過ぎ去らせる」という言葉です。ですので、ここでも世の終わりは、終わって消滅するのではなくて、万物が新しい天と地に代わることであるという観点から言われています。ですから「天地は滅びる」というよりも「天地は移りゆく」と訳した方が適訳であったかも知れません。

 譬(たと)えで話されている『イチジクの木や、他のすべての木を見なさい。葉が出始めると、それを見て、既に夏の近づいたことがおのずと分かる。それと同じように、あなたがたは、これらのことが起こるのを見たら、神の国が近づいていると、悟りなさい。』この譬えは、共観福音書のマルコやマタイの平行箇所では、『イチジクの木』と限定されているのですが、ルカでは、それに限らず「ほかのすべての木」と拡大されています。「イチジク」は冬の間に葉を落として、春のなると、葉が出始めますから、時の徴としては大変わかりやすく、目立つのですが、「ほかのすべての木」となると、一年中葉をつけている木も多くありますから、春先に新しい葉が変わっていくのはあまり目立ちません。それでわかりますように、イエスがここで語っておられることは季節の移り変わりについて漠然とした表現で、時の徴をいっていることになります。はっきりと何月の何日とこだわった言い方をしていないということです。「おのずと分かる」自然の命の営みのサイクルから会得する知識や判断を強調しています。おのずと分かるとは、「自分自身に基づいて知る」ということで、他人から教えられたり、世の中の動きに流されたりする必要はないと言うことです。各自が自分で判断すると言うこと、また判断できると言っておられるのです。

 今の時は途中であり、漠然としているようだが、春がくればもう夏だと分かる。この「夏」と訳している言葉は、もともとは「刈り入れをする。収穫をする」という言葉から派生した名詞ですので、世の終わりをたとえるには大変適切な言葉であったのです。世の終わりとは単なる終点なのではなくて、むしろ万物が更新され実りを刈り入れる時であるという積極的な意味が込められているのです。そこでイエスは「神の国が近づいていると悟り、知りなさい」とたたみかけているのです。歴史の実りを刈り取る「夏」、神様の世界支配が完全に達成される「神の国」、これが近づいている。歴史を注意深く見ているならば、歴史には必ず借り入れ時がある。結果が伴う。その結果とは「神の国」が来るということで、それは自ずと分かるはずだ、という趣旨のことばです。

 32節は直訳しますと「真実にわたしはあなた方に言う。すべてが成るまではこの世は決して過ぎ去らない」です。そして33節「天地は移り行くが、わたしの言葉は移り行くことがない」と続きます。「この世代」と「天地」とが対比されています。わたしたちの常識では、「この世代」と「天地」が対比される時、「世代」の方は移ろいやすい、次から次へと世代交代して行くもの、それに対して「大地」は不動のもの、びくとも動かない恒久的なものと言うのが普通のとらえ方です。コヘレト1章4節に「一代過ぎればまた一代が起こり、永遠に耐えるのは大地」と言われています。この常識的対比が、今、イエスの言葉では逆に表現されています。「すべてが成るまでは、移ろいやすい世代でも移ろわない」と言われているのです。「神の新しい創造の業が完成するのは、世代が移ろって行くよりも確実である」とイエスは、どちらが確実性が高いかを表すヘブライ的な表現で、イエスの御言葉の確実性を断言しているのです。「天地よりも確かな神御自身から出る御言葉だから」という意味が込められているのです。イエスは力を込めて「天地は過ぎ去っても、わたしの言葉は過ぎ去らないのだ」と、ご自分の言葉の確実さを確信しておられたのです。その根拠が、「わたしの言葉は神の言葉であり、神の言葉は必ず成る」と言うことです。

 34節〜36節 31節から、歴史を注意深く見て、神の働きが完成する時の近いことを知りなさいと勧告されましたが、34節〜36節にはさらに二つの勧告がなされます。ここは21章7節から全体を通しての結論部分でもあります。34節前半と36節とに二つの勧告の言葉があり、その間の34節後半から35節にかけて、その二つの勧告が出てくる根拠・理由が述べられています。先ず勧告の理由・根拠から見てみます。

 「さもないと」原文のギリシャ語では、「さもないと」という接続詞は出て来ません。ただ「そして」とあるだけです。ですから直訳すると「心が鈍くならないように注意しなさい。そして・・・」となるところです。心が鈍くなることと、その日が不意に襲うこととの因果関係はここには表現されていません。「その日」とは何の日なのか、これまでの7節から続いて来た長いイエスの御言葉の中には「その日」と受け止める「日」は全く出て来ていないのですが、21章の終わりの時に関する教えの中で考えますと、36節に「人の子の前に立つこと」という表現が出て来ますので、「人の子が現れる日」という意味に受け取れます。それを通して読み直すと、「その日」、人の子の日が、「不意に襲う」突然訪れると受け止められます。一つは人の子が突然やって来ると言うこと、二つにはその時は「地上のすべての人に」同時にやって来るということがある(35節)ので、それで34節と36節の実際的な二つの勧告がなされることにつながります。

 その勧告の第一が34節後半の「放縦や深酒や生活の煩いで、心が鈍くならないように注意しなさい」と言うことです。自分自身の生き方に気をつけなさい。日々緊張のうちに生活しなさい。注意すべきことは、自分の体の具合とか環境の問題よりも、それぞれ自分自身の心がどういう精神的状態にあるかに気をつけなさい。とりわけここでは心が鈍くならないようにと言われています。もともとは「鈍くなる」は、「重荷になる」とか「重さで圧迫される」という意味で、この言葉が「心」に使われる場合は、モーセと対決したエジプトの王ファラオの心は頑迷であると神様が語られた、その言葉です(出エジプト7・14)心の正常な感性を失うことです。心が鈍くならないように注意するとは、自分の心が健全で鋭敏な感性を保持しているかどうかを注意しなさいと言うことです。昔は人生を失敗に導くのは「放縦」と「深酒」と「生活の思い患い」だと言っていたと言うことでしょうか。恐らくこの世の世俗的な享楽に心を奪われ、それに酔いしれること、あるいは世俗的な生活に疲れ思い患うことがないようにと奨めていると言うことでしょう。

 36節 実際的な第二の勧めです。「しかし、あながたがたは、起ころうとしているこれらすべてのことから逃れて、人の子の前に立つことができるように、いつも目を覚まして祈りなさい」。第一の勧告が、わたしたちの「心」を正しく健全に保つために世との関係に注意するということを促しているのと比べますと、第二の勧告は、神様との関係でわたしたちに注意を与えるものです。「いつも、どんな時でも、あらゆる時に」は「目を覚ましている」と「祈る」の両方にかかると見ることができます。「祈りつつ、目を覚ましていなさい」という言い回しです。「いつも神様に向かって信仰と愛と希望を持って向き合い、生きていなさい」と言っているのです。

 「すべてのことから逃れて」すべてのことの中には、12節〜17節までにイエスが弟子たちに覚悟を迫られた迫害だとか試練だとか弾圧だとかいうものが含まれているのですから、逃れることのできない苦難に対する勧告でありますので、逃れるのではなく、むしろ「耐え抜く」こと、そういう意味で言われているのだと解釈すると、19節で「「忍耐によって、あなたがたは命を勝ち取りなさい」と勧められたのとほぼ同じことを言われているということになります。迫害は逃れられない、試練は逃れられないけれども、それらのことを通して自分の命をしっかり勝ち取るだけの力、強い意志を持ちなさいというのです。

 そして、そのことによって、たとえ、「突然、不意に」人の子が来られても、盗人に襲われるような襲われ方ではなく、待ちに待った恋人と出会うような喜びをもってわたしたちは人の子を迎えられることができる。不意に来られるとしても、待っております者にとっては、それはうれしい出来事として訪れるということです。そのように、「来られた方の前に立つことが出来るように」この「できるように」も、「強さを持って」「力を持って」です。「起ころうとしているこれらのすべてのことを耐える」ことと「人の子の前に立つ」ことの両方にかかっています。悪に抵抗し、試練、苦難、迫害に耐え抜き、再臨の人の子の前にしっかりと立つように、いつも目を覚まし、祈りなさいこう勧められているのです。

 お祈り致します。

 主イエス・キリストの父なる神様。わたしたちが恵みにより救いに入れられた日から、確実に救いの完成の日は近づいております。救い主イエスがいつ来られるにしても、わたしたちがいつでも、喜びをもって再臨の主をお迎えすることができますように、あらゆる時に目を覚まし、祈り、世に対しても心を健全に保ちながら、一日一日を過ごして行くことが出来ます者とならせてください。

 このお祈りを主イエス・キリストの御名によってお祈り致します。  アーメン
      
ページの先頭へ

 ◆バックナンバーはこちらへ。





information


日本福音ルーテル賀茂川教会


〒603‐8132
京都市北区小山下内河原町14

TEL.075‐491‐1402


→アクセス