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1952年宣教開始  賀茂川教会はプロテスタント・ルター派のキリスト教会です。

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2024年12月礼拝説教


★2024.12.8 「全ての人のための備え」ルカ3:1-6
★2024.12.1 「神の真実の声に耳を傾けよ」ヨハネ18:33-37

「全ての人のための備え」ルカ3:1-6
2024.12.8 大宮 陸孝 牧師
そこで、ヨハネはヨルダン川沿いの地方一帯に行って、罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。(ルカによる福音書3章3節)
 ローマ皇帝ティベリウスの第15年、ピラトがユダヤの総督、ヘロデがガリラヤの領主の時、すなわち紀元27年に、バブテスマのヨハネがヨルダン川沿いの荒れ野に現れて、人々の罪を糾弾して声をあげました。おまえたちは、はっきり自分の罪を認識して悔い改めなければ滅びてしまうぞ、罪の裁きが行われる終末の日は間近に迫っているのだ、斧がすでに木の根元に置かれているようなものだ、斧が振り上げられて一振りされれば木は切り倒される、だから悔い改めよ、悔い改めのしるしとして洗礼を受けよ、洗礼は終わりの日に罪の許しを得させるのだ、これがバブテスマのヨハネの宣教でした。

 多くの人がヨハネのもとに出て行って洗礼を受けました。マタイ福音書3章7節によりますと、その中にファリサイ派やサドカイ派の人たちもいたとあります。ファリサイ派は宗教的厳格派で、律法の細かい規則を厳重に守るべきだと主張し、サドカイ派は祭司を中心とする派で、儀式の執行者らしくきちんと律法を守る人たちです。両者ともに自分たちは神の選民イスラエルであり、信仰の父祖アブラハムの子孫で、神の祝福を受ける約束を受けている、と自負していました。彼らを見てヨハネは叱りつけます。「まむしの子らよ、差し迫った神の怒りを免れると誰が教えたのか。悔い改めにふさわしい実を結べ。『我々の父はアブラハムだ』などという考えを起こすな。言っておくが、神はこんな石ころからでも、アブラハムの子たちを造り出すことがおできになる」(3:7〜8)。

 ファリサイ派やサドカイ派は、我々はアブラハムの子孫で、神の祝福を受ける特権がある。それを保持するために神の戒めである律法を立派に守っている、だから神は我々に目を留めて我々を守り、栄光を与えてくださるに違いない、と信じていました。

 バプテスマのヨハネはそれを真っ向から否定します。人間の罪は深く、祝福の約束を押し流してしまう。アブラハムの子孫も異邦人も罪の深さでは同じだ、アブラハムの子孫だからといって思い上がってはならない、というのです。旧約聖書信仰は、神は唯一だ、我々の神以外の神々は神ではないという唯一信仰とともに、我々は神によって選ばれた民だという選民思想と、我々は父祖に与えられた救いの契約を相続していると言う契約の思想を持っていました。ヨハネはこの思想の無効性を宣言したのです。

 唯一神教、つまり世界を創造し支配する唯一の神への信仰は、祝福される特権をもったユダヤ民族という選民思想と両立はできません。神の前で全ての民族は同一だからです。さらに罪ありという点でも全ての民族は同一です。バプテスマのヨハネは、選民の思想と契約の思想を廃棄したのです。これは旧約の信仰の終わりです。

 バプテスマのヨハネは人々に、罪の深さを認識し、終わりの日の裁きの恐ろしさにおののき、悔い改めて洗礼を受けることを勧めました。多くの人が彼のもとに来て洗礼を受けました。洗礼は罪の赦しを得させる、とヨハネは説きましたが、果たして洗礼を受ければ終わりの日の裁きに罪の赦しが得られるのか、確証はありません。ヨハネは自分でも確実だと信じ切れなかったのです。

 旧約聖書では、神殿で贖罪の犠牲を捧げることによって罪の赦しが得られる、と規定しています。特に年一回の大贖罪日にエルサレム神殿で行われる贖罪の祭儀は、選ばれた民であるユダヤ人に全ての罪の赦しを得させるものでした。海外の町に住むユダヤ人は、律法の細かな規程を守ることが難しく、、罪の赦しを求める切実な思いを持っていました。主イエスの時代には、贖罪の犠牲が毎日エルサレム神殿で捧げられていました。

 しかし、本当に良心的な人は、牛やひつじの犠牲を捧げる祭儀で罪の償いが得られるとは思えません。厳粛に心を込めて行っても、祭儀は心の外側の儀式に過ぎません。わたしの罪の思いの深さに響くものではありません。その思いをどうしたらよいのか。旧約聖書は言います。
「神よ、わたしを哀れんでください。御慈しみをもって。深い御憐れみをもって、背きの罪をぬぐってください。わたしの咎をことごとく洗い、罪から清めてください。あなたに背いたことをわたしは知っています。わたしの罪は常にわたしの前に置かれています。わたしを洗ってください。雪よりも白くなるように」(詩編51編3〜5、9)【旧約884ページ】

 旧約の律法には日常生活で守るべき細かな規程もありますが、根本的には次の倫理があります。
 「心の中で兄弟を憎んではならない。・・・民の人々に恨みを抱いてはならない。自分自身を愛するように隣人を愛しなさい。」(レビ記19:17〜18)

 人の心が純粋になればなるほど、この倫理の言葉に心は刺され、罪の自覚が深まります。祭儀で罪が消えるはずがない、しかし悔い改めの心が起こればそれで良いのか。人の悩みは深まります。

 バプテスマのヨハネは人の罪を責めて悔い改めの洗礼を迫りましたが、彼自身には、悔い改めて洗礼を受ければ罪の赦しが得られると言う考えは安易ではないかという不安が残りました。確信を持てません。ヨハネは自分で解決するのは不可能だと諦め、後から来る方に期待しました。その方が完全な解決を与えてくださるという、その切なる待望が、「わたしよりも優れた方が、後から来られる」という言葉になりました。ヨハネは旧約の終わりを告げ、新約の始まりの道を切り開いたのです。主イエスはヨハネのこの人々の罪の深刻さのメッセージを引き取るようにして登場するのです。

 ヨハネ福音書1章6節以下によりますと、罪の暗闇の中からどちらに向いて歩いて行けば良いのか、と罪の暗闇でつまづいている人たちに、洗礼者ヨハネが、主であるイエスこそが光であり明るいところへ開放してくださる方なのだ、と証ししたことを語っています。

 洗礼者ヨハネという人物は大きな影響力を持った偉大な人物でした。後に主イエスの弟子になるペトロやアンデレが、百キロ以上も離れていると思われる土地から噂を聞いてヨハネ教団に入団したのです。『使徒言行録』には、パウロがエルサレムから数百キロも離れているトルコのエフェソの町で洗礼者ヨハネの弟子たちに会ったと言うことが書かれています。(使徒19:2以下)このことからも、洗礼者ヨハネの弟子たちはパレスティナだけではなく、それ以外の所にも住んでいて、洗礼者ヨハネの名声は遠く外国にまで広がっていたということが分かります。だからヘロデ・アンティパスという王様は、その影響力をおそれ、自分の王位を奪われるのではないかと不安になり、先手を打って洗礼者ヨハネを捕らえ、マケラスの要塞の地下牢に閉じ込めたのです。主イエスと同時代のユダヤ人にヨセフスという歴史家がいます。わたしたちは主イエスの時代の歴史の詳細はこのヨセフスに負うところが多いのですが、このヨセフスがそういうことを書いています。

 福音書記者たちは、それが歴史的実像かどうかは別にして、洗礼者ヨハネは本当に光をもたらすメシアは自分ではなく、わたしの後から来られる方、つまり、主イエスこそ真実のメシアなのだ、ということを人々に説いたと記しています。つまり初代の教会の信徒の人たちは、洗礼者ヨハネの姿の中にキリスト者が本来あるべき姿を見ていたのだと思います。

 自分を誇るのではなく、主イエスを指し示す者だということに、初代の教会の人たちは、わたしたちキリスト者の人生のあるべき姿を見ていたのだと思います。

 フィンランドでは長く暗い冬が過ぎて暖かい夏の季節が来ますと、六月の第三土曜日には、このバブテスマのヨハネのことを覚えて盛大な夏のお祭りをいたします。その意味はまさに待望のヨハネと自分たちを重ね合わせて、主イエスを命の主、希望の光として指し示す生き方をみんなで確認するお祝いの祭りであったのです。

 キリスト者に限りませんが、わたしたちの人生というのは、己れを表現したり、己れの力を誇示したりするものではなく、洗礼者ヨハネの生涯が示すように、主イエスこそが光であり、救い主なのだと言うことを示すべきものなのです。洗礼者ヨハネが偉大な人物であっただけに、「自分はその履き物の紐を解く値打ちもない、奴隷がするようなことすらもする資格はないのだ」と言っていることは、わたしたちの心にしっかりと銘記すべきことなのではないでしょうか。わたしたちは己を誇示したり、己の力や業を誇るのではなく、あくまで主イエスを真実のメシアとして、救いの希望として指し示す洗礼者ヨハネの姿勢をキリスト者の規範として見てゆきたいと思います。

 お祈りいたします。

 神さま。罪を悔いては犯す、本当に力のない、肉に過ぎないものでありますけれども、そういうわたしたちを救うために、神さまは救い主をお与えくださり、ヨハネから始まって今日に至るまで教会を通してわたしたちにその救いの業を続けてくださっています。

 わたしたちが自分の犯した罪や自分の担っております弱さに心を奪われて、不安や恐れに沈むことなく、神さまの救いを仰ぎ見ることができますように、喜んで神さまの赦しの愛に立ち返ることができますように、わたしたちを導いてください。

 イエス・キリストの御名を通してお祈りいたします。    アーメン。
      
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「喜びと希望のうちに主を待ち望む」ルカ21:25-36
2024.12.1 大宮 陸孝 牧師
「しかし、あなたがたは、起ころうとしているこれらすべてのことから逃れて、人の子の前に立つことができるように、いつも目を覚まして祈りなさい。」(ルカによる福音書21章36節)
 ルカ福音書21章5節から38節は、マルコ福音書13章1節〜37節の「小黙示禄」を稿本(こうほん)にしてまとめた記録で、エルサレム滅亡と終末問題について、どのように考え、どう対応していくかという課題を、マルコの「小黙示録」の大半を継承しながら、ルカ時代の特殊な状況を踏まえて再構成したものであります。初代の教会の終末に関する考え方の内容と特徴の一つに、キリスト再臨の期待がありました。歴史の中で間近な時期にキリスト再臨が起こる、あるいは来て欲しいという信仰がありましたが、しかし、それは実現しませんでしたので、キリスト再臨は既に起こった。いや、遅延している。キリスト再臨はない。などの様々な意見が出て来ました。この問い直しを巡って、一、終末一般について考え直すこと、いかに考えるのが正しいか。二、教会は伝道するために、福音の内容について検討しなおすこと。三、キリスト再臨が無限定の将来に遅延するのであれば、それまでの間の時間をキリスト者は、与えられた人生をどのようにとらえていかに生きて行くべきかをを再検討すること、この三つのことが大きな課題となりました。

 そしてルカ福音書においては、福音の真理を証言するにあたって、永遠の救いを無時間の世界の中で想念する理念としてではなく、絶えざる変化を本質とする歴史の中で、人々に救いの恵みを与え、その人々によって歴史を新しく造り変えさせる力を与えるものとして受け止められ、その後の歴史を導く力の中心は、キリストであることを確認しています。

 初代教会成立以後、教会にとって決定的意味を持った出来事として、紀元後66年に始まり70年夏にエルサレム滅亡で終わったユダヤ戦争がありました。それまではエルサレムはユダヤ教の信仰的権威の拠点でありました。その滅亡はユダヤ人キリスト者たちにとって、ユダヤ教的信仰のこだわりから解放される機会となり、エルサレム在住のキリスト者たちは、エルサレム陥落に先立ってすでに、この地を捨てて、ヨルダンの東のペラに非難しています。そしてヘレニスト・キリスト者たちはギリシャのアンテオケ、エペソを拠点にして、視野を世界に広げて展開して行くこととなるのです。

 こうした状況の変化により、キリストの福音がユダヤ教的な性格及びその弊害とを脱皮して、普遍性を担って世界に展開して行く契機となって行きます。ルカはその動乱期を生き抜き、その試練を経て、経験した歴史的出来事を思い起こす時点に立ち、その歴史を背景にして この福音書とともに同一の歴史観に立つ続編の使徒言行録を編著したのでした。そしてルカは、キリスト者は歴史の中に生きる者として、歴史の中の教会の本質と働きを自覚して、終末の時に至るまで、福音に立って歴史に対して果たすべきキリスト者固有の責任と使命があることを指摘するのです。その責任の一つは福音の伝道と明かし、二つには終末に向かっての人生の責任ある歩みであります。このことに基づいて本日の日課21章25節から36節「ルカの小黙示録」第三区分「終末をめぐる心構え」の部分を読んで参りたいと思います。

 25節 ルカはこの直前の24節で「異邦人の時代が完了するまで、エルサレムは異邦人に踏み荒らされる」と記しています。この出来事はイエスがお語りになった40年ほど後、ローマ軍隊によってエルサレムの都と神殿が滅ぼされるという形で実現した訳ですが、この「異邦人の時代」というのはエルサレムに対する神の裁きの器としての役割を果たしたローマ帝国やもろもろの国が、今度は自分たち自身の罪に対して神の裁きがなされて終わりを告げるその時という意味ですので、紀元70年のエルサレム滅亡の後の何十年、何百年という年月が含まれている表現であります。それを受けて、25節「それから」と始まる28節までのところは、世の終わりと「その時」に起こる「人の子」イエス・キリストの来臨について語られて行くところであります。

 「それから、太陽と月と星に徴が現れる」「それから」というのは接続詞で、前の24節の言葉に続いて「それから」という出来事が起こるということです。この表現でイエスが語ろうとしておられることは、創造主なる神が秩序づけて来られた、このわたしたちの世界を、いままでずっと人間の管理に委ねて来られ、人間の的外れ(罪)によってその神の創造の世界が破壊されてきたのだが、それが取り払われて、新しい秩序に一新される時が来る、という出来事を示そうとしているのです。ルカ福音書の続編であります。使徒言行録の3章21節で「このイエスは、神が聖なる預言者たちの口を通して昔から語られた、万物が新しくなるその時まで、必ず天にとどまることになって」いて、この天から再び帰って来られる、と再臨のことを語っておられるのです。

  世の終わりと繰り返し語られますけれども、本当の意味で終わってしまうのではなく、「万物を新しくする、回復する、更新する」そういう出来事だと語っています。ヘブライ人への手紙12章27節で「この『もう一度』は、揺り動かされないものが存続するために、揺り動かされるものが、造られたものとして取り除かれることを示しています」。と語られています。「揺り動かされる」今の被造物は「取り除かれ」て、万物が新しくされ、「揺り動かされない」御国をわたしたちは受けるのだ、と語ります。

 しかし、ルカ21章25節の終わりから26節で、「諸国の民は、なすすべを知らず、不安に陥る。人々は、この世界に何が起こるのかとおびえ、恐ろしさのあまり気を失うだろう」と続き、ここに、真の神を知らない人々、天地を創り統べ治めて来られた真の神を信じていない人々、そして、その神がやがて万物を新しくされるという未来を信じていない人々の姿が描かれているのですけれども、ところがそれに対して27節から28節で「そのとき、人の子が大いなる力と栄光を帯びて雲にのって来るのを、人々は見る。このようなことが起こり始めたら、身を起こして頭をあげなさい。あなた方の解放の時が近いからだ」と、イエス‥キリストが再び弟子の所に帰って来られることを教えておられます。このことについては今までにも何度も語っておられます(12章40節、12章46節、17章24節等)。

 人の子イエス‥キリストが再び来られる時、それは「思いがけない時」であって、前兆はありません。そして、「稲妻のひらめき」のように、すべての人に対して一瞬に同時に起こることとして描かれます。そして、そのように主イエスが再び帰って来られることの意味は、世の創造主なる神を知らない人々に対する意味と、「あなたがた」つまり弟子たち、神を信じている人たちに対する意味とは全く違っている。あなた方にとっては「主人」があなたがたの所に帰ってくるそういう出来事なのだというのです。

 「人の子が大いなる力と栄光を帯びて雲に乗ってくる」現代のわたしたちが聞くと何か童話の世界のような表現でありますけれども、この「雲」というのは明らかに、神の栄光を表し、神のご臨在を示す徴としての雲のことです。人の子が来られるならば、「あなたがたの解放の時が近い」。「時」という言葉はここでは実際には用いられてはいません。「あなた方の解放は近づいた」です。ここで解放と訳されております言葉は、ルカ福音書では一度だけ出てくる言葉ですけれども、パウロ書簡では何度も出てくる言葉で、そこでは「贖い(あがない)」と訳されています。〈罪の精算をし、代価を支払って、そして罪の宣告から自由にしてもらうこと〉これをパウロ書簡では「贖い(あがない)」という言葉で言い表して来ました。今ルカはそういう意味で解放という言葉を使っています。迫害や試練の中で苦しめられていますあなた方が、贖われる、解放される、救われる。そのことが近いというのです。

 だから「身を起こして頭を上げなさい」。「身を起こす」「頭を上げる」というこの二つの言葉は詩編43篇7節「城門よ、頭を上げよ、とこしえの門よ、身を起こせ。栄光に耀く王が来られる」。同じく9節「城門よ、頭を上げよ、とこしえの門よ、身を起こせ、栄光に輝く王が来られる。栄光に輝く王とは誰か。万軍の主、主こそ栄光に輝く王」を引用したものです。神の契約の箱がエルサレム神殿に運び込まれる時、神殿の大きな門が「身を起こし、頭を上げよ」と呼びかけられたように、栄光に輝く主が再び来られます時、しもべであるわたしたちは解放され、救われた者として「身を起こし」「頭を上げて」、このご主人の帰りを喜んで迎えなさい、と奨められているのです。

 諸国の民はおじ惑っています。神を知らない者、信仰を持たない人たちと、この栄光に輝くご主人のお帰りを、身を起こして、しっかりと威儀を正してお迎えする僕たちと、みごとな対比にふるい分けられています。最後の審判とはこのふるい分けです。同じ人の子の再臨でありますけれども、それを本当に、「身を起こし」「頭を上げて」喜びをもってお迎えすることができる者、このような人たちが本当に救われた、贖われた民であると明言され、また、約束されているのです。

 29節〜33節はこの世の終わり、すなわち、「万物が新しくなるその時」に対するわたしたちの姿勢について語られます。29節から31節までは譬(たと)えが語られ、その後に32節と33節に主イエスの二つの言葉「滅びる」「滅びない」という言葉が三回出て来まして、この言葉をつなぎ言葉としてつないでいるという形になっています。ここで使われている「滅びる」という言葉は、本来は「移りゆく」とか「通り過ぎる」という意味のことばで、たとえばイエスがゲッセマネの園でお祈りをされて、この苦しみの時を「過ぎ去らせ」てくださいと祈られたあの「過ぎ去らせる」という言葉です。ですので、ここでも世の終わりは、終わって消滅するのではなくて、万物が新しい天と地に代わることであるという観点から言われています。ですから「天地は滅びる」というよりも「天地は移りゆく」と訳した方が適訳であったかも知れません。

 譬(たと)えで話されている『イチジクの木や、他のすべての木を見なさい。葉が出始めると、それを見て、既に夏の近づいたことがおのずと分かる。それと同じように、あなたがたは、これらのことが起こるのを見たら、神の国が近づいていると、悟りなさい。』この譬えは、共観福音書のマルコやマタイの平行箇所では、『イチジクの木』と限定されているのですが、ルカでは、それに限らず「ほかのすべての木」と拡大されています。「イチジク」は冬の間に葉を落として、春のなると、葉が出始めますから、時の徴としては大変わかりやすく、目立つのですが、「ほかのすべての木」となると、一年中葉をつけている木も多くありますから、春先に新しい葉が変わっていくのはあまり目立ちません。それでわかりますように、イエスがここで語っておられることは季節の移り変わりについて漠然とした表現で、時の徴をいっていることになります。はっきりと何月の何日とこだわった言い方をしていないということです。「おのずと分かる」自然の命の営みのサイクルから会得する知識や判断を強調しています。おのずと分かるとは、「自分自身に基づいて知る」ということで、他人から教えられたり、世の中の動きに流されたりする必要はないと言うことです。各自が自分で判断すると言うこと、また判断できると言っておられるのです。

 今の時は途中であり、漠然としているようだが、春がくればもう夏だと分かる。この「夏」と訳している言葉は、もともとは「刈り入れをする。収穫をする」という言葉から派生した名詞ですので、世の終わりをたとえるには大変適切な言葉であったのです。世の終わりとは単なる終点なのではなくて、むしろ万物が更新され実りを刈り入れる時であるという積極的な意味が込められているのです。そこでイエスは「神の国が近づいていると悟り、知りなさい」とたたみかけているのです。歴史の実りを刈り取る「夏」、神様の世界支配が完全に達成される「神の国」、これが近づいている。歴史を注意深く見ているならば、歴史には必ず借り入れ時がある。結果が伴う。その結果とは「神の国」が来るということで、それは自ずと分かるはずだ、という趣旨のことばです。

 32節は直訳しますと「真実にわたしはあなた方に言う。すべてが成るまではこの世は決して過ぎ去らない」です。そして33節「天地は移り行くが、わたしの言葉は移り行くことがない」と続きます。「この世代」と「天地」とが対比されています。わたしたちの常識では、「この世代」と「天地」が対比される時、「世代」の方は移ろいやすい、次から次へと世代交代して行くもの、それに対して「大地」は不動のもの、びくとも動かない恒久的なものと言うのが普通のとらえ方です。コヘレト1章4節に「一代過ぎればまた一代が起こり、永遠に耐えるのは大地」と言われています。この常識的対比が、今、イエスの言葉では逆に表現されています。「すべてが成るまでは、移ろいやすい世代でも移ろわない」と言われているのです。「神の新しい創造の業が完成するのは、世代が移ろって行くよりも確実である」とイエスは、どちらが確実性が高いかを表すヘブライ的な表現で、イエスの御言葉の確実性を断言しているのです。「天地よりも確かな神御自身から出る御言葉だから」という意味が込められているのです。イエスは力を込めて「天地は過ぎ去っても、わたしの言葉は過ぎ去らないのだ」と、ご自分の言葉の確実さを確信しておられたのです。その根拠が、「わたしの言葉は神の言葉であり、神の言葉は必ず成る」と言うことです。

 34節〜36節 31節から、歴史を注意深く見て、神の働きが完成する時の近いことを知りなさいと勧告されましたが、34節〜36節にはさらに二つの勧告がなされます。ここは21章7節から全体を通しての結論部分でもあります。34節前半と36節とに二つの勧告の言葉があり、その間の34節後半から35節にかけて、その二つの勧告が出てくる根拠・理由が述べられています。先ず勧告の理由・根拠から見てみます。

 「さもないと」原文のギリシャ語では、「さもないと」という接続詞は出て来ません。ただ「そして」とあるだけです。ですから直訳すると「心が鈍くならないように注意しなさい。そして・・・」となるところです。心が鈍くなることと、その日が不意に襲うこととの因果関係はここには表現されていません。「その日」とは何の日なのか、これまでの7節から続いて来た長いイエスの御言葉の中には「その日」と受け止める「日」は全く出て来ていないのですが、21章の終わりの時に関する教えの中で考えますと、36節に「人の子の前に立つこと」という表現が出て来ますので、「人の子が現れる日」という意味に受け取れます。それを通して読み直すと、「その日」、人の子の日が、「不意に襲う」突然訪れると受け止められます。一つは人の子が突然やって来ると言うこと、二つにはその時は「地上のすべての人に」同時にやって来るということがある(35節)ので、それで34節と36節の実際的な二つの勧告がなされることにつながります。

 その勧告の第一が34節後半の「放縦や深酒や生活の煩いで、心が鈍くならないように注意しなさい」と言うことです。自分自身の生き方に気をつけなさい。日々緊張のうちに生活しなさい。注意すべきことは、自分の体の具合とか環境の問題よりも、それぞれ自分自身の心がどういう精神的状態にあるかに気をつけなさい。とりわけここでは心が鈍くならないようにと言われています。もともとは「鈍くなる」は、「重荷になる」とか「重さで圧迫される」という意味で、この言葉が「心」に使われる場合は、モーセと対決したエジプトの王ファラオの心は頑迷であると神様が語られた、その言葉です(出エジプト7・14)心の正常な感性を失うことです。心が鈍くならないように注意するとは、自分の心が健全で鋭敏な感性を保持しているかどうかを注意しなさいと言うことです。昔は人生を失敗に導くのは「放縦」と「深酒」と「生活の思い患い」だと言っていたと言うことでしょうか。恐らくこの世の世俗的な享楽に心を奪われ、それに酔いしれること、あるいは世俗的な生活に疲れ思い患うことがないようにと奨めていると言うことでしょう。

 36節 実際的な第二の勧めです。「しかし、あながたがたは、起ころうとしているこれらすべてのことから逃れて、人の子の前に立つことができるように、いつも目を覚まして祈りなさい」。第一の勧告が、わたしたちの「心」を正しく健全に保つために世との関係に注意するということを促しているのと比べますと、第二の勧告は、神様との関係でわたしたちに注意を与えるものです。「いつも、どんな時でも、あらゆる時に」は「目を覚ましている」と「祈る」の両方にかかると見ることができます。「祈りつつ、目を覚ましていなさい」という言い回しです。「いつも神様に向かって信仰と愛と希望を持って向き合い、生きていなさい」と言っているのです。

 「すべてのことから逃れて」すべてのことの中には、12節〜17節までにイエスが弟子たちに覚悟を迫られた迫害だとか試練だとか弾圧だとかいうものが含まれているのですから、逃れることのできない苦難に対する勧告でありますので、逃れるのではなく、むしろ「耐え抜く」こと、そういう意味で言われているのだと解釈すると、19節で「「忍耐によって、あなたがたは命を勝ち取りなさい」と勧められたのとほぼ同じことを言われているということになります。迫害は逃れられない、試練は逃れられないけれども、それらのことを通して自分の命をしっかり勝ち取るだけの力、強い意志を持ちなさいというのです。

 そして、そのことによって、たとえ、「突然、不意に」人の子が来られても、盗人に襲われるような襲われ方ではなく、待ちに待った恋人と出会うような喜びをもってわたしたちは人の子を迎えられることができる。不意に来られるとしても、待っております者にとっては、それはうれしい出来事として訪れるということです。そのように、「来られた方の前に立つことが出来るように」この「できるように」も、「強さを持って」「力を持って」です。「起ころうとしているこれらのすべてのことを耐える」ことと「人の子の前に立つ」ことの両方にかかっています。悪に抵抗し、試練、苦難、迫害に耐え抜き、再臨の人の子の前にしっかりと立つように、いつも目を覚まし、祈りなさいこう勧められているのです。

 お祈り致します。

 主イエス・キリストの父なる神様。わたしたちが恵みにより救いに入れられた日から、確実に救いの完成の日は近づいております。救い主イエスがいつ来られるにしても、わたしたちがいつでも、喜びをもって再臨の主をお迎えすることができますように、あらゆる時に目を覚まし、祈り、世に対しても心を健全に保ちながら、一日一日を過ごして行くことが出来ます者とならせてください。

 このお祈りを主イエス・キリストの御名によってお祈り致します。  アーメン
      
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