「主なる神は人を連れて来て、エデンの園に住まわせ、人がそこを耕し、守るようにされた。」 創世記2章15節
今から66年前の私が中学3年生だった1960年の3学期ごろのこと、社会科の授業で先生が正面黒板に大きく「太平洋工業ベルト地帯」と書き、黒板のサイドに日本地図を貼り「いいか君ら!これから君たちの将来に関わる重要な話しをするからよく聞け!」と話し始めました。「今までの日本は狭い土地で野菜やお米を作る農業が主な産業であった。しかし狭い土地で、資源も限られ、農業だけでは国際社会に太刀打ちできなくなって行く。それで、これまでに工業が発展している東京、名古屋、大阪、神戸の四大工業地帯をさらに広げて、茨城県、千葉県、神奈川県、静岡県、愛知県、岐阜県、三重県、和歌山県、岡山県、広島県、山口県、香川県、愛媛県、福岡県、大分県までを太平洋工業ベルト地帯とする、所得倍増計画の一環としての構想が今年政府によって策定されたのだ!」と度肝を抜かれるようなスケールの大きい話しを興奮気味にされたのを印象深く覚えている。
それから9年後の1969年には東名高速道が開通し、さらに鉄道・道路・港湾などの交通機関が整備され、日本国の人口の60%、工業出荷額の約70%が集中し、高速交通網では東海道・山陽新幹線が東京都―福岡県を結ぶという目覚ましく発展をして行くことになります。輸送に都合が良いだけではなく、平野が広がって土地が利用しやすいことや、輸入相手国の船が太平洋側からやって来るという利便性もありました。しかしこうした発展と同時に、太平洋ベルト地帯に産業が集中して過密化し、他方で地方の過疎化、そしてインフラの整備や公害が深刻な問題になってゆきます。
こうした状況の中で、田中角栄は1972年自由民主党総裁選を翌月に控えた6月11日に政策綱領を著した『日本列島改造論』を刊行し、翌月に総理の座を獲得したこともあってミリオンセラーとなり、年間第4位のベストセラーとなりました。『日本列島改造論』の趣旨は、日本列島を高速道路・新幹線・本州四国連絡橋などの高速交通網で結び、地方の工業化を促進し、新幹線開通によって空いた在来線に貨物列車を増発させ、過密と過疎の問題を同時に解決する、などといった田中角栄の持論が展開されています。
国土のうち、豪雪地帯で水力発電能力が豊富な北日本と日本海側を工業地帯に、南部を農業地帯にすべきであるとしています。また、電力事業では、火力発電から原子力発電への転換についても言及されています。『日本列島改造論』に誘発されるようにして1961年から建設中だった青函トンネル掘削工事は、「本州から北海道まで、金に糸目を付けずに掘れ」との号令一下、予算が増額されたことで工事は軌道に乗り、18年を要して後1988年に開通します。
こうした動きに触発されて日本列島改造ブームが起き、列島改造論で開発の候補地に挙げられた地域では投機家によって土地の買い占めが行われて不動産ブームが起き、地価が急激に上昇してインフレーションが発生し、1973年春頃には物価高が社会問題化します。そうした問題に対応しながら列島改造の基本計画が進められている最中に勃発した第四次中東戦争を契機に発生したオイルショックは、物価と経済に決定的な打撃となり日本列島改造論の施策は後退を余儀なくされて行くのです。以下次号
2026年2月1日
「地を耕し守る」Ⅳ
大宮 陸孝 牧師
「主なる神は人を連れて来て、エデンの園に住まわせ、人がそこを耕し、守るようにされた。」 創世記2章15節
「地を耕し守る」とのテーマの第四回目です。予告しておりましたように、今回は日本の現実の社会問題として急速に浮上している地震や気候変動による激甚な災害(東日本大震災や能登半島震災・津波・大火とその半年後に襲った大雨災害等)からの復興、全国各地のニュータウンの老朽化、少子高齢化による極端な人口減少・過疎化に起因する地方の限界集落の増加等、生活共同体を運営して行く担い手が不足し、地域住民の共同活動の機能が低下し、社会的共同生活の維持が困難な状態にある中で、さらに市町村の財政力が低く、条件不利地域という印象により、住民の地域離れが加速して人口がさらに流出し、このままではやがて消滅して行くことが懸念される市町村が近年増大して来ているという。
そのような危機の中で、国や地方行政はどのような取り組みをしているのか、まず、防災の最優先事項とも言える原子力発電所における安全確保の取り組みについてですが、原子力規制委員会は、通信の信頼性向上に向けた対策を実施し、、無人機を用いた航空機モニタリングなどによりモニタリング体制の機動力を強化し放射線モニタリングの多様化を図っているとのこと。今後より強靱で機動的な放射線モニタリングシステムを構築すべく、迅速かつきめ細かい原子力災害対応を実現するための機動的なモニタリングや、複合災害時に機能維持するための強靱で多様な手段を備えたモニタリング、モニタリングの省人化・コスト削減・DX化の実現に資する、最新の技術・知見を取り入れた取り組みを進めて行くとしています。(何のことかよくわかりません)
次に能登半島地震、津波、大火・大雨激甚災害復興への対応についてですが、被災地のニーズを受け止めながら、機動的・弾力的に予備費を活用し、インフラ・ライフラインの復旧、被災者被災事業者支援などにより復旧・復興を推進している。そして令和6年8月26日に開催された第九回支援本部では「能登半島地震の教訓を踏まえた災害対応の強化(基本的な方向性)」が提示され、政府の災害対応体制の強化、被災者に寄り添った支援体制の強化、初動対応などにおける連携強化の方向性が打ち出され、特に司令塔機能の強化、国の応援組織の充実強化、避難所の環境整備のさらなる推進、福祉対応体制の強化、専門ボランティア団体等との連携強化の法改正を視野に制度改正を検討するとしています。
そして石川県の対応ですが、能登半島地震の被災地の創造的復興に向けた各種の取り組みについて、政府とも連携しながら県庁内の調整を図り、推進するために、復興本部を設置し、令和6年6月には「石川県創造的復興プラン」をとりまとめ公表。それによると「能登が示す、故郷の未来」を「創造的復興プラン」として掲げ、県成長戦略の目標年次である令和14年までの9年間を計画期間として、2年後の短期、5年後の中期、9年後の長期の区分により、「地域が考える地域の未来を尊重する」「あらゆる主体が連携して復興に取り組む」「若者や現役世代の声を十分に繁栄する」など12の基本姿勢に基づき、創造的復興リーディングプロジェクトを初めとする取り組みを通じて、創造的復興を成し遂げるとしています。 以下次号
2026年1月
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