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1952年宣教開始  賀茂川教会はプロテスタント・ルター派のキリスト教会です。

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2026年8月礼拝説教


★2026.8.30 「イエスを救い主と告白し従う」マタイ16:21-28
★2026.8.23 信徒による証抜粋「生ける神の群れ 賀茂川ルーテル教会」
★2026.8.16 「揺らぐことのない信仰」マタイ15:2-28
★2026.8.9 「イエスが共にいてくださる平安」マタイ14:22-33
★2026.8.2 「キリストの新しい命に与る」マタイ14:13-21

「イエスを救い主と告白し従う」マタイ16:21-28
2026.8.30 聖霊降臨後第14主日 大宮陸孝牧師
「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしにわたしに従いなさい」(マタイ16章24節)
 本日わたしたちに与えられている福音書日課は、マタイ16章21節からです。まず、16章全体の文脈を確認しておきましょう。イエスの救いの出来事は、正統なユダヤ教の立場にある人たちの反発を呼び起こし、一節から四節では「天からのしるし」を強要されます。しかし、イエスは彼らが「時のしるし」を見分けられないことを指摘します。つまり、イエスという人物が業を通して、今こそ決定的に救いの時をもたらしているということを悟らない。だから、弟子たちに彼らの誤った教えを警戒するように警告し、信仰を妨げる教えに惑わされないように注意しなさいと諭すのです。(5節から12節)。

 そして、13節以下で、十字架への道の第一歩が踏み出され、カイサリアへの途上、「それでは、あなたがたはわたしを何者だと言うのか」と尋ねたイエスにペテロは、「あなたはキリスト、生ける神の子です」と言うキリスト告白をもって答えます(一15節から16節)。この信仰告白は、神からの直接的に与えられた啓示として、イエスの祝福を受けます。そして、教会の基礎となる地位と天国の鍵の授与がペトロに約束されます(16節から19節)。ここには、ペトロが特別の職務に就任したことへの確認もあります。これは、ユダヤ教権威から自由で独立した、論争の上での表明にもなっていると見ることが出来ます。それは、「あなた(ペトロ)が地上でつなぐことは、天上でもつながれる。あなたが地上で解くことは、天上でも解かれる」(19節)というこの「つなぎ解く」とは、ユダヤ教のラビが法の拘束力の有無を布告する権威と懲戒権とを意味した表現であって、そのような権威を排他的に主張するヤムニアのラビたちに対して、ペトロこそ神からそのような権威を与えられ、ペトロの決定こそが天上で、神の御前で有効なのだ、と主張されているということです。そして「御自分がメシアであることを誰にも話さないように」との沈黙命令を付した後、「エルサレムに行き、多くの苦しみを受け、殺され、三日目に復活する」と本日の日課へと続いているのです。

 沈黙命令は、メシア的威厳の認識がイエスの苦難を自らの苦難として引き受ける覚悟のある者たちにのみ与えられるということを示しています。この後に、ユダヤ教の熱烈な政治的なメシア待望によってもたらされた不幸な結果を体験することになった初代の教会、そしてさらになお、ローマの強大な力を実感することになったマタイの教会の人たちはこの沈黙命令を意義深いものとして受け止めました。受難予告にすぐ続く「苦難の道としての弟子信従」(24節から28節)は弟子にだけ与えられる教えであり、これを理解しない者は、教会の基礎と宣言されたばかりのペトロでさえも、「サタン」と呼ばれ、叱責されなければならなかったのです。キリスト告白と苦難の信従の密接な関係によって示されていることは、「人の子はだれか」の問いに対して、苦難の信従の教えを経て初めて、人の子とは終末時に来臨し、、審判する「人の子」であったという完全な答えに到達するということでありました。(27節から28節)

 21節以下 ペトロの告白をきっかけとして、イエスは自らの御受難を初めて予告します。ペトロを通してイエスがメシアであることを知り、次にイエスから、メシアが本来持っている意味と、未来に対して持っている意味を知ることになります。ここの箇所は、イエスのガリラヤでの宣教と受難とを繋げる役割を果たしています。ここが転換点となっているのです。ここから、イエスの活動の中心は、イエスご自身の死に弟子たちを備えさせることに置かれることになります。イエスは、17章22節から23節と、20章17節から29節で、このことを繰り返し語ります。16章24節から28節では、イエスのこの告知が、ただ単にイエスの個人的な未来予告ではないことを示し、イエスに従うものとなるようにとの招きが、その未来に参加することによってイエスが誰であるかを見出すことになるといっているのです。イエスとペトロがお互いに、「メシアである」こと、「教会の土台石」であることを名付けあうことによって、わたしたちに忠実であることや、自分たちが何者であるのかを、改めて問いかけられているということになります。イエスが歩もうとしている未来の道がどのように曲がりくねった道であったとしても、その道が何処にたどり着くのかを知らされた以上、わたしたちはもはや知らないとは言えない立場に立たされるということであり、さらに「このイエスをどう告白し、どのように従うのか」と問いかけられているということでもあります。

 ペトロがイエスによって、その信仰を賞賛されたり、大いなる未来の権能を託されることがなかったならば、イエスの叱責がそれほど厳しく響くことはなかったものと思われます。鍵の権能の保持者からサタンの代弁者へ、岩(教会の土台石)から障害物へのどんでん返し!「とんでもないことです。そんなことがあってはなりません」(22節)。ペトロのこの抗弁に対して、イエスはなお、恐ろしい未来が実現することは間違いない、それは必ず起こらねばならないと断言します。それが起こる理由を陳述し、根拠を提示することもしていません。ペトロがそれに異を唱えた時、イエスはその根本的な罪の源を察知したのです。それはイエス自身が「サタン」と指摘しているように、マタイ4章1節以下以来のイエスの仇敵であります。すなわち、ペトロは人間的には善意を込めてイエスを諫めているとしても、客観的な事実としては、全く神の御心に背く結果を招くという罪のことです。サタンはどうにもイエスに直接近づくことが出来ないので、ここで、弟子の忠節の中に入り込もうとしたのでした。それですので、ペトロは厳しく非難されなければならなかった。もし、否定されずに置かれたならば、イエスに従う者たちは、イエスが一人で神の御心に向かおうとする意思を、繰り返し阻止していくことになっていたかも知れない。そしてイエスの宣教にも、積極的に反対することになったことだろうと思われます。

 イエスは、ペトロの親愛の情溢れる発言を、なぜこのように厳しく拒絶しなければならなかったのか、この後起こるイエスの十字架の死、その後に弟子たちの上に襲いかかる迫害という事実に着目することによって、その答えが明確になって行きます。明確に予告されていたにもかかわらず、弟子たちにしてみれば思いがけない事態に直面したときに、いかに狼狽(ろうばい)して四散したか、これはマタイ福音書が語っている通りであります。そして、弟子たちがイエスの復活顕現に接し、信徒の群れが雄々しく立ち直り、福音宣教に立ち上がった後にも、彼らの前には大きな迫害という事態が起こって行くのです。その戦いの最中に、もしこの受難予告に見られるような受難を受ける救い主と、そこから自分たちにも必然的に起こってくる同じ苦難の道が、神の御心に基づいて定められているという自覚と覚悟が欠如していたとすれば、弟子たちはこの信仰の戦いに到底持ちこたえることができないで、キリストの教会は地上から消滅していたことであろうと推測されます。サタンはそれを狙っていた。しかも、ペトロの人間的な情愛を巧みに利用してであります。

 ペトロのイエスに対して示す信頼の欠如は、二重の意味で実際的な障害となって行きます。イエスがペトロの内に据えたばかりの大いなる信頼に照らして見るならば、彼はその信頼に答えて、信じ仕えて行く可能性と、逃亡し投げ出す可能性の両方を持っていたのですが、そのような中にあって、一つには、イエスの裁判の夜、ペトロが三回否認することを予見しているということ。そしてまた二つ目には、初代教会においてペトロが具体的に示した信仰と指導性によって成立した教会の人たちをも代表しているという二重性です。しかし、ペトロにとっても、わたしたち教会にとっても、自分が過去にイエスとどんな関係にあったとしても、イエスの十字架を通しての赦しが新たな出発をもたらすのだ、それが真の神の御こころであるということです。天よりの招きがあります。しかし、厳しい試練がその先に横たわっています。そこで、赦しが新しい出発をもたらすのです。赦しこそがわたしたちの最も厳しい難所を乗り越えるための力であり、生きるための力であり、喜びとなって行く、神はそのような新しい救いの道を、わたしたちに与えようとしている。そのことを覚えておく必要があります。

 24節 「わたしについて来たい者は、自分を捨て、自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」と、イエスは生死をかけた自己放棄を求めます。そこには言外に「これこそ真の生命と自由に至る道」であるということを示しています。「自分を捨て」は「自己を否定し」と訳すこともできます。全存在を挙げて自己放棄することです。そして「自分の十字架を負う」は、イエスと同じ受難の道を歩むということにほかなりません。つまり、自分の意思も願望も、すべてをイエスに捧げるということを意味し、神の愛において、なにものにも束縛されない真の自由の中に生きることを意味します。

 わたしたちは、たとえ自覚的には、自由な献身の中に生きているつもりであっても、客観的事実としては、外からの権威あるいは価値観に縛られて生きています。その顕著な実例の一つとして、パウロがイエスに出会い回心した時のことを「律法の束縛の下に置かれていた古き自己が、キリストの恵みによって打ち砕かれ、真の自由へと解放された」と述懐していることを挙げることができます。パウロはそこで、「自分を捨て、自分の十字架を背負って、イエスの御後に従う」ことが、真の自由であることを、身をもって体験したのでありました。客観的な自由などはあり得ないのです。人は何処に向かって命を燃焼させて行くかが大きな人生のテーマなのです。信仰の基準で申し上げますならば、律法に縛られて生きるか、それとも神の愛と霊の支配に身を委ねて生きるかという、信仰においての「あれか・これか」しか存在しないということです。これを旧約と新約聖書の一連の流れで述べるならば、人は真の神に出会い従うか、それとも神ではない偶像に寄り頼み支配されるかの決定的な二者択一を迫られているということです。

 25節は、イエスを救い主と信じて受けることによって、文字通り地上の生命を失う場合を想定しています。そして、この死を経てこそ人は神の真の愛と自由の命に至ることを述べているのです。そして、イエスに敵対して、自己保全に腐心する者は、逆にその生命を失うという現実を示し、生と死を分かつ分岐点、それはまさにイエスを信じるか拒否するかにあるということを明示しているのです。そして真の命とは何かを次にさらに重ねて述べて行きます。

 26節から27節 「人は、たとえ全世界を手に入れても」量的な拡大の次元で命の問題を考えた場合に、いかに富や権力を集積しても、それによって生命を買い取ることはできない。これは実に自明なことでありながら、人はいつもこのことを忘れています。人生の盲点です。そして、27節で「人の子は、父の栄光に輝いて天使たちと共に来るが、その時」といわれて、生命の問題は終わりの日の神の決定に依存していることが示されます。生命と訳されているプシュケーは、本来的には肉体と精神とを併せ持つこの世の人間存在を表す言葉です。その人間の生命は、地上の生を超えて、その領域は天の神の領域にまで及ぶものであるという、プシュケーという言葉が今まで持っていた概念の重大な変更が語られ、しかも父なる神の御前においていかなる判定を受けるかということが、「生命」を決定するというのです。富や業績など、この地上に積み上げた物の量的な多少は、まったく問題にならないということです。「生命」に対する見方の決定的な変革がここに提示されています。神の命に満たされるために自分を放棄するとは、つまり、神を神とする真実の信仰告白が問われているのです。神の側での評価と判決が生死を決するとイエスは宣言しているのです。イエスはこの決定権を手中にしている者として、弟子たちの前に立たれ、そして、さらに、切迫した再臨の約束が次に続くのです。

 28節 「人の子がその国と共に来る」人の子イエスが、独自の使命をもってふたたび到来されることが告げられます。ここで、神の王国をもたらす救い主の支配が、この地上に出現するというのです。武力でもない、政治力でもない、当然人類の種々の文化でもない。イエスの苦難と十字架の死と復活によって、キリストの王権がこの地上に確立されるとの宣言です。そうであるならば、「決して死なない者」とは誰のことであるのか。キリストによって確立されたこの永遠なる神の国に、神によって確かなものと判定されたその信仰の故に、迎え入れられた一人一人のことであるということになります。

 イエスはユダヤ教の指導者たちから断罪され、十字架上で殺され、三日目に甦るばかりではなく、あらゆる人の生と死を決定する審判者として、そしてまた、救い主として、この地上に到来する。教会の信仰とは何を信じ告白するのかという内容が、ここで明確に示されたのです。

 希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平安とであなたがたを満たし、聖霊の力によって、希望に溢れさせてくださるように。


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「生ける神の群れ 賀茂川ルーテル教会」
2026.8.23 聖霊降臨後第13主日 信徒による証(あかし)抜粋
シモン・ペトロが「あなたはメシア、生ける神の子です」と答えた。(マタイ16章16節)
 ・・・この賀茂川教会は、1954年、今から72年前にアメリカの兄弟姉妹の献金により贈られました。この教会はメリル・ヴォーリズの最晩年の建築の一つとして、ヴォーリズカンパニーによって建てられました。ヴォーリズは建築家として名声を博していく中でも、「私は建築家として有名になるよりも、一人でも多くの人に伝道したい」との願いを持ち続けていました。ヴォーリズの教会は礼拝するための建物というだけでなく、「人々が安心して集い、心を通わせる家族のような場所」と考えて設計されています。

 この教会はノアの箱舟をイメージして建てられており、アメリカの兄弟姉妹が「この賀茂川教会が、この世の荒波の中を雄々しく進んでいくように」との祈りを込めて贈ってくださいました。

 皆さんにおたずねします。「ノアの箱舟」に舵(かじ)はついているでしょうか? わたしは舵はついていないと思います。この船には、先頭の壁面に十字架が記され、塔の上には十字架が高く掲げられています。

 人々の思いや願い、世間の期待に応える教会ではなく、神さまの御心に従うこと、神様のご期待を大切にする教会でありたいと願います。どうすれば神さまの御心に従う教会として歩み続けることができるのか、皆さんと祈りつつ送る教会生活です。

 賀茂川教会の「親石」は、教会玄関を入ってすぐのベンチの東の棚の下にあります。

 ルーテル神学校名誉教授だった石居正巳先生によると、教会を建てるときには「親石」を埋めるそうです。「親石」とされるのは「聖書」で、一般的には説教題の下に、ときには聖壇の下に埋められるとのことです。京都市文化財マネージャーの方によると、多くのヴォーリズによって建てられた教会の中で「親石」が見える形で置かれているのは、賀茂川教会だけとのことです。

 ここからはわたしの勝手な憶測による仮設です。ヴォーリズはなぜ「親石」を教会北側の「1954年」と刻まれた礎石と隣り合って置いたのか。それはこの教会そのものが御言葉の上に立つ教会、イエス・キリストによって立つ教会ということを、示しているのではないでしょうか。

 今、私たちは礼拝堂の正面に木の十字架を見ていますが、わたしの記憶が正しければ、もともとはこの十字架はなく、賀茂川教会が建てられてから約20年後にかけられたものです。礼拝堂の中に十字架がないなら、十字架はいったいどこにあるのか。キリスト教の聖地エルサレムはこの教会から見て西の方角になります。ヴォーリズは礼拝堂の中にではなく、西の壁に十字架をかけたのです。それは、舵を持たないノアの箱舟を模した賀茂川教会が、この箱舟の乗組員、つまりみなさんとともに、イエス・キリストに導かれて聖地エルサレムに向かう、そうです、イエス・キリストへと向かう旅の途上にあるということを示しているのではないでしょうか。
 
 わたしはこの賀茂川教会が大好きです。ここで皆さんとともにみことばを聞かせていただくことを本当にうれしく思っています。わたしは今日もみなさんと共に、この賀茂川教会という箱舟の乗組員の一人とさせてもらっていることを誇りに思います。

 みなさん、いつも賀茂川教会をお支えくださり、ほんとうにありがとうございます。みなさん、今日、帰りに教会の外の西壁に記された十字架と、塔屋の上の十字架を仰いで帰ってください。

 賀茂川教会と賀茂川教会に集うおひとりおひとりの上に、神さまの祝福が豊かにありますように。主イエス・キリストによって、アーメン。

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「揺らぐことのない信仰」マタイ15:2-28
2026.8.16 聖霊降臨後第12主日 大宮陸孝牧師
そこでイエスはお答えになった。「婦人よ、あなたの信仰は立派だ。あなたの願いどおりになるように」そのとき娘の病気は癒された。(マタイ15章28)
 マタイ福音書一四章では、イエスはガリラヤ湖の畔で、五千人以上の人々にパンと魚を供し、ゲネサレトでは病める人々を癒しました。そしてファリサイ派や律法学者との論争後決裂して、ガリラヤ北方にあるツロ、シドンの地方に退かれ、そこで新たな出来事が起こりますのが、本日の日課の所であります。ツロ・シドンは、地中海に臨むフェニキアの町々で、ツロはイザヤ書23章1節から17節、エゼキエル書26章から28章、ヨエル書3章4節から8節で、預言者によって厳しく糾弾されているばかりではなく、シドンについては、北イスラエルの王アハブの時代に、王アハブがシドンに王女イゼベルを后(きさき)として迎えたために、この地の異教バール崇拝が流れ込み、大きな災いをもたらしたという事情があります。さらに昔に遡ること士師時代(王制以前の十二部族連合時代)には、イスラエルの民はシドンの神々に仕えたと言う記述も残っています(士師記10章6節)。そういう異教の地へ、イエスは弟子たちを連れて赴いたのです。

 21節から39節までの文脈を確認しますと、カナンの女性の娘の癒し(21節から28節)、これまでの奇跡的な癒しについての総括的な報告(29節から31節)、四千人の供食(32節から39節)と、奇跡的な行為の報告が繰り返されています。これらの奇跡は、イスラエルのメシアがその民に示す憐れみの行為であることが、特に明瞭に現されています。つまり、異邦人カナンの女性の求めに対して、イエスは「わたしは、イスラエルの家の失われた羊以外の者には遣わされていない」(24節)と答え、また、群衆の癒しは「イスラエルの神」への讃美を呼び起こしているのです(31節)。このような状況の中でのイエスの奇跡行為は、マタイ福音書の教会の「異邦人に対してどのように対応すれば良いのか」という疑問への解答ともなっていると見ることが出来ます。異邦人の女性の娘も信仰によって癒されたように、イエスの贖いの死と復活の後には、異邦人も信仰によって救いが得られるということを、イエスはここで宣言しているということになります。

 この地域は初代教会の時代には、福音宣教の前進基地として、重要な役割を果たして行くことになるのですが、イエスはいま弟子たちを連れてここに北上して、このような前進への明確な展望を語られているのです。本日の日課の後の群衆の癒しの記事と、異邦人の地域で行われた四千人の供食の記事とを密接につなぐことによって、ー病人が癒され、メシア的な供食が行われるーという典型的な救いの完成の時の、神の国の様子を描き出しているのです。イエスが無条件に神の御心に聴き従うことを通して、神のご計画が着々と進められている様子がここに描かれているということです。

 さて、22節で、一人のカナンの女性が登場して、事態は意外な方向へ展開して行きます。この女性の娘が悪霊につかれていたという、重度の障碍を負っていたということでありましょう。前途が見えない困窮の中で、彼女はイエスの救いを求めるために、必死の叫びを挙げました。しかも、異邦人である彼女がイエスに向かって「主よ、ダビデの子よ」と呼びかけています。この地域はガリラヤに隣接していたので、旧約の預言の成就として現れる「ダビデの子」としてのメシア信仰を、彼女も伝え聞いていたのかもしれません。その待望の人が今ここに現れたと、彼女は信じたのでした。

 「主よ、ダビデの子よ」との救いを求める叫びは、マタイ福音書九章二七節以下で記している、目の不自由な二人の人の叫びを思い起こさせます。この二人のどちらも路上で熱心に、粘り強くイエスに救いを求める叫びです。叫びの言葉も殆ど同じです。あの二人も「ダビデの子よ、わたしたちを憐れんでください」と叫び続けました。そして、この二人に対するイエスの言葉も殆ど同じです。イエスは彼らに「あなたがたの信じている通りになるように」と言って、目を癒されました。今日のところでも、あの女性に対するイエスの最後のことばは「あなたの願い通りになるように」(二八節)というものでした。

 この母親は娘への思いに促されるように「主よ、わたしを憐れんでください」と願います。しかし、イエスはこの母親の必死な願いに対して、「しかし、イエスは何もお答えにならなかった」と、何も聞いていないかのように振る舞われます。このイエスの最初の反応は、母親にとって衝撃であったことでしょう。ただイエスにのみ望みを置き、必死になって助けを求めているのに、イエスは何も答えようとされない。イエスはわたしの苦境に無関心であり、わたしのことなどイエスにとってはどうでもよいことなのかと、この瞬間、彼女がイエスに失望し、イエスに背を向けて、そこを立ち去ったとしても不思議ではありません。イエスと彼女との間は遠く離れています。しかし、それでもこの女性は諦めず、助けを求めて叫び続けながら、イエスの後をついて行きます。二人の距離はなかなか縮まらない、それでも、この女性は諦めず必死に叫び続けます。イエスが何か答えてくださることを信じて叫び続けます。

 23節b「そこで、弟子たちが近寄って来て願った。『この女を追い払ってください。叫びながらついてきますので』」弟子たちは、この女性が余りにも執拗に叫び続けるので、うるさくてかなわないから早く追い払って欲しいと思ったのかも知れません。あるいは、「追い払ってください」という言葉には「この女性の問題を片付けて、彼女を助け、解放してやってください」という意味にも取れます。そのどちらにしても、24節のイエスの答えは「『わたしはイスラエルの家の失われた羊のところにしか遣わされていない』とお答えになった」のでした。「羊」は旧約聖書ではしばしば「イスラエルの選民」を指す言葉でした。このイエスの答えは、またしても、異邦人である母親の願いを拒絶するものでした。母親はこのイエスの再度にわたる拒絶の言葉を、どんなに深い絶望の思いをもって聞いたことであろうかと想像されますが、しかし、彼女はそれでも屈しません。イエスはたとえ否定的な言葉であったとしても、わたしに無関心でおられるのではない、わたしのことを気にしておられると看て取って、なおも、「イエスの前にひれ伏し、『主よ、どうかお助けください』とさらに執拗に助けを求めます。

 それに対して、イエスはなおも、この求めを拒むような言葉をもってお答えになります。26節「子どもたちのパンを取って子犬にやってはいけない」。ここでは選民イスラエルと異邦人が「子どもと子犬」に擬え(なぞらえ)られています。「犬」はイスラエルでは、しばしば異邦人・異教徒を指す蔑称でした。女性はイエスのこの言葉にも失望せずに、ここで、イエスが「子どもと子犬」と言っておられる言葉をとらえます。子どもと子犬は同じ家の中で同じ主人によって養われています。子犬は子どもの遊び相手にもなっているほどです。イエスの拒絶の背後にある異邦人に対しての言及は、当時の一般的なユダヤ人の考え方とは根本的に違っていることを彼女は感じ取ったのでした。

 このほんの少しの言い方の違いをつかんで、女性はイエスに迫ります。27節「主よ、ごもっともです。しかし、子犬も主人の食卓から落ちるパン屑はいただきます」。この女性はイエスの言葉を否定もしませんし反論もしません。むしろイエスの言葉を肯定しながら、一歩も引き下がろうとしていません。神の恵みを執拗に求めてイエスを離そうとはしません。この女性の困窮から来る強い願いと祈りを聞かれたイエスは、この女性のひたすらな願いを聞き入れて言われます。28節「婦人よ、あなたの信仰は立派だ。あなたの願い通りになるように」

 聞くに耐え難く、厳しく、辛いイエスの言葉に一言も反論しないで、何の批判もせずに、ただそれを正しいと肯定しながら、なおも執拗に神の憐れみを求める信仰。イエスのみが救いを与えてくださるただ一人の御方であることを確信してどこまでも食い下がり、救いを求め続ける信仰。子どもに対してするように、パンを取って与えてくださらなくともよい。食卓から落ちるパン屑には子犬でも与ることができるでしょう、というどこまでも敬虔な信仰。イエスだけが人間の困窮を癒してくださるという揺るぐことのない信仰。この信仰を見、恵みを受領するその姿勢を見て、イエスは「あなたの信仰は立派だ」と宣言されたのです。そして「そのとき、娘の病気はいやされた」と書き添えます。

 この後マタイ23章37節では、イエスがいよいよエルサレムへ入られるその途上で、エルサレムのために嘆かれるイエスの姿が描かれています。「エルサレム、エルサレム、預言者たちを殺し、自分に遣わされた人々を石で打ち殺す者よ、めん鳥が雛を羽の下に集めるように、わたしはお前の子らを何度集めようとしたことか。だが、お前たちは応じようとしなかった」。そして弟子たちに向かっては、イエスは何度も「信仰の薄い者たちよ」と嘆かれたのでした(14章31節ほか)。信仰を誉められる異邦人と信仰の薄いことを嘆かざるを得なかったイエスの弟子たち。この対照を、マタイ福音書の記者や、当時の教会の人々は、恐らく自分たちの姿を慚愧(ざんき)の思いを抱いてこれを書き記し、また読んだことであろう。そしてまた、自分たちの思い上がりを打ち砕かれたことであろうと思われます。

 イエスはカナンの女性の必死な願い、切実な求めの姿勢に応じ、それがやがて、イエスの死と昇天の後に、イエスの贖いによる救いの業が、異邦世界へと波及して行く端緒となる公的な意味を持つ出来事として、初代の教会の歴史の中に位置づけられ、覚えられることになります。ここで、イエスが当初この女性の求めに対して、拒否的に対応したことには、深い意味が隠されているように思います。一つには、神の民イスラエルとの契約を守り抜くことを基本として、イエスはそれを神の御心として忠実に従おうとされ、もう一方では、この異邦の女性の切実な求めが、異邦人の救いへとイエスを押し出したということです。彼女はこの喜びの日を迎えるまで、いかに苦悩の長い年月を耐えて、待ち続けたことであろう。この忍耐と待望の日々が、時満ちて輝かしい解放の時に至った、しかもそれが、単に一個人のことにとどまらず、公的な歴史の一こまとして取り入れられたことの中に、憐れみに満ちた神の御計画の一端を見出して、31節にありますように神を讃美する心に満たされるに至るということなのです。

 信仰をほめられる異邦人。信仰の薄いことを嘆かれるイスラエル、神の民。しかし、イエスはそれでも「わたしはイスラエルの失われた羊のところに遣わされた」(24節)と言われます。民の不信仰によっても、神の選びは揺らぐことはない。アブラハムに対する神の約束は無効になることはありません。神に選ばれたイスラエルと信仰を賞賛された異邦人とによって、新しい神の民、イエス・キリストの教会が神の救いの約束を受け継ぐ者として地上に新しく生まれ、現在もそのようなものとして存在しています。本日の聖書に出て来る女性のような「信仰」を与えられた異邦人として、神の民イスラエルとともに、わたしたちは神の教会の中で感謝と喜びをもって信仰の歩みを歩み続けて参りたいと思います。

 希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平安とであがたがたを満たし、聖霊の力によって、希望に溢れさせてくださるように。

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「イエスが共にいてくださる平安」マタイ14:22-33
2026.8.9 聖霊降臨後第11主日 大宮陸孝牧師
「イエスはすぐに彼らに話しかけられた。『安心しなさい。わたしだ。恐れることはない』」(マタイ14章27節)
 本日の福音書の日課は、先週の日課で「イエスは五つのパンと二匹の魚で五千人余りの人々を食べて満腹させられた」という驚くべき出来事に続いて、14章22節以下のところです。先週の所を要約しますと、民衆がイエスを慕い、イエスのもとに集まって来ますと、イエスは彼らを深く憐れみ、彼らのうちの病人を癒しますが、その日の夕方には、五千人への驚くべき供食という奇跡を来ないます。この供食の出来事は、神の国の祝宴の先取りとして行われた最後の晩餐と、この最後の晩餐を想起しながら繰り返し行われた教会の聖餐式にも通じるものであり、これから後の時代の信仰の核心的な正典の根拠として、この出来事が語り継がれ、初代教会ではこの出来事を想起しながら、聖礼典が執行されたことであろうと思われます。

 22節 この供食の奇跡の後、それに続く新しく始まるイエスの物語の導入部です。「それからすぐ、イエスは弟子たちを強いて舟に乗せ、向こう岸へ先に行かせ、その間に群衆を解散させてから、祈るためにひとり山にお登りになった」と続き、そして、イエスご自身とペトロの湖上歩行という、驚嘆すべき出来事へと移行して行くのです。「ひとり山に登られた」のは、祈りを通しての神との深い交わりのためでありました。かつてモーセを通して神がご自身を啓示されたのも山でありました。(申命記33:2)イエスは一人祈りの中から群衆に歩み入り、再び、ただ一人で祈りの中に深く入って行かれるのです。その往還はやがて、苦難と十字架の時に先行するゲッセマネの園の祈りへと続いて行くのです。山の上でのこの神との交わりが、次の海上歩行でのイエス顕現の出来事への備えになっているのです。そういう見通しの中での、ここでのイエスの、ひとりで山へ退かれて祈られたということも、次の展開への深い意図があったということを、「弟子たちを強いて舟で向こう岸へ先に行かせた」という表現によって現していると見ることが出来ます。

 ここでの奇跡の出来事もまた、奇跡それ自体が関心の中心ではありません。決定的な主題はこのような力ある業を行うイエスに「弟子たちが信じ従う」ということにあります。イエスは、弟子たちが信じて従うことができる信仰の力と決断を与える主であることを示すことがこの物語の主眼であるのです。この湖上歩行の奇跡は、イエスが共におられない舟の中で、激しく吹きつける強風と荒れ狂う荒波に晒される(さらされる)経験を通して、この世において弟子たちが直面する困難と、その困難を信仰において克服して行くことに重ね合わせてながら、その奇跡を体験した弟子たちが、ついには「本当にあなたこそ神の子です」(33節)という信仰を呼び起こされて行くことへと続き、さらにこの告白は、この後、16章16節の、イエスに対する正しい認識と信仰告白に到達するものとなるためのものでした。

 湖の中で荒れ狂う風と波に翻弄され、恐れを抱きながらそれと戦っている舟の中の弟子たちと、「恐れることはない」と語りかけられるイエスが描かれます。マタイは、ガリラヤ湖で起こったこの出来事を描きながら、以前にこのようなことがあったと過去の事実を伝えるのではなく、この事実に重ね合わせて、この地上を旅する教会の群れの現実のために、今も祈り導こうとしておられるイエスとを、恐れと感謝と讃美の心をもって描いているのだということです。主の恵みのご支配は今も揺らぐことなく続いているのです。

 教会は、今、イエスを直接自分の目で見て確かめることは出来ません。そのような形では、今イエスはここにおられません。教会は、今現在この事実に耐えていなければならない。しかし、救い主は教会の歩みのために、父なる神の右に座し、執り成しの祈りを続けていてくださっています。教会はこの世の嵐と波の攻撃の中で、この救い主に目を注ぎ、その執り成しの祈りに信頼を寄せて、信仰の歩みを続けて行かなければなりませんし、また進んで行くことができるのです。

 マタイは弟子ペトロの中に典型的な弟子像、すなわちイエスに信頼し従う信仰者像を見ています。嵐の海の、大波に揺さ振られる舟の中で、師イエスと離れて心細さと死の危険に悩まされているとき、「イエスはすぐに彼らに話しかけられた。『安心しなさい。わたしだ。恐れることはない』」(27節)弟子たちの目が開いたのはイエスの方から弟子たちに声をかけられたことによってでした。イエスは弟子たちの困窮を見逃してはおられません。このイエスのことばによって弟子たちは恐れを取り除かれ、目が開かれ、自分たちが嵐と風に悩まされ、おびえている所にイエスがおられることを悟らせたのです。わたしたちがこの目で今イエスを見ていなくても、イエスの御言葉はわたしたちの信仰の眼を開きます。

 波の上を歩いて来るものが、幻影ではなく、イエスの力強い声によりそれが主イエスであると知り、安堵と喜びに満たされます。そして、ペトロはすぐさま、イエスのもとへと行こうとします。ペトロの目には嵐はもはや見えていません。「主よ、あなたでしたらわたしに命令して、水の上を歩いてそちらに行かせてください」と言います。熱心で直情型のペトロの性格は、たとえばオリーブ山でのイエスの受難予告の際に「たとえ、ご一緒に死ななければならないとしても、あなたを知らないなどとは決して申しません」と言い切りますが、結局はイエスに従うことが出来ずに裏切ってしまいます。

 このペトロの願いを聞いて、イエスは「『来なさい』と言われたので、ペトロは舟から下りて水の上を歩き、イエスの方へ進んで」行きます。ペトロはすぐにイエスの所へ行きたいと思ったのですけれども、水の中に飛び込んで行くことはしないで、イエスの命令を待ちました。イエスの御心と御旨を確かめ、それに従って行動しています。これがペトロの信従を現しているのです。ペトロは「水の上を歩いて、イエスの方へ行きます。本来なら、人間は水の上を歩いて行くことはできません。水の上に立てば沈む他ありません。人間を滅ぼす力、駄目にしてしまう力、そのような力は、いろいろな形でわたしたちの世界を取り巻いています。そしてまた、わたしたちの力ではどうにも出来ないこのような力が、わたしたちから生きて行く希望を奪ってしまうこともあります。わたしたちの人生にも、この世界にもわたしたちから生きる希望と勇気を失わせてしまうような力は、数限りなく存在しています。教会も決して例外ではありません。ガリラヤ湖で風と波にもまれているのは、イエスの弟子たちが乗っている小さな舟です。とても太刀打ちが出来ないような力がいろいろな形で襲って来ます。それが教会の現実です。

 しかし、この水の上をただイエスの命令に従って、イエスを目指して、ペトロは歩いて行きます。しかし、ペトロは水の上を歩いていることに気づき、吹きつけている風に気を取られた瞬間に「怖くなり、沈みかけた」といいます。イエスから目を離してしまい、イエスの言葉に聞き従うよりも、目の前の大波に気を取られてしまったのです。わたしたちもまた、イエスの言葉に聞き従うよりも、取り巻いている水と波と風の力とを見ている限り、沈む他はないのです。イエスの声に聞くよりも自分の常識や世の中の価値観に足もとを掬われ(すくわれ)てしまうことになるのです。

 そのような現実のなかで、ペトロは「主よ助けてください」(30節)と叫ぶことしか出来ません。あわやの危機の中で、しかし、ペトロは主に助けを求めることを知っていました。これは、激しい困惑の中で祈るわたしたちの祈りを象徴していると見ることも出来ます。そして、主はこのような真剣な祈りを聞いてくださいます。困惑の中にあって言葉にならない呻きのような叫びであっても、神に向かって切実に、心から祈るわたしたちの祈りに、神は耳を傾けて聞いてくださっています。

 マタイは、眼下の大波に圧倒され、恐れている人に向かって、手を差し伸べて下さるイエスの姿を描きます。「信仰の薄い者よ、なぜ疑ったのか」(31節)。イエスの「来なさい」という言葉に信頼して歩み始めた、つまり一方では信じながらも、イエスから目を逸らして、イエスの言葉に聞き従うよりも、眼の前の大波に囚(とら)われてしまった。そして、イエスの確かな言葉への信頼を失ってしまったペテロの心が二つの方向に別れたことを指して「信仰の薄い者」とイエスは呼びました。わたしたちはいろいろなことを恐れて生きています。信仰と疑いの中を行きつ戻りつし、不確実さを抱えて生きています。信仰の歩みの中に疑いが常に潜んでいて、世の厳しい現実に揺さ振られるとき、疑いが表面に出て来ます。「信仰が薄い」とは、自分という存在が何らかの要因で脅かされる状況にある時に、イエスに信頼し依り頼んで信仰の道を歩み続けることができなくなることです。

 しかし、ペトロは信仰を失ったのではありません。疑いで弱められてはいますが、信仰の灯は保ち続けています。そして、自分の弱さを隠さないで、「主よ助けてください」と助け主であるイエスに叫んで助けを求めました。福音書に描かれるペトロの姿には、イエスの言葉に信頼して思い切って逆巻く大波の中に歩み出す大胆さ、イエスの言葉へ従う潔さ(いさぎよさ)と同時に、人間的な弱さ、卑怯さを併せ持つ姿の信じられないほどの連続が描かれています。これはペトロだけの問題ではなく、すべての信仰者、いや、全ての人間にこの種の揺れ動き、信と不信、信仰と恐れの交錯はあるものです。人はこのような信仰的な揺れの中を歩む者であります。ペトロの持つ強さと弱さには、この世に生きるわたしたち信仰者の現実が反映されています。わたしたちも常に弱さと疑いを捨てきれない「信仰の薄い者」であります。

福音書の中でイエスはしばしば、「恐れることはない」と語られています。そしてこの言葉は主イエスだけではなく、新約聖書全体を貫く使信でもあります。パウロもまた言います。「あなたがたは、人を奴隷として再び恐れに陥れる(おとしいれる)霊ではなく、神の子とする霊を受けたのです」(ローマ書8章15節)そしてヘブル書でも次のように記します。「イエスもまた同様に、これらのものを備えられました。それは、死をつかさどる者、つまり悪魔を御自分の死によって滅ぼし、死の恐怖のために一生涯、奴隷の状態にあった者たちを解放なさるためでした」(ヘブル人への手紙2章14節〜15節)
 信仰は恐れからの解放です。平安のうちに生き、歩むことです。そして、その平安はわたしたちの個人的な感情や心構えではなく、どのような状態にあったとしても恐れを持つ必要がない客観的な状態を言います。そのような平安がイエスのおられる所に客観的に状態としてある、ですからイエスは「安心しなさい。わたしだ。恐れることはない」(17節)と言われたのです。ペトロはこのイエスの語りかけによって、イエスを亡霊と見てしまう心の屈折から解放されたのでした。この平安はどこまでも、共にいてくださるイエスの語りかけによって、現実のものとなった平安です。

 32節〜33節 イエスの御手に支えられて「二人が舟に乗り込むと、風は静まった。舟の中にいた人たちは、『本当に、あなたは神の子です』と言ってイエスを拝んだ」ここで大切なことは嵐が発生しないことではなくて、人生の嵐のただ中にあっても神の救いがあるというメッセージです。イエスが沈み行くペトロを見捨てず、すぐに手を伸ばして救ったように、わたしたちもイエスの手の中で生かされています。そこにわたしたちの希望があるのです。わたしたちの人生は幻影にむかって進んでいるのではありません。嵐はわたしたちをも襲います。あのガリラヤ湖で激しい波風に翻弄されていた舟の中には、ペトロの他にヨハネやヤコブというイエスの高弟もいました。それでも皆は荒波に揉まれ、うろたえていたのです。その彼らに「安心しなさい。恐れることはない」と語りかけながら近づいて来られるお方、教会を力強い御手をもってしっかりと捕まえておられる御方、この御方にのみ目を注いで、この御方の御言葉にのみ耳を傾けて、聞き従って行く信仰の歩みを続けて行きたいと思います。

 希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平安とであなたがたを満たし、聖霊の力によって、希望に溢れさせてくださるように。

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「キリストの新しい命に与る」マタイ14:13-21
2026.8.2 聖霊降臨後第10主日 大宮陸孝牧師
「そして、五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで讃美の祈りを唱え、パンを裂いて弟子たちにお渡しになった。弟子たちはそのパンを群衆に与えた。すべての人が食べて満腹した」(マタイ14章19-20)
 本日のマタイ福音書の日課は「五千人の供食」と呼ばれるイエスの奇跡が記されている所で、イエスが行われた諸奇跡の中で、四つの福音書全てに共通して記されているのは、この奇跡ただ一つだけでした。そして、マタイ福音書では、マルコ福音書と同様に、供食の奇跡が二回記されています。ここにどのような含蓄があるのかについては、アウグスティヌス以来、よく知られている解釈でありますが、五千人に食をあたえたのは、そこに集まった群衆が主にユダヤ人であったと推定されることから、イエスがユダヤ人に宣教したということであり、また四千人に食を与えたのは、ガリラヤ湖の南東岸にあるデカボリス周辺から出て来た群衆、つまり、異邦人であることが推定されるので、主に外国人であったとされ、始めにユダヤ人に、そして次にギリシャ人や異邦人にも救いが提供されていることを象徴していると見る解釈があります。

 そして、この出来事をマタイ、マルコ、ルカの三つの共観福音書においては、共通して、バプテスマのヨハネの死の後に記しています。そこにどのような含蓄が込められているのかを、旧約聖書との関連でまず考えて行く必要があるように思います。この物語には旧約聖書からの影響が色濃く反映されています。ひとつには出エジプト記16章4節から36節と民数記11章4節から9節の、荒野を彷徨う(さまよう)イスラエルの民が、マナを神によって与えられ、養われた物語です。もう一つは、列王記下4章42節から44節にありますエリシャが二十個のパンと一袋の穀物をもって百人を養い、その上、余りまで出たという記事であります。このような旧約のメッセージが語られる歴史的な背景には、アッスリアやバビロンの列強国によるイスラエルの民の圧政と捕囚という、五十年にわたる苦難の歴史がありました。その絶望の民に対して語られた解放と慰めに満ちた神の言葉であったということです。

 それで、ヘロデが、ヨハネを捕らえて処刑したのは明らかにヨハネの影響力に対して危機感を抱いたからであることは容易に想像がつくのでありますが、ヘロデは、私生活のことで内心、穏やかではありませんでした。自分の兄弟フィリポの妻、へロディアのことをめぐり、「あの女と結婚することは律法で許されていない」とヨハネに警告を受けていたからでした。そこでヘロデは、ヨハネに対し殺意を抱くに至ります。しかし、民衆に広く知れ渡ってしまった今となってはうかつなこともできない。強行手段に訴えると、事態がどう展開するか見定めることも出来ない。政治的な不安定だけは避けなければならない、ヘロデにはそのような思いがあって逡巡していました。しかし、へロディアの娘の「洗礼者ヨハネの首を盆に載せて、この場へ持って来てください」という言葉に、約束した手前、逡巡しながらも、執行してしまったという(14章10節〜11節)。

 13節には「イエスはこれを聞くと、舟に乗ってそこを去り、ひとり人里離れた所に退かれた」とあります。「これ」とは、この直前のヨハネが殺害されたこと指しています。ヘロデはイエスに対しても、風評を伝えられるにつけて、内心穏やかならないものを感じていたようで、14章2節には「あれは洗礼者ヨハネだ。使者の中から生き返ったのだ」と警戒感をいっそう募らせて、ファリサイ派の人たちと結託してイエスを殺害することを画策する動きをも見せていました。そのようなことが、イエスにその土地を去ることを促したと考えられます。そして、ガリラヤ湖北東の町ベトサイダに退かれたと推測されます。人里離れた所に退くというのは、休憩を取るという意味も含まれていると見ることが出来ます。

 しかし、イエスのことが周辺の町や村に広まり、多くの人たちがイエスのあとを方々から追って行ったというのです。そして、押し寄せて来る人々をイエスは決して疎んじることなく、「深く憐れみ、その中の病人を癒された」のです。ほどなくして、その数は五千人を優に超える群衆にふくれあがって行きました。イエスが密かに人里離れた所へ行こうとした意図に反して、多くの人々がイエスについて来たということは、群衆にはそれぞれの心に潜む切実な願いがあった、そしてその願いがどれほど切実であったかを表しているということです。イエスは、その民の困窮を深く憐れみ、その憐れみは病む人々への癒やしとして発現して行きます。これまでのイエスの癒しの業は個々の人に対する癒しでありましたが、ここでは多くの人々に対して、イエスの憐れみが注ぎ出されたという、活動の新たな展開が示され、なおかつ、これほどの人が近在に留まらず遠くからもやって来たという事実から、人々のイエスの救いの業への願いが、いかに切実であったかを汲み取ることができます。そして、それが15節以下の奇跡の業へと続いて行くことになるのです。

 夕暮れ迫る中で、イエスを慕って後を追って来た群衆はいっこうに立ち去ろうとはしませんでした。人々が特に飢えていた様子はうかがえないのですが、しかし、肉の糧が必要な時が来たことは確かです。そこで弟子たちは、群衆を解散させて各人自分で食べ物を確保させることをイエスに提言します。夕食の糧はなんとか自分で確保できそうであった。弟子たちは、この直前までイエスがなさった癒しの業を実際に見聞きしているのに、常識的な提案しかすることが出来ません。自分の力で処理できると自己過信していることが、ひとたび処理しきれない状態に陥るとき、人は簡単に投げ出したり、責任転嫁をすることになってしまいます。大群衆を前にして責任逃れをしようとする弟子たちに対して、イエスには別の意思がありました。イエスは意外な返答をします。「行かせることはない。あなたがたが彼らに食べる物を与えなさい」(16節)。弟子たちは戸惑いを隠しきれません。「ここにはパン五つと魚二匹しかありません」(17節)。現に持っている物を握りしめて、「これだけしかない」と嘆くのは弟子たちだけではありません。困窮する現実を前に、与えられている賜物を否定し、人間の欠乏の現実から逃避しようとするわたしたちの弱さがそこに見え隠れしているのです。

 その人間の欠乏の現実を前にして、イエスはあくまで落ち着いて「それをここに持って来なさい」と言われます。賜物の不足を嘆き、不安を抱くのはわたしたち人間の常であります。そして、明日の糧に憂慮し、将来とも安定した生活が送れるようにと、必要以上に生活の資を確保しようと思いわずらい、奔走するのです。それがわたしたちの弱さです。改めて13節と14節を見てみますと、大勢の群衆がイエスのもとについて来たというのも、人々は自分の求めをもってイエスについて来たということでした。自分の求めとは何かと言えば、それは、それぞれの必要です。人生・生活の課題の解決です。そして、それは人それぞれによって違うものです。ある人にとっては生きる意味の問いかけと答えです。ある人にとっては、真理の発見。ある人にとっては病気の癒しです。大学受験、就職、結婚、子供のこと、親のこと、人間関係での迷いと悩み、自分自身の存在についての悩み、恐らく一万人を超える人たちが、自分の人生の課題の解決を求めて、イエスの前に押し寄せている状態です。その人たちを草の上に座らせて、「五つのパンと二匹の魚」それをここに持って来なさいというのです。

 「そして、五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで讃美の祈りを唱え、パンを裂いて弟子たちにお渡しになった。弟子たちはそのパンを群衆に与えた。すべての人が食べて満腹した」とあります。弟子たちに既に与えられて所持していたパンと魚、弟子たちにしてみればそれは自分たちの所有物であり、それを消費する権利は当然自分たちにこそあると考えていたはずです。ですから、イエスは、それを提供した弟子たちにこそ感謝すべきであるところを、しかし、そうせずに、「天を仰いで讃美の祈りを唱え」たというのです。つまり、イエスはこのパンと魚を、神からの恵みとして、改めて受け止め直し、天を仰いで讃美を唱えたのです。

 わたしたちはここの所を理解するのに、天からのマナの分配法について、改めて出エジプト16章16節から20節の所を見ておく必要があります。「主が命じられたことは次の通りである。『あなたがたはそれぞれ必要な分、つまり一人当たり一オメルを集めよ。それぞれ自分の天幕にいる家族の数に応じて取るがよい。』イスラエルの人々はその通りにした。ある者は多く集め、ある者は少なく集めた。しかし、オメル桝で量ってみると、多く集めた者も余ることなく、少なく集めた者も足りないことなく、それぞれが必要な分を集めた。モーセは彼らに『だれもそれを、翌朝まで残しておいてはならない』と言ったが、彼らはモーセに聞き従わず、何人かはその一部を翌朝まで残しておいた。虫が付いて臭くなった」(旧約120頁)とあります。これは、マナだけの問題ではなく、神から恵みとして与えられた生活に必要な全てのものについて、わたしたちがそれを取得するのに、力量に応じて働き、必要に応じて受けるという原則が前提されていたのでした。社会的な実践にあたって、個々人の労働量による生活資料の獲得いう概念の誤りを指摘しているのです。そのようにして、わたしたちの生活において自分で獲得した当然の権利であると見做している生活資料のすべては、本来受けるべき権利のない、神の恵みによって一方的に与えられたものであることを端的に知らされるのです。

 神によって世界の祝福のために選ばれたイスラエルは、一方では過越による奴隷からの解放の恵みを再確認し、他方ではイスラエルにおける強者弱者ともに、こうした社会的な実践によって、権利によらない生活資料の受領を通して、神の恵みを感謝し、なおかつそれを人々と分かち合うところに常に立たされるのです。イエスは一万人余りの群衆を前にして、先ずそのことを確認し、神の祝福された民の群れが、神の恵みを受け取るにあるべき姿勢を示されたのでした。

 そして、本日のこの奇跡の出来事を理解するために、もう一つのマタイ福音書の箇所を見ておく必要があると思います。マタイ福音書四章のイエスの「荒野での誘惑」の所です。「イエスは悪魔から誘惑を受けるため、��霊�≠ノ導かれて荒野に行かれた。そして四〇日間、昼も夜も断食した後、空腹を覚えられた。すると、誘惑する者が来て、イエスに言った。『神の子なら、これらの石がパンになるように命じたらどうだ。』イエスはお答えになった。『人はパンだけで生きるものではない。【神の口から出る一つ一つの言葉で生きる】と書いてある』」(マタイ4章1節から4節)

 四十日四十夜断食して後に飢えられたということは、命の極限にまで追い詰められたということです。そのままの状態で推移すれば、イエスは死ぬほかない、そのような危機的な状況の中で、誘惑の言葉がイエスに臨んだのです。それも、イエスは本当に神の子であるのかという点に問題の焦点が当てられていました。直前にヨハネから洗礼を受けられた時の、「これは、わたしの愛する子、わたしの心に適う者」との神の御声は、はたして真実であったのかどうか、その真実のほどを問うという問いかけでした。これは、単なる真理問題という度を超えた、神の栄光に関わる、冒涜的な挑みであります。イエスがここでのたれ死にするようなことがあれば、神の面目丸つぶれとなるような状況の中で、悪魔はイエスの味方として立っているような素振りで、周囲にごろごろしている石をパンに変えて、自分の命を救え、と言い寄ったのです。これに対してイエスは申命記8章3節をもってお答えになるのです。

 申命記は、神の戒めを守れという命令を丁寧に繰り返している書でありますが、それは、イスラエルの民を真に生かすために他ならなりませんでした。事実、神は四十年の間、荒野を進み行くこの民のために、あらゆる必要を備えてくださったのでした。そして、そのことを前置きした上で、「人はパンだけでは生きず、人は主(ヤハウエ)の口から出るすべての言葉によって生きることを、あなたに知らせるためであった」という教えを続けているのです。このような前後関係を視野に、この言葉の含蓄を理解すれば次のようになります。「イスラエルの民はパンという単なる肉の糧によって生きるのではなく、命の主なる神の人格意思によって生かされている」というのが核心的な趣旨であります。だからこそ、神のご意思に従うために、イエスを通して語られる御言葉を聞きとっていくことこそ、わたしたちにとっての死活問題なのだとイエスは言うのです。そのようにしてイエスは命を懸けて神の御心に服従していく生き方を貫徹され、それを人々にも示そうとしておられるのです。そのことをヨハネ福音書は「イエスは命のパンである」と表現しています。

 「すべての人が食べて満腹した。そして残ったパンの屑を集めると、十二の籠一杯になった」とあります。僅か五つのパンと二匹の魚で一万人強の人たちをどのようにして満腹させることができたのか、それについては、ここには何の記述もありません。マタイ福音書は、疑いもなくここで一つの奇跡が起こったことを証言しているのです。弟子たちは、五つのパンと二匹の魚しか手元にないことを確認しているのですから、この出来事がいかに驚くべきイエスの御業であったかということを証言することができる立場にいたのですが、しかし、この供食に与った群衆は、背後にあったこのような事情を全く何も知らずに、ただ一方的に、弟子たちの給仕の手を経てほとばしるイエスの恵みに浴しただけでした。したがって、この物語は群衆にとっての祝福の物語であるとともに、自分たちの手元にある五つのパンと二匹の魚で一万人強の人々を引き受け、接待する弟子たちに対する祝福の物語でもあり、しかし、それにとどまるものではなく、もっと重要な意味をここに示されていると見ることが出来ます。

 イエスの活動は、これまで説教を主とし、それに奇跡を伴わせて、神の国が近づいていることの証明として来ました。そして、この一万人強の群衆の供食の奇跡は、現実的に神の国の宴を現すという新たな展開になっているのです。この記事の直前のヘロデの王宮の宴席の場面と対比させても、かたや人間の猜疑と憎しみが、預言者ヨハネの抹殺に現れ、もう一方ではイエスを中心とした感謝と喜びに溢れた食事、他者のために給仕し、仕えて、主にある交わりを形造る共同の食事ー愛餐を対照的に浮き彫りにしているのは、まさに、神の国における喜びの祝宴という面をわたしたちはこの供食の記事から導き出すことが出来ます。

  少し長くなりますが、結論として、わたしたちはこの供食の最も重要な使信として、「五つのパンと二匹の魚を取り、天を仰いで讃美の祈りを唱え、パンを裂いて弟子たちにお与えになった」という、最後の晩餐の時の聖餐式の行為を思い起こさせる用語が用いられていることに触れなければなりません。初代教会の人々にとっては、ガリラヤ湖畔で人々を養いたもうたイエスは、聖餐において教会に現存されるイエスでありました。その意味で、初代教会人たちにとってのこの供食の奇跡は、聖餐式を示しているものであり、その先取りとして理解されました。そこで、一つの用語の解釈が重要となっています。それは、「裂く」という言葉です。これが、イエスの十字架と結びつけられて、パンを裂く時に、今日も、教会において聖餐式に際して信仰者に、食物の代わりにご自分のからだを、ぶどう酒の代わりにご自分の血を与える主であるのです。

 過ぎし昔、砂漠を彷徨う(さまよう)イスラエルの人たちを支えられたこの主は、この歴史上のイエスのうちに受肉された同じ永遠なる救い主にほかなりません。ここでの荒野の供食には神の国の宴席があった。わたしたちの行う聖餐式においてもこの終末の食事が目指され、先取りされているのです。聖餐式には復活の主との会食を記念するという意味が籠められていて、復活の主が今、わたしたちと共にあることを意味します。聖餐式において臨在されるのは復活したもうキリストの体であります。キリストは、現在わたしたちの中に生命と復活を造るのであり、わたしたちの復活の約束も陪餐によって実現して行くのです。イエスというお方は、わたしたちの命を養ってくださる方としてここにしめされているのです。

 希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平安とであなたがたを満たし、聖霊の力によって、希望に溢れさせてくださるように。

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