本文へスキップ

1952年宣教開始  賀茂川教会はプロテスタント・ルター派のキリスト教会です。

賀茂川教会タイトルロゴ  聖壇クロスの写真

2024年1月礼拝説教


★2024.1.28 「神の権威をもって来られたイエス」マルコ1:21−28
★2024.1.21 「~の愛の眼差しが注がれている」マルコ1:14−20
★2024.1.14 「わたしたちの依って立つべき所」ヨハネ1:43−51
★2024.1.7 「あなたは神の愛する子」マルコ1:4−11

「神の権威をもって来られたイエス」マルコ1:21−28
2024.1.28 大宮 陸孝 牧師
イエスが、「黙れ。この人から出て行け」tお叱りになると、けがれた霊はその人にけいれんを起こさせ、大声を上げて出て行った。(マルコによる福音書1:25-26)
 本日の福音書の日課の前の部分で、イエスはヨハネから洗礼を受け、その直後の試練の時を経て、ヨハネがヘロデ・アンティパスによって牢に入れられた後、ガリラヤで独自の活動を始めたとマルコは語ります。しかし、イエスの活動は、ヨハネの活動を引き継ぐということではなく、またヨハネが予告していたことがイエスという人間に表れた、ということでもありませんでした。このことについては1月14日の礼拝の説教で詳しく申し上げた通りであります。イエスはガリラヤに戻って行きます。ヨハネのようにユダヤの荒れ野から人々に語りかけることをしませんでした。ガリラヤは緑豊かなイエスの故郷であり、都エルサレムからは遠く離れていました。人々に大きな影響を与えるような大々的な活動をして行くような場所でもありません。辺境の地ガリラヤ、そこからイエスの活動は始まるのです。ガリラヤの疎外され、人間扱いをされなかったこの人、あの人一人一人を相手にし、人間同士として目覚めて主にあって共に生きる所に回復するために神の救いの道を語り始めたのでした。

 カファルナウムで宣教の第一歩を踏み出した時に人々に与えた第一印象は衝撃的なものでありました。まず、カファルナウムの町はずれの浜辺で、最初の四人の弟子が召し出されます。それから一同はカファルナウムに行き、恐らくシモンの家に泊まります。翌日が安息日だったのでしょう。イエスはすぐに会堂に行かれます。またしてもすぐにと言う言葉に出会います。恐らく、矢継ぎ早に起こるイエス・キリストの衝撃的な出来事を示すためにこの言葉を使ったのでしょう。主イエスは、イスラエルの民の公的な集会所である会堂の中で権威ある者として教え始め、悪霊につかれた人を癒やし、人々の驚嘆の的となって行きます。その様子が本日の福音書の日課に記されております。21節で会堂の内部で始められた主イエスの宣教の一日がその終わりには戸外でカファルナウムの町全体に拡大し、翌日の早朝の荒れ野で終わり、これを皮切りにして新しい宣教の日々が展開されて行きます。その主イエス宣教の働きの展開の中に神が共にいて働いておられるということをマルコ自身の信仰告白として表現しているということです。

 その書き出しは、新しい朝を迎えたその日は安息日であったと記しています。イエスは直ちに会堂に入られ、この朝の礼拝において、「権威ある者」として、「権威ある新しい教え」を語られました。「権威」という言葉は、人によっては、何か抑圧的な、自由を脅かし束縛するもののように受け取られるかも知れません。しかし、この言語のギリシャ語「エクスーシア」は、「エクス」(・・・から外へ)と「ウーシア」(あること、存在)との組み合わせで、他の人やものに縛られないで、自由に行動できること、ひいては他の人や他の者を自由に動かしたり、支配したりする力を持っていることを示す言葉でした。自分が自由であり、しかも他者に迫る力を備えている状態のことです。主イエスはこのような意味での、権威を備えておられました。主イエスの教えを聞いたとき人々は、伝統や周囲の人々に束縛されない自由さと、何か従わずにはおれないような威厳を感じたのです。

 このような「権威」は、この世の「権力」とは違います。権力とは、人間が財力や武力を持って、力づくで他人を自分に屈服させることです。ヘロデ王やポンテオ・ピラトは権力者でありました。しかし主イエスは、このような権力者が簡単にひねりつぶすことができるような無力の人でありました。あのローマ総督官邸での審問の際に、威風堂々と審判者の席についているピラトの前に、裸で立っている主イエスを思い起こすだけで、このことは明白です。しかし主イエスには、権力者たちがどんなに力に任せて居丈高になっても、冒すことのできない自由と威厳がありました。主はかつて「体を殺しても、魂を殺すことのできない者どもを恐れるな、むしろ、魂も体も地獄で滅ぼすことのできる方を恐れなさい」(マタイ10:28)と教えられましたが、そのような強さを主御自身が持っておられました。それは~の真理に対して完全に自分を明け渡し、その真理を生き抜いた方であってこそ初めて持つことのできる~から与えられた力でした。そのような人は、自分のものとして執着するものを何も持たないので、他者はその人から何ものも奪うことができないということです。しかも、その人を通して迫って来るものは神の真理そのものでしたから、誰もその人に反論することができなかったのです。

 カファルナウムの会堂で、このような主イエスの霊的な力を最も敏感に感じ取ったのは、「汚れた霊に取り憑かれた男」でした。精神的肉体的に不健康な状態にあった人でありましょう。この人の生活は非常に不安定な状態にあったので、主イエスの霊的な力に触れたとき、自分が圧倒され、突き崩されるような身の危険を感じて悲鳴をあげました。主の聖なる力が自分の病の本質にまともに触れたからです。彼の心身の病は致命的なものであったので、その人が健康になるためには是非とも切除しなければならないものでありましたが、それは全身的全人的なものでしたのでそれを切除したならば、彼自身が死んでしまうような性質のものであったということでしょう。ですから、主イエスがこの人を癒すためにそこにおられるにもかかわらず、主の力はこの人を引き裂く、恐るべき力として働いたのです。

 このことは実は、このカファルナウムの悪霊につかれた男だけのことではありません。~の真実の光に照らし出されるとき、わたしたちはだれでも、このような自分の病と罪を暴かれ、自分の分裂、自分の破滅を経験します。~は聖なる方であります。不義なる者、不真実なる者を「焼き尽くす火」(ヘブライ人への手紙12:29 418頁)であります。それに対してわたしたちの存在は本質的に、~に対して不真実という病に冒されています。わたしたちは~の真実に自分の方でも真実一路に応答して生きたいと願っています。しかし、そう願えば願うほど、自分の勇気のなさや愛のなさを痛感します。不真実を暴露されます。あるべき自分と現にある自分との分裂に悩みます。~のまえでこの痛みは滅びの戦慄に変わります。イザヤは「ああ、どうしょう、わたしはもう駄目だ。わたしは汚れた唇の者で、汚れた唇の民の中に住み、しかも万軍のヤハウエなる王を、わたしの目が見たのだから」(イザヤ6:5)と恐れました。(旧約1069頁)詩篇の作者も「主よ、あなたが罪をすべて心に留められるなら、主よ、誰が耐ええましょう」(詩篇130:3)(旧約973頁)とおののきました。主の前に立つ者は皆、この恐れとおののきを持つのです。このように聖なる権威の前に立った時、悪霊は主イエスを「~の聖者」だと言い表しました。「ナザレのイエスかまわないでくれ。我々を滅ぼしに来たのか。正体は分かっている。~の聖者だ」。古代の呪術で、相手の名前や本性、あるいは相手の実相を言い当てることによって、相手の持っている神秘的な力を失わせることができると信じられていたようです。神秘のヴェールをはがされるとその霊的効力を失うのです。ここでは、主イエスと悪霊とが互いに相手の霊的能力の限界を探り合い、相手の手の内を把握して操作しようと、戦っている姿が示されています。悪霊は主イエスの正体を見抜き、その呪縛から身を守って、平和共存しようとしているのです。

 ここで悪霊が語っている「神の聖者」という言葉は、教会の信仰告白のことばです。「聖者」とは、神に付ける者、神からの人という意味で、イエスを主と告白することです。ところがこの信仰告白が、ここでは、悪霊の自己防衛のための最終手段となっています。つまり悪霊は、抵抗しがたい迫力をもって押し迫る主イエスの力を押しのけることができないと悟ると、今度は低姿勢に出て、平和共存の状態で自分の居場所を確保しようとしたのです。

 この戦いはわたしたちが正しい信仰告白をしているとしても、それが「お題目」のように、形式的になり、主との生きた命の交わりを持っていないことを、蔽い隠しておりはしないかどうかと反省をせまるものがあります。わたしたちの信仰とはキリストとの生ける交わりと、礼拝、伝道、奉仕などの生ける働きを生み出しているものでなければなりません。

 悪霊の懸命の抵抗に対して、主イエスは悪霊の最後の防衛戦を踏み破って、突入して来られます。主イエスは「黙れ。この人から出て行け」と、圧倒的な権威をもって退散命令を出されました。人に触れられたくない急所にメスの一撃が加えられました。ここに神の言葉の威力が発揮されます。「神の言葉は生きており、力を発揮し、どんな諸刃の剣よりも鋭く、精神と霊、関節と骨髄とを切り離すほどに刺し通して、心の思いや考えを見分けることができるからです」(ヘブライ人への手紙4:12、405頁)。この鋭い神の言葉が響き、主イエスが悪霊の最後の隠れ家に踏み入って来たとき「汚れた霊はその人にけいれんを起こさせ、大声をあげて出て行った」。このときこの病人は電撃を受けたようにけいれんを起こし、断末魔の叫び声を上げて倒れました。神の力が彼を、突き刺し彼を死なせました。しかし、この古き人の死と共に、全身全霊を神の力によって聖別された、新しい人間が誕生したのです。

 預言者ホセアは「主は我々を引き裂かれたが、いやし、我々を打たれたが、傷を包んでくださる」(ホセア書6:1、 旧約1409頁)と述べていますが、主に引き裂かれることによって、むしろ本当の癒やしが与えられ、主に打たれることによって、真に生きることができると言うことを告白しているのです。こうして、イエス・キリストによって、一人の人が打たれ砕かれ、そして解放され、立たされるのです。イエス・キリストの真実の権威がこうして示されたのです。主イエス・キリストは、神に逆らう古い命に生きているわたしたちを滅ぼすために来られました。同時に罪に滅びるわたしたちを神のものに取り戻してくださるために来られました。イエス・キリストがこの世に権威を持って来られる時に、そのような闇の力からの人間解放が起こるのです。主イエスの新しさとは古い者を打ち負かし滅ぼして新しくされるそのような新しさなのです。

 主イエスはこの時以来、今も、わたしたちにその新しさをもって語り続けてくださっています。本日の物語はわたしたち自身の物語でもある、これは確かなことです。神さまの救いの言葉は今も、ただ耳新しいと言うだけではなくて、権威を持って、実効性を持って、救いの働きをなさり続けておられます。「主のお語りになった言葉は、必ず成就する」(ルカ1:45)のです。主イエス・キリストの宣教活動は神御自身の活動だからです。

 お祈りいたします。

 罪の世界にあって何時も勝利される主イエスよ、わたしたちのもとに神と共に来てわたしたちの罪を滅ぼし、わたしたちを新しくしてください。

 主イエス・キリストによってお祈りいたします。   アーメン

ページの先頭へ

「~の愛の眼差しが注がれている」マルコ1:14−20
2024.1.21 大宮 陸孝 牧師
イエスは、「わたしについて来なさい。人間をとる漁師にしよう」と言われた。(マルコによる福音書1:17)
 一人の人との出会いが人生を決定的に変えることがあります。ガリラヤ湖でのペテロたちの経験がそうでした。その時彼らは漁(りょう) のさなかで、投げ網を打っていました。何度もそれが繰り返されていたでありましょう。そのとき、思いがけず岸から声がかかり、「わたしについて来なさい」と招かれたのです。彼らは驚いて手をとめ、顔を上げて声の主を見ました。その人は慈愛の眼差しで彼らを見ていました。彼らはその眼差しに見入って、しばらく沈黙していたかもしれません。やがて彼らはまた動き始めますが、先程の漁の継続ではなく、それまで手にしていた網は背後に置かれ、彼らはその声の主に従って行きました。これがペテロたちと主イエスとの出会いでありました。

 出会いとは、わたしたちが自分の一番深い所に自分でない人の来訪を受け、わたしたち自身もまた自分の枠を超え出てその人の深みまで出て行くことです。ですから、人がどれほど遠くその人の内に入って行けるか、またどれほど深く下ることができるかによって、出会いの経験と質が変わってきます。

 イエスが下って行かれた時と場所ガリラヤで、人々は重苦しい空気に閉ざされていました。神の言葉を語る預言者はいません。バプテスマのヨハネは最後の預言者でした。人々を神に執り成す祭司はといいますと、いるにはいました。そして祭儀を司っていますが、無気力で、権力におもねっていました。パリサイ派は熱心ではあっても、人々に霊的覚醒を与える力は欠いておりました。民衆は希望を失い、道徳的頽廃が地を覆っていました。ただ、荒野のヨハネの声だけが民衆の期待でありました。権力の前に物怖じしないヨハネの叫びは、妥協なしに不義を糾弾する態度のゆえに、ヘロデとヘロデヤの怒りを買って捉えられてしまいました。

 人々はヨハネとヘロデの争いを見守りました。人々はヨハネの勝利に期待しました。しかし、ヨハネは敗れたのです。エリヤの時のような奇跡は起こりませんでした。イスラエルの望みはここに潰(つい)えたのです。一旦燃え上がって輝いた光は地に落ちたのです。イエスはそのような状況の中で活動を始められました。

 わたしたちは、その時代の苦悩と焦燥とをよそ事と考えることができません。わたしたちの時代にも同じような問題があるのです。時代の悪と頽廃、教会の無気力化、僅かに孤高を保つ人はいても、人々に新しい命の希望を起こさせるには弱過ぎます。誰かが立ち上がって、壁を打ち破らなければならない。しかし、わたしたちがそのように時代を捉え、そのような時代的要求を考えているだけならば、イエスがこの時期に活動を始められた意味を、ついに理解することはないでありましょう。なぜならば、イエスが立ち上がりたもうのは、時代の要求に答えるためではなく、神の計画の時が満ちたためであったからです。

 イエスはガリラヤに行かれました。公的活動の最初の舞台、福音の第一声が鳴り響く地として、敢えてガリラヤを選ばれたのです。ガリラヤが自分の故郷だから、まずそこを教化して根拠地としようとされたのでもありません。ガリラヤがなぜ福音宣教のはじめの地として選ばれたのか、マタイ福音書4章14節ではそれは預言の成就だというのです。イザヤ書9章1節には「異邦人のガリラヤ」ということばがあります。そこはさげすまれた地でありました。イスラエル選民への約束の地としては失われてしまった地域でした。その地で、神の福音が宣べ伝えられました。その福音の内容は単なる使信ということではなく、それ以上のものをもっていました。

 福音は神の国にかかわるものです。神の国とは神の支配秩序のことです。それが近づいたのです。近づいたとは「到来した」と言い替えてもいいほどの含みを持っています。少なくとも戸口の前に、心の扉の前に到着しているのです。ただ扉を開けさえすればよいのです。時は満ちているからです。神の永遠の計画の内に定められています。神の働きは隠された中で熟していくと言う性質をもっています。流れきては、流れ去っていくのではなく、移ろうことのない神の創造の時が始まったのです。この神の業が始まった「時は来た」という知らせを、わたしたちが受け取る時に、その時わたしたちの身に起こることは、すでに始まった「時」にいや否おう応なしに自分のいっさいを賭けるということが起こるのです。朝が来たことを知る人は、少しも疑わずに昼の業を始めますが、「神の時を知る」人はそのようにするのだ、とパウロもローマ書13章で教えています。

 神の福音はそのような時をわたしたちに教え示すのです。宣言するのです。ですから、福音のもとでは、神の時を知った者の生活が始まります。憎しみに対して憎しみを報い、力には力を対置し、そのバランスを正義と名付けているような古い秩序は終わりました。赦しの力が憎しみを消し去り、悲しみの暗黒を喜びの光が吹き飛ばすそのような神の新しい創造の業が始まったのです。

 ペテロたちが主イエスに出会って経験したことはそのような神の救済の歴史に巻き込まれていくということでした。ガリラヤの漁師たちとはユダヤ教の枠からはみ出し、ユダヤの社会から締め出された人々のことです。主イエスはそのような人々の所にも出て行かれました。そして人々は主イエスとの出会いを通じて生活を根底から変えられて行ったのです。今も主イエス・キリストは誰のところにも来訪し、その生活の底にまで入って来られます。使徒パウロは「生きているのはもはやわたしではありません。キリストがわたしの内に生きておられるのです」(ガラテヤ2:20)とのべていますが、主はわたしたちの内にも来られ、しかもわたしたちの内で、わたしたちを圧倒するばかりに力強くわたしたちに働きかけておられます。これはキリストの愛です。この愛に圧倒されて、頑なに内に引きこもりがちなわたしたちも、自分の最も深い穴の中から抜け出して、自分を主の愛に委ねて行くことができるのです。そして主の招きに答え、主に従って生きようと決心するのです。このようにしてペテロたちは網を捨てました。

 キリストによる新しい秩序である教会は、このようにして決定的に神の新しい時に位置づけられています。イエスという方が来たことによって、神の新しい創造の時は既に来たのです。神の国は向こう岸に望み見るものではなくなったのです。神の国はこちら側のものとなったのです。神の国の力である「愛」は、わたしたちが自分たちの理想として、あえぎあえぎ追求するものではなく、キリストがわたしたちの所に降りて来られたことによって、イエスという方の生の存在によって現実となったのだと聖書は示しているのです。

 ですから、わたしたちの存在の最も深い所で、心の、魂の奥深くで、わたしたちのアイデンティティーが変わったのだ、わたしたちは神のものとされたのだと認めないわけには行きません。わたしたちが福音の宣教の下に立つ以上は、そのことを認めずにはおれないのです。福音は単なるおとずれ以上のものだと先に申しましたが、神の愛の支配に関わる福音は、この愛の支配がこちら側に来たということを知らせるだけではなく、その支配の力そのものがわたしたちに迫ってきているということです。ですから、「神の国は目に見えないではないか」と問われるとき、わたしたちは、「しかし、福音が聞かれている」と答えます。福音は神の支配手段でもあるのです。この福音のもとで、わたしたちは1人1人が罪の支配から解放されるのを経験したのです。

 わたしたちが生きる方向を転換して、この神の愛による新しい支配へ自らを委ねて行くこと、それが悔い改めて福音を信じなさいと言われている中身なのです。まさにわたしたちは信じる他に道はない所に置かれているのです。神の国は未だ見えていないがしかし、信仰によって、イエスの憐れみと赦しの恵みの中に身を置く者にとっては、目に見える以上の確かさをもっています。主イエスは単なる内心の痛恨と反省を求めているのではありません。わたしたちの全存在の転換を求めておられます。

 主に従って行く道は、主が先だって行かれる道です。「わたしについて来なさい」という言葉は、「わたしの後から来なさい」という意味です。主に従う道がどのような道で、どこへ行くのかを、わたしたち自身が前もって知ることはできません。わたしたちの目で行く先を遠くまで展望することはできません。あらかじめ定まった道があるわけではありません。主と共に歩むことによって、道が踏み固められて行くのです。それは十字架の道であります。「わたしの後に従いたい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」(マルコ8:34)と言われます(77頁)。

 ペトロたちが主に従ったとき、彼らは「人間を取る漁師」にされました。この言葉は、他人を自分の利益のために利用する人間というように、悪い意味に使われたようであります。植民地政策のためにキリスト教を伝道した帝国主義がその代表であります。しかし主イエスはそういう意味で言ったのでははなく、ここでは、神が恵みをもってすべての人を救おうとしておられる、その神の人間追求のために、わたしたちを用いようとしておられるのだと言うことです。神は人を通して神の国を広めようとしておられます。そのためにわたしたちを召し出しておられるのです。

 わたしたちは誰であろうとどこにいて何をしているにしても「隔ての壁」を乗り越えてわたしたちの元に来訪されるお方・主イエスに出会うことができます。わたしたちはみな主の恵みの射程内にあります。そしてわたしたちもこの主によって自分の周りの様々な壁を乗り越えて隣人のもとに赴いて、隣人と共に生きる道へと導かれるのです。主はわたしたちに神との和解をもたらすだけではなく、わたしたちと他者との和解をももたらされます。このようにしてわたしたちを用いて、恵みの神ご自身が人に出会われるのです。

 お祈りいたします。

 主よ。わたしたちをあなたの道へと連れ出してください。あなたの道へと連れ帰ってください。あなたがわたしたちに先だって行かれ、わたしたちの信仰の道を導き支えてください。この信仰の道を終わりまで歩み通すことができますように。

 主イエス・キリストの御名によって祈ります。   アーメン

ページの先頭へ

「わたしたちの依って立つべき所」ヨハネ1:43−51
2024.1.14 大宮 陸孝 牧師
その翌日、イエスは、ガリラヤに行こうとしたときに、フィリポに出会って、「わたしに従いなさい」と言われた。(ヨハネによる福音書1:43)
 ヨハネ福音書には、イエスの誕生物語がありませんが、「初めに言があった。言は神と共にあった。言は神であった。この言は、初めに神と共にあった」と記し、次いで、光と闇の主題が続く創世記冒頭の創造物語を想起させる言葉が並ぶ形で、永遠なる神が意思をもってこの世に「肉体を取って来られた」と語っています。創世記一章一節以下では「初め」は世界の創造に先だって「神のことば」つまり神の意志が存在していたと告げていますが、この「先在のロゴス」(つまり神の意志)を根底にして、ヨハネ福音書は、永遠なる先在のロゴスが一人の人格を取ってこの世に降りて来られた、それがイエスというお方であると証ししているのです。神が肉体を取ってこの世に降りて来られたというメッセージの中にクリスマス物語が内包されていると見ることができます。

 1節には「あった」という動詞が三回出て来ます。つまり、イエス・キリストは神と共に人格的な存在として、永遠から永遠に存在しておられる方であることをまず描写し、そして、続く1章6節から8節でバプテスマのヨハネを、そのイエスを証言する者として登場させ、先在のロゴスが受肉して人となって来られた、それがまさにナザレのイエスその人であると特定して指し示す役割を果たさせているという展開になっているのです。14節では、イエス・キリストが、わたしたちの目に見え、耳で聞き、手で触れ、人格的に交流できる存在として、わたしたちの歴史に来られたとより具体的に示されています。

 1章の35節以下には、そのバプテスマのヨハネの重要な証言が書かれています。「その翌日、また、ヨハネは二人の弟子と一緒にいた。そして歩いておられるイエスを見つめて、『見よ、神の子羊だ』と言った」。ここは「二人の弟子と一緒にずっと立っていた」と訳すべき所です。つまり、ヨハネは自分の本来の役割を果たすべき時がいよいよ来たのだという自覚を持って、そこに立ち続けていたというヨハネの立脚点を示す表現なのです。ヨハネ福音書では、このヨハネの証言と弟子たちの召命とが直結して描かれています。

 最初の弟子たちの召命はヨハネの弟子であったアンデレともう一人(名前が記されていない。あるいは福音書記者自身の可能性もある)の二人、次ぎにペトロ、フィリッポス、ナタナエルの四人、あるいは五人です。またマルコ福音書では四人は漁師の仕事を棄ててイエスに従って行くのですが、ヨハネでは彼らの職業活動は終わっているようには見えません。マルコでは日常的な仕事から突然、使徒職になるように召し出されているのに対してヨハネでは使徒職については全く触れられていないと言う違いがあります。ここで注目しておかなければならないのは、バプテスマのヨハネが自分の弟子たちに、イエスを「見よ、神の子羊」と証ししたので、バプテスマのヨハネの弟子たちの中から、イエスに従う者が出たと証言し、バプテスマのヨハネのメシアを指し示す証言者としての本来の姿をここに明らかにしていることです。これを弟子たちの立場から言うならば、自分たちの立つべき立脚点が、バプテスマのヨハネからイエスへと変わったということです。最初に出会った二人の弟子へのイエスの第一声は「何を求めているのか」でした。これはイエスのもとに来る人は誰であっても、その人がそれについてはっきりさせなければならない最初の問いであります。

 ここでの二人の弟子たちの答えは「どこに泊まっておられるのか」ということでしたが、イエスについて行くとは、まず、イエスが立脚しているところ、イエスの立っておられると同じ所にまさしくイエスと共にイエスと一緒にいつも立ち、立脚点を共にし、共に生きようと心から望むことから始めることだという意味がここに隠されていると解釈することができます。

 その弟子たちの問いに対するイエスの答えは「来なさい。そうすれば分かる」でした。そして二人はイエスの所に一日中留まるのです。イエスと出会って、おことばに従って一日中イエスと共に過ごさせていただいたこの時、そして日暮れ前のこの時は、まさに「時が満ちる時」であり、この出会い、イエスと共なる生活によって、彼らは心の底から満たされます。彼らがイエスと共にいる所、そこに今や命の救いが成就しているのだということが含蓄されているということです。イエスに付き従って行く所にわたしたちの人生の完成があるということであり、わたしたちの立脚点はそこにあるということです。

 バプテスマのヨハネがイエスを「見よ、世の罪を取り除く神の子羊だ」と指し示したとき、それによってバプテスマのヨハネの二人の弟子が自分たちの依って立つべき所はイエスにこそあると再認識してイエスに従って行くのに引き続き、幾人かの最初のイエスの弟子がイエスに従った姿が描き出されて行きます。最初の弟子となったバプテスマのヨハネの弟子ペトロの兄弟アンデレ、(もう一人は名前は不明)次いでそのペトロの兄弟アンデレが自分の兄弟ペトロを紹介して、合計三人がイエスの弟子となったというのが本日の日課の前の部分です。

 本日の日課はその続きで、「その翌日」という言葉が繰り返され、フィリポとナタナエルがイエスの弟子となる物語が続きます。これによって最初のイエスの弟子は合計五人になります。主イエスがいろいろな人たちに出会って、「従いなさい」と言ったら従ったという単純な話しで記録されているのですが、この35節から50節までの弟子召命の物語の中に弟子たちが自分たちの命を委ね、依って立つべき立脚点をイエスのどこに見出したのかを示す重要なキーワードがいくつも隠されていて、それを示すことこそ、この弟子召命の物語の主要目的だったのだと見ることができます。それは「イエスとは誰か、どういう方か」ということです。以下にそのキーワードをまとめます。36節「神の子羊」。38節「ラビ(先生)」。41節「メシア」、そして「油注がれた者」。そして本日の日課であります49節には「神の子」「イスラエルの王」という用語が出て来ます。

 36節の「神の子羊」ですが、これはイザヤ53章との関連で、罪の購いの死を遂げるイエス・キリストを予告したことばとして受け止めているのです。神の子羊というのは、屠り場に引かれて行き、屠られる神の子羊と、もう一つは、力と権力による支配ではなく、真実の愛による支配を、この世にもたらす方としての救い主を予告していることばです。38節の「ラビ」というのは、イエスの時代は、律法の解釈者、旧訳聖書の解釈の権威者という意味です。つまりイエスを「ラビ」と呼ぶのは、ただ先生というだけではなく、「イエス様は偉大な律法の解釈者として権威ある偉大な方である。」「イザヤ、エレミヤよりも優れた預言者かもしれない」という含蓄が含まれております。

 41節の「メシア=油注がれた者」、これは日本語に直せば「救い主」、ギリシャ語に訳せば「キリスト」になります。当時は自称キリストは続々と出現していました。「わたしがキリストだ」という人がたくさんいたのです。その「キリスト」という語を「イエスこそわたしのキリスト・救い主である」との信仰の確信に生きる人がいよいよ登場してきたのです。それが固有名詞化して「イエス・キリスト」となってゆくわけです。そして今日、現代のわたしたちがキリストと言ったら、イエス・キリストのこと、つまり、キリストが救い主であるとの信仰告白になってゆくのです。一世紀の時代の自称キリストがたくさん存在した中で、イエスこそ本当のキリストなのだと告白されているそこが重要な点です。

 49節の「神の子」これは、「この方イエスは神の子だ。神が遣わした方だ」と言われています。実はこの言葉も当時には、「わたしは神の子だ」という人は同様に数多くいたのです。そして「イスラエルの王」これはイエス時代のユダヤ教のメシア称号なのです。「イスラエルの王」とはユダヤ教では「ユダヤの王」と置き換えて表現しても誤りではありません。当時はイスラエルを救うユダヤの王、イスラエルの王の出現するのを切実に期待し、待ち望んでいました。そのような状況の中で、「民衆よ、武器を持って我に従え。荒野に集まれ。パレスティナ地方に国家を打ち立てて、あなた方を幸せにする」と主張し、幻想を振りまいて新たに国家建設を企む自称メシア・王がたくさん出て来ていたのです。自らを神とする者、メシアと唱える者、あるいは奇跡を行う奇跡行為者・執行者という者が続々と登場していた時代です。

 宗教の名において、超能力的なことを示して信徒を獲得し、そして反社会的な行為をさせる類いの様々な疑似宗教の出現は現代でも後を絶ちません。宗教の名を語らなくても、ある特定のイデオロギーが絶対化され、そして人々が洗脳されて様々な救済運動をすることと、疑似宗教とは構造は同じだと言っても過言ではないように思います。自らを神とする者、メシアと唱える者、また超人的な奇跡を示して神的権威を持っているかのように振る舞う者、こういう人たちはイエスの時代だけではなく、現代にも続々と出現し、大勢の人がそういう人物を神の座に祭り上げている、これがわたしたちの現実なのです。

 最初にイエスに従った弟子たちもまた、当時のトレンド、時代の表現であった、「時代を救うキリスト」を当て嵌めて、自分の期待する政治的な支配者や革命家のイメージをイエスに重ね、この人こそ自分が期待していたキリストかも知れないと告白しているということだったのです。こうした中でのイエスに対する「キリスト告白」を、イエス自身はどう捉えたのか、それが次の50節〜51節にイエスの直接の言葉として語られます。

 49節でナタナエルが自分のことを見抜いたイエスに驚いて、「ラビ、あなたは神の子です。あなたはイスラエルの王です」と信仰告白します。これは奇跡を見たから信じた信仰が描写されているということですが、それに対して、イエスは50節で「イエスは答えて言われた。『いちじくの木の下にあなたがいるのを見たと言ったので信じるのか』」。奇跡に驚いて信じたのかと言われたのです。しかし、イエスはそのような信仰はだめな信仰ですよとは言われないで、続けて言います。「もっと偉大なことをあなたは見ることになる」と。イエスはここで「もう一つ次元の高い信仰の内実をあなたは見ることになる」と決定的なことを言われたのです。その内容が次ぎの51節で述べられます。

 51節「はっきり言っておく(アーメン)。天が開け、神の天使たちが人の子の上に昇り降りするのを、あなたがたは見ることになる」。この言葉の意味を理解するためにはわたしたちは旧約聖書の創世記28章10節から19節を読む必要があります。有名な「ヤコブの夢」または「ヤコブの梯子」です。この旧約聖書のベテルでのヤコブの夢の出来事と本日の日課の箇所は密接な関係があり、これを除いては解釈も理解も出来ません。このベテルは、エルサレムの北17キロメートルのところに位置しています。イスラエル民族が一二部族に別れていたうちのベニヤ民族の領地でした。ベテルとは「神の家」という意味になります。ヤコブの梯子の上を天使が昇り降りすることを、イエスに重ねて、イエスのところから天に昇り降りする道が開かれると再解釈している、つまり、神はイエスを通して自己を啓示されると言われたのです。

 本日の福音書の弟子たちの召命の記事は、最も偉大なことは、地上の人の子、つまりイエスという方は地上を歩まれる神として、永遠なる神とわたしたちとを霊的・内的に繋ぐ方として、わたしたちの所に来られたのだと言っておられます。要約して言うならば、イエスにおいて「主・神がおられる」「イエスは神が人となった方だ」と宣言しておられるということです。

 イエスに最初に従った弟子たちは、奇跡を行う人物だから、自分の欲求とか望みを聞いてくれる、期待に応えてくれる方だから、イエスを信じましょうといった類いの信仰を初めは持っていたかも知れません。しかし、イエスに人格的に出会い、神が身近におられる経験をして、人間の身勝手で都合がよいように自己投影された神ではなく、そこを突き抜けて、イエスと人格的に出会うことによって、イエスこそ神にほかならないとの信仰へと変えられていったのです。聖書に証しされている神は、わたしたちのこの世の生に、イエスという人格的な存在になって来てくださり、「共にいてくださる神」、「共に生きてくださる共生の神」として、わたしたちの人生を共に歩んでいてくださる方としてわたしたちの所に顕現なさっておられるということです。弟子たちの立脚点はここにあったのです。

 わたしたちがイエスこそ主であり、神であり、イエスを通して語られる言葉は神の言葉、意志そのものであるとの信仰に生きることによって、神の生きた命の言(ことば)を聞き、祈るとき、賛美をするとき、礼拝をするときに、イエスの人格に触れ、神の語りかけを聞き、神の真実に触れ、神の愛に触れ、神の御旨を聞く生活へと導かれているということなのだというのです。イエスこそ「ベテル=神の家」つまり神のいますところにほかならない。そしてその神の家に集まるわたしたちキリスト者の群れは神の家の家族であります。誰か他の人ではなくわたし自身が神の家に属する家族とされるべく、この礼拝に招かれているということです。偉大なこととはそのことです。

 お祈りをいたします。

 父なる神様。あなたから離れ、命の祝福に与ることが出来ないでいるわたしたちの所に、真実の愛をもってあなた自身が降りて来てくださった大いなる恵みを感謝いたします。わたしたち、あなたの祝福のもとに立ち帰ろうとしても、自分の力では帰ることもできない者、繰り返しあなたから離れてしまう者のために、愛をもっていつもわたしたちのもとに共にいてくださることを、本日の御言葉で示されました。この告げ知らされているあなたの救い主を仰ぎ見、御言葉に聴き、従うことによってあなたに立ち帰ることができますようにわたしたちを導いてください。あなたの愛と御霊の力によって、弱気を覚えている者にあなたの愛の力が、暗きにあります者に光が、争いのありますところに平和が、怨念のうずまくところに赦しが与えられますように。

 主イエス・キリストによって祈ります。   アーメン

ページの先頭へ

「あなたは神の愛する子」マルコ1:4−11
2024.1.7 大宮 陸孝 牧師
すると、「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適(かな)う者」という声が、天から聞こえた。(マルコによる福音書1:11)
 本日の日課は主イエスの公生涯(私的な生活から出て、公的な場で働く活動)の出発を告げる箇所であります。本日の日課の初めにバプテスマのヨハネのことが書いてありますが、このヨハネのできごとと、これから起こるイエスのできごととは、9節のそのころと言う言葉で結び付けられています。同じころなのです。ヨハネにとってはイエスの到来は将来のことではなく、「後から来られる」方は極めて近いことを全身で証しをしておりますそのヨハネの証しに対して、イエスは同時代の人となられた、そのことを示しているのが、そのころという言葉であります。

 わたしたちにとっても、主であるイエスが同じ時代の人となってくださることは、大変大切なことであると思います。キリスト教のいっさいの意義と力とは、生けるキリストが現実に現在していることにかかっているのです。どれほど再び来たりたもう将来の主への期待に燃えていても、その主が未来にとどまりたもう限りは、現在の充実した生も、溢れる喜びもありません。また、過去の人物としてのイエスを眺めるだけならば、信仰生活は、本来あるべき霊的な力のみなぎりは湧いては来ないのではないでしょうか。現実に主イエスがわたしたちの間に立ちたまわない限り、わたしたちの信仰は立ち上がることも、働くこともできないのです。

 そのイエスの言動についてマルコが最初に記録する言葉は、「イエスが、ガリラヤのナザレから出られた」ということでした。これ以前に、約30年ほどの長い生涯がありました。その記憶が全く埋もれてしまっていたのではありませんが、マルコは敢えてそれを取り上げることはしませんでした。世の人たちが熱を入れるあのクリスマスは、ここでは取り上げられてはいません。幼子イエスも、若き日のイエスも、ナザレで労働に汗水流した頃のイエスさえもここでは取り上げられておりません。マルコはイエスについて、ヨルダン川でバプテスマのヨハネから、バプテスマを受けた出来事から語りはじめ、特に受難週の記事に最も多くのページをさいたのでした。これ以前の生涯が無意味だという訳ではありません。イエスが人の子として生まれ、育てられ、教育され、人と同じように成長し、人と同じように労働に服したもうたことには深い意義があります。けれども、わたしたちがイエスの御生涯の始めのことを知ろうとするならば、終わりの方を先によく理解しなければならないということなのです。

 主イエスはナザレを出られました。イエスはこの後もナザレのイエスと呼ばれ、ナザレに生い立ったことの意義は失われないのですが、ナザレの持つ意味が変わって行ったのです。3章の終わりでももはや家族を持っておられないイエスを知るのです。6章の始めまで進めば、わたしたちはもはやナザレを故郷としてもっておられない、故郷のない人間としてのイエスの姿に接することになります。それは、イエスが孤独な放浪者であったことを意味するものではありません。イエスはナザレを出たことによって、わたしたちのために真の故郷を目指し、真の家族の交わりが何であるかを示そうとされているのです。

 ナザレを出たイエスは、どこへ行かれたでしょうか。もはやこの小さな村との関わりを断ち切りたもうたイエスは、今や天下統一の号令をくだすべく、エルサレムへ、あるいはその他、適当な高い場所に昇って行かれたのでしょうか。そうではなく、イエスはヨルダンの低地に降って行かれます。そしてバプテスマのヨハネの前に、バプテスマを授かることを請われるのです。

 ~のもとから降ってこられた方が「罪の赦しを得させる悔い改めのバプテスマ」を受けるどういう必要があったのでしょうか。たといバプテスマが必要であったとしても、どうしてヨハネのような、「かがんで靴のひもを解く値打ちもない」者のもとで、それを受けなければならないのでしょうか。確かに、これらのことは、イエス・キリストの威厳を著しく損なうものでした。しかし、そのように威厳をなくした、己を低くした姿で、福音書の中に登場して来るのがわたしたちの主なのです。イエスは罪なきかたであったにもかかわらず、罪を悔いてバプテスマを受ける人々の群れに加わりました。また、イエスはヨハネより遙かに優れているにもかかわらず、ヨハネの手でバプテスマをお受けになりました。これは聖書に証言されているキリストのへりくだりの一環なのです。けれども、イエスのへりくだりを学べばそれで良いのかと言いますと、そうではありません。さらにわたしたちは ここでイエスのバプテスマの本当の意味を学ぶ必要があります。

 イエスがヨルダン川で、ヨハネから受けられたバプテスマは、他の多くの人々が当時そこに受けに来ていた者と同じでした。それは水の洗いの儀式でした。そしてそこに罪の悔い改めの意義が付け加わったものでした。人々は新しい生涯を始めようとの決意のもとにバプテスマを受けました。その決意は全く真剣なものでしたが、しかし、目を見張るような新しい出来事は起こりませんでした。人々は焦りを覚えていました。わたしたちはその焦燥に共鳴できると思います。バプテスマを受けはしたけれども、何も新しいことは始まらず、新しい人間も生まれ出ないというなげきは、古くて新しい問題です。

 しかし、今、わたしたちはこの洗礼のもとに、イエスが入って来られるのを見るのです。水の洗礼に過ぎず、悔い改めの洗礼に過ぎないもの、それ自体としてはやがてはかなく消え失せてしまう人間の手になる洗礼・・・、その洗礼の中にイエス・キリストが入って来られ、洗礼の実質になられたのです。ローマ書六:三に「キリスト・イエスに結ばれるバプテスマ」と言うことが教えられていますが、洗礼がイエスに結ばれるというわけは、イエスが洗礼の中に入って来られたからだということです。わたしたちのほうから洗礼によって飛躍してキリストと繋(つな)がろうとしても、恐らくその試みは挫折に終わるだけでありましょう。イエスが洗礼を受けてわたしたちの側に立ち給わなければならないのです。

 イエスが洗礼を受けようとされた時、ヨハネはそれを拒んだとマタイ福音書は伝えております。拒んだヨハネの理由はわたしたちから見ればもっともな理由です。けれども、イエスがそのヨハネの拒否を敢えてしりぞけたもうたことの中に、わたしたちは大きな神の真理を読み取らなければなりません。つまり、わたしたちの救いはヨハネの拒否にあらわれている程度のわたしたち人間の側の合理性によって成立するものではないということです。それを却下されたイエスの不合理とまで見える姿勢にわたしたちの救いがかかっているのです。ここには神の真理、つまり、神のわたしたちを救う真実の圧倒的な愛が現されています。これをわたしたちは信仰の目をもって捕らえていかなければなりません。

 天が開け、聖霊が降ったと書かれております。但しこれは誰の目にも見えたのではなく、イエスだけがご覧になったものであります。人々の目には、これは未だ隠されておりました。信仰の時が来なければ人々には見えないのです。

 天は人類の頭の上で閉じられています。人がどんなにこれを慕おうとも、冷厳に閉じられ、憧れは拒絶されるのです。うかがい知ることを赦さないこの閉鎖によって、人は天上が帰り行くべき故郷であることも知らなくなっています。ただ旧約のイスラエルは、炎の剣によって永遠と隔てられながら(創世記3:24)天と地を結ぶ梯子(創世記28:12)を望み見ました。いわゆるヤコブの梯子です。その閉鎖が本格的に解かれる日がイエスによってもたらされたのです。

 聖霊が鳩のようにくだることについて、わたしたちは旧約聖書の幾つかのくだりを思い起こします。創世記1:2に「~の霊が水のおもてをおおっていた」とありました。創造のはじめ、水の上に聖霊があったのですが、再びこのヨルダン川で、水の上に御霊がくだったのです。そして創世記8:10ですが、大洪水の上に鳩が飛びました。鳩は大洪水ののちに新しい世界が開け始めたことを、くわえているオリーブの若葉によって告げました。そのように今、ヨルダンの水の上に飛びかける鳩は、新しい天と新しい地とを創造されはじめたことを告げているのです。それからヨエル書2:28、29節その他においては聖霊降臨の預言があります。預言者は来たるべき日のメシアの出現と聖霊降臨の約束をしていました。それら全体のことを思い起こすときに、このイエスの受洗に際して起こったことがどれほど重大な意味を持っているかを理解できるのです。

 わたしたちの目は徐々に開かれてゆきます。やがて、使徒言行録の2章に記されています五旬節の聖霊降臨の出来事に出会いますときに、もうそこでは、イエス・キリストによって、ヨルダンの水のバプテスマに際して始まった新しい創造の働きが、イエスに従うすべての者の上に起こりつつあることに気づくのです。さらにわたしたちはパウロとともに「だから、キリストと結ばれる人はだれでも、新しく創造された者なのです。古いものは過ぎ去り、新しいものが生じた」と叫ばざるをえなくなるのです(Uコリント5:17)。

 それはイエス・キリストの御名による洗礼のわたしたちにおける実りなのです。

 10節「水の中から上がるとすぐ、天が裂けて霊≠ェ鳩のように御自分に降ってくるのを、御覧になった。」と書かれています。「すぐ」という言葉はマルコによる福音書の至る所に使われています。イエス・キリストはバプテスマに続いて「すぐ」聖霊をお受けになり、それによって、洗礼ののちに聖霊を受けるべきわたしたちの原型となってくださいました。わたしたちの場合、洗礼を受けることと聖霊を受けることとは、必ずしも同時に結びつくものではありません。むしろ時間的なずれが非常に大きいことがよくあります。そのために聖霊を受けていないことについて焦りを覚える受洗者は少なくありません。そのような時にわたしたちは主イエスに目を向けなければなりません。イエス様においては、洗礼と聖霊とが結びついていたことが、この「すぐ」ということばで諒解できます。主イエスの内に起こることはことごとくわたしたちのために起こったことであります。このことを次の11節でもう一度教えられます。

 11節に関しては、旧約聖書の詩篇第2編7節で「お前はわたしの子」と言われていることばからの引用です。この詩は油を注がれたメシアを歌ったものですが、世のいっさいの力をあげて神とメシアとに逆らう中にあってなお、メシアの位置が揺るがないことを告げています。ヨルダンにとどろいた天からの声もそうでありました。世がイエスを神の子と認めまいとして、あらゆる企みをめぐらしても、天からの証言を覆すことはできません。

 ここでもまた、わたしたちは、イエス・キリストにおいて始まった新しい創造の業に目を留めておかなければならないと思います。この世にあって、わたしたちは依然として躓(つまず)きに囲まれています。けれども、イエスの御名による洗礼を受けた者は、この御声をイエスとともに、自分自身に向けられた御言葉として固く捉えなければならないのです。神さまから「あなたはわたしの愛する子、わたしの心に適うものである」とそのように言っていただけるように、御霊の働きに自らを委ねて行くことが大切と思います。

 お祈りいたします。

 神さま。罪と汚れに満ちた中で、わたしたちは自分のいる場所も見失い、自分の生活の原点も見失うことが度々です。しかし、そうした中で、祈りによって神さまとの交わりを取り戻し、わたしたちには御子の霊が授けられており、父なる神が絶えずわたしたちを「愛する子」として呼びかけていてくださいますことを、しっかりと祈りの中で聴き取ることができ、自分の位置を取り戻して、神の子としての新しい歩みを、この世に遣わされて生きることができますように、わたしたち1人1人に励ましを与え、力を与え、霊に満たしてくださいますように、お願いいたします。

 イエス・キリストの御名を通してお祈りいたします。   アーメン

ページの先頭へ


 ◆バックナンバーはこちらへ。





information


日本福音ルーテル賀茂川教会


〒603‐8132
京都市北区小山下内河原町14

TEL.075‐491‐1402


→アクセス