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1952年宣教開始  賀茂川教会はプロテスタント・ルター派のキリスト教会です。

 ルターの紋章日本福音ルーテル賀茂川教会  

牧師メッセージバックナンバーpastor'S message


           
          十字架って何ですか   

                      
大宮 陸孝 牧師    

               
 今からおよそ3200年ほど前のこと、神さまがイスラエルの人たちに神さまを礼拝するための建物、施設を作るようにお命じになった話が、出エジプト記25章8節に記されています。

 「彼らにわたしのために聖所を作らせなさい。私が彼らの内に住むためである。」また同じ25章の22節には、「その所で私はあなたに会い、……イスラエルの人々のために、私が命じようとするもろもろの事を、あなたに語るであろう」とあります。

 この時イスラエルの人たちは、つい最近までエジプトで奴隷のような生活をしていたのが、神さまの助けによってエジプトから脱出して来たばかりで、言うなれば解放奴隷の一群でした。

 まだ国土もない。住む家もない。移動式のテントで生活している。田畑山林も産業もない。政府もない。民衆を守る軍隊もない状態でしたが、神さまの恵みを覚えて礼拝することが最優先でしたから、神さまの御言に従って力一杯の努力で幕屋を建てました。幕屋とは、テント式、移動式の神殿で、転々と荒れ野を移動する彼らの居住地の真ん中に神の幕屋を建てて、神さまがいつも彼らと共にいるしるしとなりました。後に彼らがパレスチナに定住するようになり、りっぱな家に住むようになると、その彼らの努力で壮麗な神殿を造るようになりました。

 イエス様の時代になると、エルサレムの神殿は、ヘロデ王が国力を傾けて建てた贅沢で立派な神殿で、40年もかかっても細部はまだ完成していないというくらいのものでしたが、本当の礼拝の雰囲気、神さまの恵みを覚え、感謝し、祈ること、また神さまの御ことばに謙虚に耳を傾ける姿勢に欠けていました。立派である。整備されている。盛んである。賑やかに人が集まっている。しかし、祈りに欠けている。神さまの御ことばに傾聴する姿勢がありませんでした。

 今日では教会は大変シンプルに建てられ、そのシンボルは屋根の部分に十字架を建てるだけです。その十字架を仰いで、教会の十字架は、イエスという人が人間の救いのためにその罪を負われた身代わりの死をあらわしていると言います。

 そこまでは第3者でも言うことが出来ます。しかしよくよく考えてみますと、そのように言うことが出来るのは、イエスというお方が世のすべての人一人一人をこよなく愛して、共にいてくださり、私たちの神に逆らう的外れの生き方の結果起こってくる様々な問題と向き合い、その問題のしがらみを共に負ってくださったその延長線上に十字架が立っているからです。でなければ十字架はただの犠牲です。イエスの十字架の死で注目すべきなのは、その悲惨な死に方ではなくて、十字架を負うに至らざるを得なかったイエスの生き方です。十字架は、わたしたちの罪のための犠牲であるゆえに身代わりであるというよりは、人間の罪(神から離反しようとする的外れ)への神の徹底した寄り添いなのです。神さまが十字架に掛かられた真意は神さまの私たち一人一人への寄り添いです。十字架の主は今も私たち一人一人の苦しみを共に負っていてくださいます。それが十字架の意味です。


                      2021年5月8日



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日本福音ルーテル賀茂川教会


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