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1952年宣教開始  賀茂川教会はプロテスタント・ルター派のキリスト教会です。

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2024年6月礼拝説教


★2024.6.16 「先が見えなくとも」マルコ4:26-34
★2024.6.9 「イエスは命の真実の絆 ~の霊」マルコ3:20-30
★2024.6.2 「~の愛に憩う」マルコ2:23-28

「先が見えなくとも」マルコ4:26-34
2024.6.16 大宮 陸孝 牧師
「土はひとりでに実を結ばせるのであり、まず茎、次に穂、そしてその穂には豊かな実ができる」(マルコによる福音書4章28節)
 マルコによる福音書四章に入ります。「再び湖のほとりで」と場面の設定が行われます。マルコ福音書は何度も湖のほとりのイエスを描きます。最初の「四人の弟子の召命も「ガリラヤ湖のほとり」(1:16)でありましたし、次の弟子の召命も「再び湖のほとり」(2・13)でありました。それは、弟子の中心であったペテロとアンデレ、ヤコブ、ヨハネはもともと漁師でありましたので、湖のほとりで教えるという情景は実際にしばしば目にした光景であったにちがいありません。ですのでこの場面設定はごく自然であったと思われます。この四章の直前で「イエスが家に帰られると」(3:20)という展開になっていますので、場面はここで切り替わり、そして再三の「湖のほとり」となるわけです。

 この日の「湖のほとり」には普段とは違った情景がありました。そこには「おびただしい群衆」(1節)が押し迫ってきていました。それを避けるためでしょうかイエスは船の中に座り、そこから民衆に語りかけます。多分波は靜かで風も穏やかな日だったでありましょう。主イエスが腰掛けている舟は、弟子の誰かの持ち舟だったのかもしれません。湖の沖では網を打つ漁師の舟も見えたかもしれません。岸辺にはさざ波が寄せては返し、寄せては返していたでしょう。どこかで小鳥のさえずる声も聞こえていたかも知れません。何となくのどかな感じがします。

 しかし、風景としてはのどかでも、集まって来ていた群衆の気持ちは「のどか」とはほど遠かったのではないかと思われます。彼らには仕事があったでしょうし、女性ならば家事があったでしょう。それにもかかわらず、イエスの話を聞こうとして数えきれないほどの人々が集まっていたのです。その多くは生活に追われ、一日であっても仕事から離れればそれだけ生活が圧迫されるような人々であったでありましょう。炊事や洗濯も、一日として手の抜けない仕事であります。それでも彼らはイエスのもとにやって来ていました。そうせざるを得ない「何か」が彼らの側にはあったからであります。この先でマルコはそういう人々を見たイエスが「飼い主のいない羊のような(群衆の)有様を深く憐れん」だ(6:34)と記していますが、ここに集まっていた群衆もおなじような人々だったと考えられます。

 この場面は、この箇所、つまり、「また、イエスは言われた」(26節)、「更に、イエスは言われた」(30節)という言葉で導入される二つのたとえが語られることから見て、状況は継続していると見られます。「イエスが一人になられた時、十二人と一緒にイエスの周りにいた人たちとがたとえについて訪ねた」という「譬(たと)えを用いて話す理由」の10節の場面と、13節以下の「たとえの説明」の部分は編集者の挿入句と見られますので、この場面でのイエスの話は「一続きのたとえの部分」であったと見ることができます。

 群衆はなにかを求めてイエスのもとに来ていました。金と暇のある人はそう多くなかったはずです。そこには、癒やしを求めていた人もいたでありましょう。「悲しむ人々」もいたでしょう。「義に飢え渇く人々」もいたでしょう。総じて言いますと、「羊飼いのいない羊のような」人々だったと思われます。

 ここでイエスは、「羊飼いのいない羊のような」人々に向けて二つのたとえを語られるのです。その一方は「~の国は次のようなものである」(26節)という言葉で導入され、もう一方は「~の国を何にたとえようか」(30節)という言葉で導入されています。どちらも「~の国」が主題です。「~の国」とは「~の支配」のことであります。言い換えますと、「~の意志が貫徹している」事態であり、状況です。集まって来ていた群衆の「差し当たっての関心」は、「~の支配」よりも、おそらくはもっと身近な、もっと緊急性のある、もっと具体的なものであったであろうと思われます。病気、貧困、不和、不正、争いなどがあり、明日の生活の心配などがあるでしょうし、とりあえず明日の生活の心配はなくとも、将来への不安もあるでしょう。政治的・経済的搾取を身近に感じることもあったかも知れません。もちろん人々の生活の中には、愛、善意、親切、自己犠牲、友情、助け合いなど、心温まるできごともあったでしょう。希望や勇気を与えてくれるような体験もあったでしょう。それにもかかわらず、心を凍らせるような出来事もありますし、希望や勇気を挫く(くじく)ような経験も現実にあったに違いありません。理解を超えた不条理が人々を苦しめることもあったに違いありません。

 イエスはそのような人々を前にしてここで「~の国」の支配についてたとえで語っておられるのです。その背景には、しかし、どうしても~の支配が見えないという多くの人々の切実な経験があり、イエス自身の悪魔との対決があります。主イエスは「~の支配」に関する人々のこうした疑問、困惑を知った上で、このたとえを話したということです。

 最初のたとえは、蒔かれた種は人が何をしていても「ひとりでに」成長し、やがて「豊かな実」が実るが、人間には「どうしてそうなるか」分からない、というのが主要点です。「ひとりでに」とは、「種が本来持っている固有の原理によって」という意味ですが、それは種に内在する力から来ているということです。最初に種が蒔かれ(出発点)て、それはやがて豊かな実(結末)へと至ります。出発点は目に見える。それは種が蒔かれることだからです。また、結末も見える。豊か実りだからです。しかし、その両端の間のプロセス(成長)は多くの場合ゆっくりとしており、「なぜ成長するのか」人間にはその理由が分かりません。

 根本的に言って人間に成長の理由がわからないのは、成長のプロセスが「命の育み」だからです。その種に命がなければ、土に蒔かれてもその種はやがて朽ちていく。しかし、その種に命があれば、種が土に蒔かれることによって、「ひとりでに」成長する。ひとりでに成長するのは、種に命があるからであり、生長は命の証しだからであります。人間は種を蒔くことができる。豊かな実りを収穫することもできる。しかし、命を左右することは人間には結局はできない。動物の命であれ、植物の命であれ、おおよそ命には常になにかしら神秘的な要素がつきまとっています。自然に触れるときにもその神秘を感じますが、とりわけ、新しい命の誕生の時にはその神秘を強く感じます。それは命を左右することは人間に委ねられた権限に属しているのではなく、もっぱら~の支配に属しているからであります。わたしたちは命の神秘に驚きます。何らかの意味で~の尊厳の一端にそこで触れることになります。

 主イエスは「~の国」は、そのようなことに似ている、と語られます。~が命を創り、育み、成熟させる。同じように、「~の国は近づいた、悔い改めて福音を信じなさい」(1:15)という主イエスの宣教第一声(出発点)とそのイエスの再臨(結末、人間救済の完成)の間には、まだみえないが~の国が着実に前進しているプロセスがある。それが見えないのは確かに辛いことである。ときにはそのために挫けることもあろう。しかし、霧の中で何が見えなくとも、霧が晴れると目指す山頂が日の光に耀いて現れるように、「見えない」からといって、それが「ない」ということではない。

 次のたとえも「~の国」が主題です。ここでのポイントは、先のたとえが「成長の謎」であったのに対して、「成長の巨大さ」であります。からし種のような小さな種から、空の鳥が巣を作るほどに大きな木が育つように、~の国もその発端は気づかれることがない程に小さくても、やがてこの世界の現実を圧倒する巨大な事実として出現する、というのです。

 主イエスの公生涯までは隠されていたことが「時は満ち、~の国は近づいた。悔い改めて福音を信じなさい」(1:15)という主イエスの言葉で公然と始まった。「~の国の支配の告知」は、世界の歴史の中で見れば、非常に小さな発端であった。しかし、主イエスの復活後の弟子たちの働きによって教会が形成され、、教会は紆余曲折の道を辿りながらも、地中海世界に拡がり、、それは今でも、依然として紆余曲折な道を辿り、道に迷ったり、途方に暮れるようなことがあっても、それでもなお主イエスの御後に従う教会の歩みは続いてきました。

 教会と~の国の安易な同一視は間違いであることを教えてくれたのは、アウグスティヌスでありました。そして、それが致命的な過ちであることを教えてくれたのは、宗教改革者ルターであります。しかし、そうではあっても、いつの時代のどの教会も、使徒信条やニケヤ信条の信仰告白に従って、「わたしは教会を信じます」と告白してきました。神の国を告知している神の言葉が語られ、聞かれ、信じられる場所は、まずもって教会であります。ですから、教会は直ちに「神の国」ではないけれども、少なくとも神の国の「目じるし」ランドマークとなるところです。

 この賀茂川ルーテル教会にも主イエス・キリストが神の国の栄光を持って来ておられます。そして、さばきと赦しの大権を行使しておられます。古き人間を新しき人間に造りかえておられます。このことは最も秘められたことであります。人々は過去の日の偉大であったイエスについては知っているとしても、今日今ここに偉大な主権者として臨在し、民の集いを導き、慰め、癒やし、新らしい神の霊の命へと結び付けておられる生けるキリストの働きを認めようとしません。そのようなものは見えないから、と言います。確かに、それは秘められています。そして最も秘められ・隠されたものであるがゆえに、しかし最も顕わな現実であります。神の国はこのわたしたちの世界で、真実の愛をもって力強く働かれるところに、今ここでの現実として存在するものです。その現実を現実としてとらえるのがわたしたちの信仰であり、その現実を捕らえてそれに参与するのがわたしたちの教会であり、また礼拝であるのです。

 お祈りいたします。

 天の父なる神さま。御子主イエスは、わたしたちの不真実の世界にその壁をつき破って、あなたの真実の愛をもって来てくださいました。主イエス・キリストによってもたらされたあなたの真実の愛がわたしたちの中に働き支配しますように、御国を来たらせてください。
 御子主イエス・キリストの御名によって祈ります。    アーメン


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「イエスは命の真実の絆 ~の霊」マルコ3:20-30
2024.6.9 大宮 陸孝 牧師
「はっきり言っておく。人の子らが犯す罪やどんな冒涜の言葉も、すべて赦される。しかし、聖霊を冒涜する者は永遠に赦されず、永遠に罪の責めを負う。」(マルコによる福音書3章28-29節)
 救いを求めて主イエスのもとに押し寄せる群衆と、主イエスの宣教活動に加わるために選ばれた一二人の弟子と対照的に、3章20節から30節では、イエスについて「気が変になっている」と誤解する身内の人たちと、「ベルゼブルに取り付かれている」と中傷する律法学者たちが描かれます。身内の人たちがイエスを取り押さえに来たという21節は、31節〜35節につながる形で伝えられていた伝承と考えられます。この21節と31節から35節の伝承の間に、マルコはサンドイッチのように22節から30節を組み込んだのでしょう。その22節から30節には、ベルゼブル論争と、聖霊を冒?する罪についての言葉が含まれています。

 20節では、群衆の間でのイエスの人気が再び取り上げられています。イエスが帰って来られた家に群衆が集まって来たため、イエスと弟子たちは食事をする暇もないほどでした。カファルナフムにおける伝道の拠点で、イエスの住まいとなっていた家は、「シモンとアンデレの家」(1:29節)と考えられます。イエスはその家で食事も寝室も提供されてくつろぐこともできたのでしょう。イエスは既にナザレの家を出ておられて、多くの日々を巡廻伝道の旅に過ごしておられました。そしておそらくシモンとアンデレの家族を、御自分の家族のように愛しておられたものと思われます。

 そこに、イエスに否定的な判断を下す二組の人たちが登場します。それはまず21節の「身内の人たち」です。身内の人たちがイエスを「取り押さえに来た」のは、「あの男は気が変になっている」といううわさを耳にしたからです。「気が変になっている」というのは、本来あるべき所から外れて「正気を失っている」ということです。言い替えれば、気が狂っているということです。イエスを小さいときから知っている身内の人たちも、イエスは気が変になっていると思い込んでいたということです。

 イエスの狂気をうわさする人々も、本当のイエスを理解できないでいました。イエスは人々が考えるような信仰の指導者ではなかったのです。イエスは~の福音のために生きておられるのですが、それがおかしく気が変になっているように見えるのです。自分たちの考えに会わないと、あいつはおかしいのではないか、気が変になっているのではないかとレッテルを貼ることは今の世でもよくあることですが、イエスをおかしく気が変になっていると見なす人間が、ここで逆に問われて行くのです。

 そしてさらに、「エルサレムから降って来た律法学者たち」がイエスを中傷します。彼らにとっても、イエスは手に余る存在で理解できなくなっていました。イエスは自分たちが期待するような~の民の指導者とは見えなくなっていたのです。律法学者たちにとって、イエスの始められたことが霊的な領域に属することは明らかで、イエスが霊的な力に満ちていることも否定できない事実でした。しかし、イエスは、自分たちが期待するイメージからはみ出ていて、彼らにはそこに~の霊が働いているとは思えなかったのです。そうとすれば、イエスは悪霊の仲間であり、しかもその中の指導者的な存在であると考えるよりほかにありませんでした。そこで「悪霊の頭」である「ベルゼベルに取り付かれている」と判断したのです。「ベルゼベルに取り付かれている」ということは、古代人にとっては「気が変になっている」ことと同じでした。このように、イエスは神ではなく悪霊の仲間と判断され、気が変になっているというレッテルを貼られたのです。

 イエスが「~の国」を宣べ伝える道すがら、その都度の求めに応じて行ったと思われる病人や悪霊に衝かれた人を癒されたことが、一方では「~の子」としてのしるしであると見られ、他方では悪霊に取り憑かれている者のしるしとして疑いの目で見られたのです。

 23節には、「イエスは彼らを呼び寄せて、たとえを用いて語られた」とあります。イエスが律法学者たちから呼ばれたのではなく、主イエスが彼らを呼び寄せたのです。3章6節でファリサイ派の人々はどのようにしてイエスを殺そうかと相談していたと語られていますが、このときの律法学者たちにも、イエスを裁き抹殺しようとする意図があったのでしょう。律法学者たちを呼び寄せた主イエスは、彼らの中傷が的外れであることをたとえを用いて証明します。それが24節の国のたとえと25節の家のたとえ、および27節の家財道具のたとえです。主イエスは、国のたとえを語り始められましたが、すぐに家のたとえに移られました。「国が内輪で争えばその国は成り立たない」ように、「家が内輪で争えば、その家は成り立たない」というのです。恐らく当時、「「ベルゼブル」という言葉は、「家の主人」である悪霊たちを連想させるものだったのでしょう。だからこそ、主イエスが家のたとえを語られたと推測されます。

 律法学者たちも認めざるを得なかったのは、主イエスによって、自分たちの力が及ばなかった悪霊に取り憑かれていた人々の解放が起こっていたということです。そこで彼らは、イエスが悪霊を追い出すことができたのは、悪霊の家の支配者であるベルゼブルの力を借りたからだと解釈したのです。しかしイエスは、それは内輪もめでしかなく、そんなことをすれば、家は内部分裂し破滅してしまうと言われます。主イエスは、国や家と同じように、サタンも「内輪もめして争えば」内部分裂して滅びてしまうと言うのです。ここで主イエスは明らかに悪霊の家となった人間は身も心も痛めつけられて滅びに定められるという、人間の滅びの現実を語っておられるのです。

 ここで思い起こさなければならないのは、マルコ福音書が成立した初代教会の状況です。教会の信仰者たちは、紀元70年にユダヤ戦争でエルサレムが陥落して間もない頃に生きていました。エルサレム陥落に至るまでのユダの国の内部は、ローマと戦ってその抑圧から解放されようとする戦闘派と、ローマと戦うべきではないとする和平派に相別れて、四分五裂という内部分裂の状況にありました。このように国全体が内部分裂した中にあって、教会の人たちは、分裂した国について語る24節を、自分たちの状況にあてはめて読まずにはおられなかったに違いありません。同じことは、分裂した家について語る25節にもあてはまります。ユダヤ戦争の間、戦闘派と和平派の抗争がなによりもまず家族の絆をズタズタに引き裂いたことは、『ユダヤ戦記』を書いたヨセフスの報告にあるとおりでした。教会の人たちにとって、25節の分裂した家は目の前の現実そのものだったということです。

 27節でイエスは「先ず強い人を縛り上げなければ、だれも、その人の家に押し入って、家財道具を奪い取ることはできない。まず縛ってから、その家を略奪するものだ」と激しい言葉を語られました。このたとえは、イエスを、強いものであるサタンを「縛り上げ」て、「その家を略奪する」サタン配下の諸々の悪霊を追放する者として示しています。イエスによってサタンは縛り上げられ、その家の家財道具、これは人格を奪われてサタンの所有になっている囚われの人々ということですが、その人々が解放されると宣言しているのです。そのように、人間存在を破壊する者を縛り上げるために、イエス御自身が押し入ってこられたのです。サタンや悪霊たちの支配のもとで苦しみもがく者たちを、御自分のもの、~のものとするためです。

 ところで、サタン、ベルゼブル、悪霊というようなものは、現代においてはありえないと考えるかも知れません。わたしたちは、より合理的に考えるようになっていると思っています。しかし、現代のわたしたちは、本当に理性的に自由に生きることができるものとなっているだろうか。敗戦後78年といわれます。そんなに昔ではない78年前に、第二次世界大戦で多くの国と人が悪霊にとりつかれたように戦争に溺れた体験を持っています。また今の日本でも、あやしげな霊性(スピリチュアリティー)の専門家と称する人々が、大衆的なメディアによってもてはやされたりしています。明らかに現代社会もまた、ベルゼブルが跋扈するのを防ぐことができないでいます。しかし、まさにそこでイエスは、聖霊による戦いを続けておられるのです。そして、弟子となって~の御心に従う戦いをする者を招いておられるのです。

 続いて28節で主イエスは、「はっきり言っておく。人の子らが犯す罪やどんな冒涜の言葉も、すべて赦される」と宣言されました。赦しの根拠は、主イエス御自身の解放の戦いとその勝利にあります。ここでは、「罪」と「冒?のことば」とが並べて語られています。罪とは隣人に対する罪であり、冒?は神に対する罪です。隣人を愛することも~を愛することもできない罪です。人間の悲惨はそこに生まれるのですが、わたしたちはそのために気が変になっており、くつろぐことができる本来の家を失っています。主イエスは、そのわたしたちを御自身の家に迎え、~の家族としてくださるために戦っておられるのです。

 29節では、「聖霊を冒涜する者は永遠に赦されず、永遠に罪の責めを負う」ことを告げます。主イエスはこの言葉によって、悪霊追放を通して~の支配を宣教する主イエスを、~ではなくサタンの力にあずかる者と判断した律法学者たちを厳しく拒絶されました。「聖霊を冒涜する」とは、具体的には、イエスに向かって「ベルゼブルに取り付かれている」と中傷することに他なりません。主イエスにおける聖霊の働きをベルゼブルの働きと曲解することは、ヨルダン川の洗礼の際に聖霊を与えられている神の子イエスを、「汚れた霊にとりつかれている」者と見なすことを意味します。そのように「聖霊を冒涜する者」は、現に実現し始めている救いの出来事を否定するものです。ですから、他のどんなことも赦されるにしても、イエスにおいて始まっている救いの御業を、汚れた霊の業と見て聖霊を冒涜することだけは致命的で、永遠に赦されることはないのです。

 30節までに語られていることは、このような戦いをしながら人々を招かれるイエスとは誰か、ということです。イエスは最も身近であった身内の人たちや、信仰の指導者である律法学者たちから全く理解されず、むしろ、彼らは群衆に先立ってイエスに躓いてしまいました。自分たちをつまづかせる者に対しては、受け入れられない思いや排除したい思いが生じます。イエスは既にここで律法学者たちの、イエスを抹殺しようとする殺意と向かい合っておられます。そして、イエスはそこで御自分が誰であるかを告げておられるのです。

 ここで、主イエスの中に神の霊の働きを見るか否かが問われます。何が本当のことであり、何が本物であるかを見分けるのは難しいものですが、イエスという存在は、わたしたちが本当の命に生きることができるかどうかの分かれ道なのです。主イエスの前に立つ時、人は例外なく、主イエスを信じて従っていくかどうかの態度決定を迫られるのです。そこでわたしたちも、イエスは誰であるかを知り、イエスの言葉を聞いて従って行くかどうかが問われるのです。それはナザレのイエスによる救いの出来事を信じて受け入れるかどうかということです。イエスの御言葉は、「あれかこれか」を問うものとしてわたしたちにもその決断を迫っているのです。

 お祈りいたします。

 天の父なる神さま。わたしたちの内に働く悪霊の力を、御子救い主イエスによって無力にしてくださり、わたしたちをあなたの恵みの支配に服する者としてください。

 わたしたちの救い主イエス・キリストの御名によって祈ります。  アーメン

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「~の愛に憩う」マルコ2:23-28
2024.6.2 大宮 陸孝 牧師
「安息日は、人のために定められた。人が安息日のためにあるのではない。 だから、人の子は安息日の主でもある。」(マルコによる福音書2章27-28節)
 マルコによる福音書は、主イエスの教えの特徴を、ガリラヤでの宣教活動の始めの部分で明らかにしています。カファルナフムの人々はイエスの教えに非常に驚きましたが、それは主イエスが「律法学者のようにではなく、権威ある者としてお教えになった」からでした。(1章22節)律法学者が律法とその伝統的な解釈をよりどころとして教えるのに対して、主イエスはそれに拘束されず、独自の権威を持って教えておられます。当時の人々の常識をくつがえす主イエスの力ある言葉と行動に、「人々は驚き、『このようなことは、今まで見たことがない』と言って、神を讃美した」(2章12節)とあります。そこで主イエスの教えは、「権威ある新しい教え」であることが強調されていますが、自らの考えと責任による主イエスの言動は、人間を束縛する律法に基づく古いユダヤ教の慣行を打ち破ります。マルコ福音書はこのようにして、ユダヤの指導者、特にファリサイ派の律法学者たちとは異なる仕方で教えるイエスの権威が律法をも超えていることを、論争物語の中で具体的に描いて行きます。

 このファリサイ派の起源は、紀元前二世紀にヘレニズム化に対抗してユダヤ教の信仰を守ろうとした「敬虔な者たち」に遡ります。ファリサイ派には祭司もいましたが、むしろその多くは、職人や農民や商人などの一般信徒でした。ファリサイ派という名称は「分離された者」を意味するヘブライ語に由来します。おそらくこれは、彼らが律法を生活の中心に据え、自らを、汚れと汚れに染まりやすい人々から分離したために、外部の人々から付けられたあだ名です。ファリサイ派は、口伝(言い伝え)による律法をも文書にされた律法と同列において遵守し、それを敬虔な業であると誇り、律法を守らない者たちを軽蔑しました。

 マルコ福音書での主イエスと ファリサイ派の対立には、後の原始教会とユダヤ教との論争、特に、ファリサイ派の律法学者によって指導されていた、70年以後のユダヤ教との戦いが反映されています。律法に対する自由な態度で安息日を遵守しない主イエスの振る舞いは、ファリサイ派の人々の敬虔な感情を逆なでしたに違いありません。そこではファリサイ派の人々が大切に守っていた安息日が無視されるからです。

 この安息日の起源は必ずしもよくわかっていないのですが、一週が七日で七日に一度休むことは、古代のメソポタミヤやパレスティナに住んでいた農耕民族に起源があるようです。古代にも、人間が働き詰めに働くことは身に破滅を招くことを知っていたのでしょう。安息日は、ヘブライ語でシャバットと呼ばれ、一週の七番目の土曜日にあたります。この土曜日の安息については、イスラエル自身の信仰に従って意味付けがなされました。そして、それが、ユダヤ教の安息日厳守の考え方に発展します。

 新約聖書は、主イエスが復活された「週の初めの日」を「主の日」と呼び、この日に初代教会のキリスト者たちが、礼拝のために集まっていたことを証ししています。ユダヤ教の一分派とみられていたキリスト者たちは、ユダヤ教の土曜日ではなく、日曜日を「主の日」として集まるに至ったのです。わたしたちが日曜日には休み礼拝をする日だと言う時も、その背景には、「主の日」は安息日であるという理解があります。本日の日課から旧約聖書の安息日を「主の日」として発展的に継承しているわたしたちの日曜日の主日のあり方について、改めて考えて見ることにしたいと思います。

 2章23節〜28節は、主イエスの弟子たちが安息日に麦畑で麦の穂を摘んだ、という出来事を述べる箇所です。この箇所は、主イエスとファリサイ派の人々との間に交わされた安息日論争の一つです。ここに出てくる麦畑は、明らかに他人の麦畑です。しかし、他人の麦畑ということで非難されたのではありませんでした。ファリサイ派の人々が突如現れ、通りすがりに麦の穂を摘みながら歩いていく弟子たちを見て、主イエスに、「『なぜ、彼らは安息日にしてはならないことをするのか』と言った」(24節)のです。「安息日にしてはならないこと」とは、律法で「安息日に許されていないこと」ということで、人の生死にも関わる律法違反を問う言葉です。

 申命記23章26節に、(旧約317頁)「隣人の麦畑に入るときには、手で穂を摘んでもよいが、その麦畑で鎌を使ってはならない」ありますように、他人の麦畑であっても、やむを得ない時には手を使って麦の穂を摘むことは許されていました。ただ、麦畑に鎌を入れるとなると、それは刈り入れの労働であり、盗みとなるという規定です。しかし、ファリサイ派の人々がここで問題にしたのは、麦の穂を安息日に摘んで食べたという点でした。バビロン捕囚後、安息日を~との契約のしるしとし、それを汚す者は殺されると言われ始めます。その頃のファリサイ派の人々は、安息日を遵守することを厳しく考えるようになっていました。ユダヤ教には、ミシュナーと呼ばれる口伝(言い伝え)によるユダヤの律法を集めたものがあります。そのミシュナーの安息日についての規定には、安息日にしてはならない39種類の仕事が書かれています。その中に、種を蒔いたり、刈り入れをしたり、脱穀をしたりしてはいけないとあります。ファリサイ派の人々は、通りすがりに麦の穂を摘むという弟子たちの行為を、「安息日にしてはならない」刈り入れや脱穀の仕事に当たるとみなしたのです。彼らは、主イエスがこのような律法違反をなぜ弟子たちに行わせるのかと非難しているのです。ファリサイ派の律法理解は厳格すぎると感じられますが、彼らは、安息日を厳守するという律法主義の立場に立っているのです。それで弟子たちの行為を咎めずにはいられなかったのです。安息日規定については、ミシュナーがまとめられた時よりも、イエスの時代の方が厳しかったようです。それで、安息日に麦畑で麦の穂を摘んで問題とされたのです。

 ミシュナーによりますと、あらかじめ警告したにもかかわらず安息日の戒めを破った者は、石打の刑に処せられます。24節はそのような警告として理解できます。中には無意識に麦の穂を摘むような人もいるでしょうから、それをしたらいけないと警告するのです。警告にもかかわらず同じことをしたら、安息日の戒めを犯した者として石打の刑で殺すということが当時行われていたようです。ファリサイ派の人々はそのことを警告したのですが、主イエスはその警告に耳を傾けられませんでした。主イエスは、そのようなことで人の命を奪うような律法の取り扱いをこそ問題にしておられたのです。

 十戒には、「七日目は、あなたの~、主の安息日であるから、いかなる仕事もしてはならない」とあります。その趣旨は、安息日における労働の全面的な禁止です。この戒めそのものは明解ですが、単純ではないのは労働の定義です。労働が禁じられた安息日であっても、人間は全く何もしないでいることはできません。食事を作らなくても、食事をしないわけにはいきません。どこまでが労働でどこからが労働でないのか、という律法の解釈は律法学者の仕事でした。

 ユダヤ人にとって、安息は極めて大切なものでした。彼らは「安息日を心に留め、これを聖別せよ」という戒めを、特別に真剣に受けとめていました。そして、聖書の学びと特別な食事によって安息日を聖別しなければならない、と教えていました。安息日に仕事をすることはもっての外でした。たとえば、律法学者たちは、二文字以上の文字を書くことさえも禁じられた労働のうちに入るのではないか、と議論していたといわれています。

 ユダヤ人にとって安息日がそれほど重要であったのには理由がありました。ユダヤ人は、自分たちがカナンの地で主なる~から離れ、異教の神々の偶像崇拝に陥って信仰的に堕落し神に背いたので、国が滅亡しバビロン捕囚の憂き目にあったと考えました。そこで反省し、何とかして異教の地バビロンで主なる神への信仰を守り通そうとしました。その際、割礼と共に安息日を守ることが自分たちのアイデンティティー(主なる神の民であること)を保持する拠り所としたのです。紀元前六世紀に、捕囚の地バビロンで割礼を行い安息日を守ることは命がけでした。しかし、それを守ることは、信仰の生命線でもあったのです。そしてパレスティナに帰還してからは、いよいよ熱心に安息日を守ろうとしたのです。神殿が破棄され、神殿での祭儀を失った捕囚時代以降のユダヤ人にとっては、安息日の戒めを守ることこそが、割礼と共に、ユダヤ人と異教徒を区別するしるしでした。ですから、安息日律法が特別な意味を持つことになったのです。

 さて、マルコ福音書が繰り返しわたしたちに語ろうとしていることは、イエスとはどういう方かということです。そこでわたしたちに問われるのは、わたしたちは一体誰を信じているのかということです。わたしたちがイエス・キリストを信じていると言えば、一体イエスとは誰かと問われてきます。

 今、麦畑の中をイエスが弟子たちと歩いている時にも、ファリサイ派の目が光り、なぜ安息日の律法を破って麦の穂を摘むのか、そんなことをするあなたがたはいったい何ものかという問いが聞こえてきます。今ここで直接問題になっているのは、イエスその人ではありません。安息日に麦の穂を摘むような弟子たちはいったい何ものかと問われたのです。ここでは、弟子たちは何ものかと問われることと、その弟子たちが従っているイエスとは誰かと問われることが一つになっています。

 おそらく、このマルコ福音書が書かれた頃の教会の人たちも、なぜ安息日を守らないのか、そんなあなたがたは一体何者かといつも問われたに違いありません。その問いは、またわたしたちへの問いでもあります。安息日はわたしたちにとっては日曜日ですが、この日曜日をわたしたちがどのように守るかということが問われているのだということです。

 25節〜26節で主イエスはダビデの物語を引用しております。これはサムエル記上21章1節〜7節のダビデの物語を引用されたのです。~の到来を宣言しておられる主イエス御自身が、「ダビデの子」と呼ばれているからです。イエス御自身がダビデ王よりも確かな御業をもって~の国をもたらすために来られたことを自覚しておられたということです。

 そのイエスは、ガリラヤの町々や村々を巡り歩き、エルサレムに向かって旅をされます。人間が新しく創られ、まことの安息を得ることができるようにするために、安息日にもイエスは落ち着いて座っていることなく歩き続け、十字架へと続く道を進んで行かれるのです。麦が実るのは春の過越祭の頃ですが、イエスはご自分を命のパンとして与え尽くそうとしておられます。安息日は、主イエスが差し出していてくださる命の糧を受け取るときです。

 ヨハネ福音書19章30節には、イエスは「『成し遂げられた』と言い、頭を垂れて息を引き取られた」とあります。このように息を引き取られた方は、御自身を人に献げ尽くされて御業を終えられました。こうして安息日は人のためにある、創造の業と救いの業を結び付けられたのです。イエスが設定された安息日があって、人間は活力が与えられ(復活の命の力が与えられ)新たに創造的に生きる展望と希望が与えられ、この神の作られた世界を改めて神の恵みの賜物として受け止め直し、神に正しく応答していくように運用して行くことができるようになるということです。神の作られたこの世界が本来の姿を取り戻す、神の命の回復こそ安息の真実の意味です。

 教会の主の日は、復活のしるし、新しい創造の始まりのしるしです。安息日は、新しい始まりを指さしています。来たるべき御国の約束が指し示されています。安息とはただ休むことではなく、神の国においてわたしたちの命が回復しされ、神のふところで憩うことであります。主イエスは自分こそ人間の命をその様に導く安息の主なのだと言っておられます。イエスこそ人間を救い、人間の解放と安息をもたらす主であるということです。このようにこの世を愛し抜き、真実の安息を約束して下さった主イエスが「人の子は安息の主でもある」とおっしゃられたのです。そして、わたしたちに、あなたがたも自由な人間として神の安息に与ることができるのだと言われるのです。わたしたちはいろいろな思い煩いがまだまだ続くかもしれませんが、その一人一人の人生を安息日の主が共に担ってくださって、真実の安息へと招いてくださるのです。安息日の主が言われます。「疲れた者、重荷を負う者は、誰でもわたしのもとに来なさい。休ませてあげよう」(マタイ11章28節)

お祈りします。

 神さま。あなたはわたしたちのために安息を造り、わたしたちを安息へと招いてくださいます。それなのに、わたしたちはあなたの安息に憩うことをしないで、あなたから離れてしまい、わたしたちから安息が奪われてしまいます。主イエスを安息を創造された主として、またわたしたちを救いの安息の中に導き入れてくださる救い主として信じ従うことができますように、わたしたちを導いてください。

 主イエス・キリストの御名を通してお祈りいたします。アーメン。

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