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1952年宣教開始  賀茂川教会はプロテスタント・ルター派のキリスト教会です。

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2024年9月礼拝説教


★2024.9.29 「小さな者と共に生きる」マルコ9:38-50
★2024.9.22 「神は全ての人を恵みの内に招いておられる」マルコ9:30-37
★2024.9.15 「決断の時ー神との生ける交わりへ」マルコ8:27-30
★2024.9.8 「熱意と信仰をもって救いの恵みを求める」マルコ7:24-30
★2024.9.1 「虚栄を捨て神に立ち帰る」マルコ7:1-23

「小さな者と共に生きる」マルコ9:38-50
2024.9.29 大宮 陸孝 牧師
「わたしの名のためにこのような子どもの一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである」(マルコによる福音書9章37節)
 ルコ福音書8章27節から10章52節までの部分は、「エルサレムへの道」という主題のもとに括られているところです。この道中を記すにあたり、マルコは特に、イエスが顔をエルサレムに向け、先頭に立って、決然と十字架の贖(あがな)いの死を目指して歩んで行く、そのすさまじい勢いを、生き生きとした筆致で描写しています。

 この部分で特に注目しなければならないのは、8章31節〜32節、9章31節、10章32節〜34節の三箇所で、それぞれ受難・復活予告がイエスによってなされていることです。この三回の受難予告は、どれも、その受難の事実と意味を十分に理解することが出来るように、イエスが救い主として十字架の贖(あがな)いの死へと歩んで行くのは、神の明白な意思によってなされることであると弟子たちに示すことが目的であります。そして、この受難・復活予告は単なる予告に留まるものではありません。イエスの弟子であることの厳かな内容と、厳しい条件を明白に語ることが、それぞれの予告に直接結びつけられています。マルコ福音書では、イエスの十字架にも含蓄されているように、イエスの弟子であることは、自分を捨てて、苦難のイエスに従って行くことであるとの再度の確認でもあるのです。

 9章の第二回目の受難予告に基づいて弟子であることの厳しさを襟を正して教えた弟子たちに、本日の箇所ではさらにエルサレムへの道を歩みつつ、十二人を訓練し、十字架の奥義を伝え、エルサレムに着くまでの間に、弟子たちを教育し整えて行くイエスの姿が描かれて行くのです。

 弟子たちを教育し整えて行こうとするイエスの意図と熱意に対し、弟子たちの反応はどうであったのか、マルコは、十二弟子の無理解を丹念に描写しています。第一回目の予告では、神の意図ではなく、人の側の都合に立ってイエスをいさめるペトロが、イエスから叱られています。ペトロの「いさめる」は、イエスの「叱る」と同じ語です。実は汚れた霊を追い出す場合の強い言葉であります。第二回予告では、イエスの言葉を悟らないだけではなく、尋ねるのを恐れています。そして、その結果として、仲間の中で誰が一番偉いのか、という議論が起こることとなって行きます。そこで、「一番あとになり、みんなに仕える者となれ」とのイエスの粛然とした教えがなされて行くのです。十二弟子の無理解とイエスの叱責のやりとりは迫力に満ちていて、読み返すほどに、イエスご自身の憤りと熱愛が伝わって来ます。

 このような背景に照らして、本日の日課ですが、第二回の予告に続く弟子たちの間の優位争いに対するイエスの峻厳な教えに直接結びついています。直前の37節で「わたしの名のためにこのような子どもの一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである」と語られた、恐らくこの「わたしの名」という言葉を受けてであろうと思われますが、弟子の一人ヨハネが、別の話題をイエスに持ちかけて来ます。「先生お名前を使って悪霊を追い出している者を見ましたが、わたしたちに従わないので、やめさせようとしました」
 その当時、悪霊追放の業を行っていたのは、イエスだけではなく、また悪霊追放を行う際には、権威を持つ人の名を口にすることもよく行われており、その中で、イエスの名を使い、悪霊追放を行う人たちが登場していたということでしょう。そのイエスの名を使って悪霊追放を行っていた人は、イエスのことを噂で聞いただけだったのかも知れません。また実際にイエスが悪霊追放をされたその現場に居合わせていたことがあったのかも知れません。頻繁(ひんぱん)にイエスの名を用いて悪霊追放を行い、その実績を上げていたと思われます。

 ヨハネは、兄弟ヤコブと共にイエスから、「ボアネルゲス」(雷の子ら)というあだ名をつけられていました(3・17)このあだ名から、激しい性格の持ち主であることが覗われます。そのヨハネが、主イエスの名を無断で使い、悪霊を追い出していた人を見つけて、激しく怒り、そして、「わたしたちの主イエスの名を使うのであれば、わたしたちに従って来てもらいたい」と主張し、「従って来ないのならば、もう二度と主イエスの名を使わないでいただきたい」と大きな怒鳴り声で、その人に命じたのであろうと思われます。

 39節 前節の「やめさせようとした」の未完了過去形は、やめさせようとしたが、その通りにはならなかったことを表しています。イエスを信じるがゆえに、イエスの名によって活動していたこの人は、制止を拒むだけではなく弟子集団について行くこともなかった。「やめさせてはならない」とのイエスの厳かな命令は、イエスの名を信じ、それに基づいて活動する無名の人を認証し、弁護すると同時に、十二弟子への厳しい叱責ともなっています。ここでの中心主題は「受け入れる」ということです。イエスが幼子を抱いて四回繰り返して言われた言葉が大きな意味をもってここで反響しているのです。この無名の人を受け入れないことはわたしを受け入れないことだ、とイエスは戒めているのですが、その意味は何か。

 マタイ福音書12章30節に「わたしに味方しない者はわたしに敵対し、わたしと一緒に集めない者は散らしている」と、イエスの言葉が記されています。「わたしと共に集め」るという、救い主としてのこの世でのわざは、イエスとイエスの弟子たちとの共同の働きであり、それゆえに、イエスは、無理解に陥り、他の人びとを排除しようとする弟子たち、敢(あ)えて言えば、ヨハネこそイエスの名を使う資格のない者であった。「イエスに逆らわない者」どころか「イエスに逆らう者」であったということです。イエスはそのヨハネをさえご自身に結びつけて、あえて、「わたしたち」と言っておられるのです。弟子たちを共に働く者としてご自身に結びつけた目的は、弟子たちの働きによって、他の人びとを、救い主ご自身に導き、救い主の恵みのもとにこの人びとを一人残らず集めるためなのです。この大いなる主の働きを認めて、広い度量で、細心の注意をもって自らも働き、他の人たちの働きをも認め、その人を受け入れなさい、とイエスは諭しておられるのです。

 弟子たち以外の他の形の服従の道もあり、神からの務めの委託もあるということです。イエスの名によってなされている力ある業は、神が彼らをも用いておられることを、誰も否定できないほどの明白さをもってかがや耀くものでもあるのです。霊的に鈍く、なかなか神の救いの業を理解できないでいる弟子たちに、この後続いて起こるであろう信仰の飛躍を待っておられる主イエスの姿をここに見るべきであります。主はやがて全ての人が主の十字架と復活に対する信仰をもって、主のために身を捧げるものとなって欲しいと願いまた祈っておられるのです。

 41節の主イエスの言葉「はっきり言っておく。キリストの弟子だという理由で、あなたがたに一杯の水を飲ませてくれる者は、必ずその報いを受ける」も、やはり後の弟子たちや教会を見据(みす)えて語られた言葉であると推測されます。この言葉を直訳すると「あなたがたが『キリストのもの』だという名のもとにおいて」と、「名前」が強調されていますので、ここは、天における報いということよりも、それ以上にキリストの名が受け入れられることの喜びが語られていると見ることができます。一杯の水というほどの些細なことであるにしてもそこに表れている、キリストの名が受け入れられていることを天が(神が)喜んでいると語っているのです。この神の受容をこそわたしたちはしっかりと受け止めなければならないのです。ヨハネは後にこの天の喜び、つまり神の贖いの赦しと受容を知り、その救いの招きに入れられて初めて真の弟子とされた喜びに生きる者とされて行くのです。

 42節〜49節 カファルナウムの恐らくシモンの家での情景がまだ続いているとすれば、イエスの抱いた幼子が、まだ弟子たちの目の前にいたであろう、その幼子に重ねるようにして、イエスは「わたしを信じるこれらの小さい者の一人」と語られているのでしょう。37節と42節とを繋げて読みますと、小さい者を受け入れるのか、あるいは、つまづかせるのか、という決断的な態度の相違が明確に浮かび上がって来ます。「わたしを信じる」とわざわざ断っていることは、イエスの名によって悪霊を追い出していた人の信仰とも関連しているとも考えられます。十二人の弟子たちに決して劣ることのない人の行為をやめさせようとすることは、その人を躓(つまず)かせる危険をもはらんでいます。「大きな挽き臼を首に掛けられて海に投げ込まれてしまう方が遙かによい」ここで、イエスは恐るべき審判の宣言をすることによって、神の贖いの愛に生きるか、それとも自分の義に生きることによって、自分も苦しみ、なおかつ他の人を躓かせるかの二者択一的な決断を厳しく迫っているのです。

 そしてさらに続けて、自分を躓かせることに対する終末的な審判が警告されます。「あなたの片手・・片足・・・片目・・・」の「あなた」は、いやしくも、キリストの尊い血によって贖(あがな)われた価値ある存在の「あなた」のことです。そのあなたの手、足、目はそれを通してイエスの贖(あがな)いの愛からわたしたちを引き離す誘惑に最も陥りやすいものでもあります。「切り捨てなさい」「抜き出しなさい」はそのあなたが陥っている誘惑を「直ちに」、「決定的に」「決断的に」断ち切りなさいと具体的な服従のあり方が、わかりやすく日常的な表現をもって語られているのです。地獄の消えない火は、尽きることを知らない神の裁きのことで、四八節の裁きの苦しみとは、その罪の現実の中で意識のあるまま苦しみにさいなまれ続ける状態のことであると、罪の結果が描き出されています。これに対し、命は、永遠に神とともにある祝福であり、その祝福と喜びこそが、神の国の内実なのだと宣言されています。

 50節 互いに優位争いをして、小さい者を排除するような、心が病んでいるようなあり方は、せっかくの、イエスの十字架の贖(あがな)いによる罪からの解放の恵みを無にする結果を産み、自分がつまずくだけではなく、そのつまずきの中に他の人をも巻き込んで行く最悪の事態になる。そのような軽率なあるいは悪意に満ちた言動によって自分も他の人をも神から切り離すような重大な結果を惹き起こしてはならないとイエスは警告しているのです。そのことを示すためにイエスは厳しい裁きを語り、罪の結果の恐ろしさをたとえで語っているのです。そしてさらには、主イエスは弟子たちに警告を語るとともに、自分と他者の間に生かし合う新たな愛の関係を築き上げるように促しているのです。

 自分の内面から生じてくるキリストへの背反や罪への誘いに気がついたときには、それに勝利するための真剣な戦いを挑めとイエスは奨めます。肉体の病でしたら、病んでいる部分を切除する手術によって、健康が回復したり命が保たれたりすることはあるでしょう。それでは、自分自身をキリストから切り離そうとする罪という霊的な病の場合はどうすればよいのでしょうか。ここで比喩的に言われている手とか足とか目の実際の切除によってなされるものではなくて、「火で精錬される」すなわち神への信頼の内に、試練と向き合い、真剣な祈りを伴う敵対するものとの血を流すほどの戦いによって「命にあずかる」、真の命を得ることや、「神の国に入る」ことが出来る者とされるとイエスは語るのです。

 そして最後に「自分の内に塩を持ちなさい」と教えられます。金属の鉱石が火で精錬され、純度を高めてゆくように、わたしたちも試練や霊的な戦いを通して、邪悪なものや不信仰なものを取り除かれて、神の国の一員に相応しい者とされて行くのです。これは神からの賜物すなわち永遠の命のことです。その与えられた新しい命をわたしたちは兄弟たちの信仰のために、彼らの慰めや励ましのために、そして教会のさらなる成長のために用いて行くことが求められているのです。

 お祈りいたします。

 父なる神様。一週間の始めにわたしたちを礼拝に招き集めてくださり、聖書の御言葉からあなたのみ心を学び、豊かな養いに与る幸いを得、またあなたの御名をともに褒めたたえる時を過ごすことが出来ましたことを感謝致します。

 本日この礼拝に出席できなかった方々もおられます。悲しみ、悩み、病や、看取り、人生の様々な重荷を負っておられる方々、また魂の飢え渇きを覚え、あなたの御心をしたい求める一人一人に慰めと癒やしと励ましを与えて、日々わたしたちの心の糧としていただきますあなたからの御言葉の確かさにしっかりと人生の土台を据えて歩む信仰の決心をもう一度新たにすることが出来ますようにお導きください。

 このお祈りを主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。  アーメン

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「神は全ての人を恵みの内に招いておられる」マルコ9:30-37
2024.9.22 大宮 陸孝 牧師
「わたしの名のためにこのような子どもの一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである」(マルコによる福音書9章37節)
 マルコによる福音書全体の構成は大きく三つに区分されます。ガリラヤ周辺を舞台とするイエスの活動を記した第一区分 1章1節から8章26節、ガリラヤからエルサレムへ向けて受難へと向かうイエスを記した第二区分、8章27節から10章52節、エルサレムでの受難のイエスを記した第三区分、11章1節から16章8節です。本日の日課は第二区分に位置していまして、この第二区分の中にはガリラヤからエルサレムへと繋ぐ受難予告が三回反復されています。その受難の予告の度に繰り返し、無理解な弟子たちの姿が描かれ、その都度、イエスの道と弟子のあるべき道、イエスに従う道が提示されている、そのような文脈の中で、本日の日課の箇所は第二の受難予告とその後に続く「誰が一番偉いか」を巡っての記事、そして後半は「幼児受容」に関する記事となっています。

 この第二回目の受難予告は第一回目と第三回目の受難予告とは違って、イエスが短く受難予告を語るという、わずか一節の単純な構成になっています。30節は「一行はそこを去って、ガリラヤを通って行った」と告げます。一行とは前後関係から弟子たちであることはまちがいありません。「そこ」とは、その直ぐ後にガリラヤという地名が続くことを考えれば、直前の8章27節の場面設定として提示されている「フィリポ・カイサリア地方」を指しているものと思われます。「去って」という動詞は、マルコ福音書の中でよく用いられる言葉で、「行く」「来る」「出て来る」などいろいろな意味がある不定法過去分詞で、次の「通って行った」という主動詞につながってゆき、ここではイエスと弟子たちが「そこ」から移動してすぐに次の行動に移ったことを表し、さらに「何かのそばを通って行く」ことを意味し、その「そば」に当たるのが「ガリラヤ」ということで、ただ単にそこを通ったまたは通り過ぎたことを言おうとしているのではなく、「ガリラヤ」という土地での今までの活動をここで終え、意思を持って新たに歩みだして行くという含みを持っていることばです。その意思がどういうものであるかを暗示しているのが、さらに次ぎに続く言葉であります。

 「しかし、イエスは人に気づかれるのを好まれなかった」。ここの「好まれなかった」は「何かを望む、欲する」を意味していて、動作の主体の意思を表す言葉です。1章40節以下に「重い皮膚病を患った男の物語」がありますがその男はイエスに「もしあなたが望むなら、あなたはわたしを清めることができる」と話しかけ、イエスは「わたしは望む、あなたは清められよ」と答えています。ここで、「人に気づかれる」と訳されている部分は、直訳すると「ある誰かが知る」という意味になり、知識として何かを知るということを意味します。単に何かを感じる、または何かに気づくというよりも、しっかりと理解する、認識することを意味しています。つまりここで、イエスは誰かになんとなく気がつかれるということではなく、はっきりと認識されるのを望んでいなかったのだと告げているのです。その理由が示されるのが、31節の前半です。

 イエスは1章38節で「近くの他の町や村へ行こう。そこでも、わたしは宣教する。そのためにわたしは出て来たのである」という言葉やガリラヤの町や村で行われた数々の奇跡物語が語られていますが、そこからイエスは群衆と離れて活動することを望み始めたと解釈する人もいますが、しかし、ここでは単に群衆を忌避したということとは違います。と言いますのは、10章1節で改めて群衆にいつものように教えるイエスの姿を描いているからです。唐突に人に知られることなくガリラヤを去るという表現で何を言おうとしているのか。この描写はイエスの内面で何かが変化した、新しいことに向けてのイエスの意思が動き出したことを暗示しているのです。「なぜならば」という言葉で31節に繋いで次のようにそれを説明しています「それは弟子たちに言っておられたからである」イエスが語られ、教えられて来た内容に沿ってこれから動き出しますよという意味合いを強く持っている言葉です。それは何かと言いますと、受難予告であります。それで、第二回目の受難予告が次に語られるという流れになるのです。つまり、イエスは予告した受難に向けて、これから、ガリラヤを出てエルサレムへ決然と歩み出すということを言っておられるのです。

 「引き渡され」は、「手から他の人へ何かを渡す」ことで、受け身の現在形で記されていますので、今それが起こりつつあることを示しています。「殺される」という言葉も内容的にほぼ同じことを連想させようとしているのですが、ここは未来形になっていますので、確実に起こる未来の出来事として示されています。さらに殺されて「三日の後に復活する」は、神の出来事の迅速性を言い表したもの、つまり、人間の罪の故に殺されるということが起こるのですが、神はご自分の支配の権能によって迅速に、確実にそれを回復されると語っておられるのです。人間の罪の結果を超える神の新しい創造の業が、決然とした神の意志によってこれから行われるのだとの宣言です。

 32節「弟子たちはこの言葉が分からなかった」弟子たちの無理解の描写によって受難予告は結ばれます。「分からなかった」は「無知である、知らない、理解しない」ことを意味します。未来完了形ですからそれが継続されていることを示しています。イエスの語ったその言葉自体を全く理解できなかった弟子たちの姿が描かれています。そして、弟子たちは今まで分からないことについてイエスに質問していたのに、ここでは質問しなかった。「怖くて尋ねられなかった」と報告しています。弟子たちは、イエスの緊迫した雰囲気、決然たるイエスの言外の気魄に対する弟子たちの戸惑いと恐れを直截に伝えているのです。これが弟子たちの現実でした。弟子たちのこの否定的な姿で終わる結びは、弟子たちのその後の行動選択の可能性を開いたまま終わらせているとも考えられます。

 フィリポ・カイサリアからガリラヤを通って歩み出すイエスの歩みは、、エルサレムへの受難の道という救い主本来の目的に沿った道へと、決然と歩み出すことを意味し、それ故に、第二回目の受難予告がなされるのですが、しかし、イエスの宣教について理解し、イエスに従っている筈の弟子たちは、その宣教の本質的なことは何一つ理解せず、恐れて質問することすらしなかったのです。この結末の意味することは、弟子たちの無理解にもかかわらず、この出来事において主体的に行動するのは、神ご自身なのだということを明言しているとも言えます。人の思いを超えて、神が人類の罪を購うために、その子イエスを人類の手に引き渡して殺させたもうという驚くべき神の摂理がここに啓示されていると見ることができます。ここでは弟子たちの行動には変化がなく、次の節では、すぐさま誰が一番偉いかを議論する行動に出ているのですが、これも神の計画の筋書きの中に織り込み済みということになるでしょう。

 33節〜34節、ここは35節以下への展開のための導入句です。「そして彼らはカファルナウムにやって来た」カファルナフムはイエスが宣教を開始した町で、ガリラヤ宣教の拠点としていた所です。エルサレムへの旅立ちに際して、ここにいくつかのイエスの言葉を集めています。(33節から50節)本日は37節までと38節から50節までが次週の日課となっています。フィリポ・カイサリアでの再度の受難予告の後、緑深いこの地で、残された僅かな時間を用いてイエスは弟子たちに集中的に語られたことがここに集められています。イエスに従うことがどういうことなのか、極めて具体的な弟子たちへの教育指導の言葉ですが、統一した主題を設定することは困難でイエスの弟子として心に銘記し、記憶すべき大切なイエスの言葉を覚え易いように繋ぎ合わせたという印象を受けます。

 弟子たちが第二回の受難予告の後にも「弟子たちはこの言葉が分からなかった」(32節)と記され、その流れの中で、問いかけるイエスの姿と弟子の無理解とを鮮やかに浮かび上がらせています。ローマの支配がこのカファルナウムにも浸透し、異文化との接触の中で惹き起こされているいろいろな問題を孕み(はらみ)ながらも、特異なイエスの教えが語られる場として、群衆から弟子たちを引き離して、「家に着いて(家の中で)」イエスと弟子たちとの緊密な関係の中で、この問いかけがなされます。弟子と道中を共にされた筈のイエスは弟子たちの話題を感知しておられたにもかかわらず『途中で何を議論していたのか』と改めて問われます。弟子たちは触れられたくない私語について、予期していなかった問いかけを受け「彼らは黙ってい」ました。受難を予告し、それを受容してエルサレムへの旅立ちを決意しているイエスの意思と、弟子たちとの間の大きな乖離がここで表面化します。

 受難の予告を聞いた弟子たちの心の中に渦巻いていたのは「偉大になりたい」という願望でした。それが議論の内容でした。「誰が一番偉いか」一番偉いは、「メガス」(大きい)の比較級の形ですが、ここでは最上級の意味です。メガスは形、数量の大きさをはじめとして、能力、徳、権威など質的な大きさ、立派さといった多様な意味を持っていて、社会的な地位、順位はもとより信仰の深さから奉仕の度合いまで、とにかく神の前での序列をも含んでいるものと見ることができます。マタイはこれに加えて「天国では」という条件がつけられています。

 「途中」でという言葉が二度も繰り返されていますが、わたしたちは日常的な生活の中でも、また人生の旅路の途中でもなんとしばしば「誰が一番・・・か」という他者との比較、順位争いに関して話題にすることが多いことか、弟子に問いかけるイエスはまた、わたしたちが熱中している話題を側聴して「あなたは何を論じているのか」と、わたしたちにも問いかけておられるのではないでしょうか。この時わたしたちも沈黙することになるのでしょうか。弟子の現実はわたしたちの現実でもあるということです。このようなわたしたちの罪の現実の故にこそ、今イエスはエルサレムへの十字架へと向かおうとしているのだということです。

 35節 弟子たちの権力争いは実は一回限りのことではありません。この後々まで繰り返されています。10章35節以下で第三回の受難予告の後に、ヤコブとヨハネが「あなたが栄光をお受けになるとき、一人をあなたの右に、一人をあなたの左にすわるようにしてください」とイエスに求めるのです。受難のメシアとして十字架への道を進み行かれるイエスの終わりを目前にして、弟子たちの無理解は極まり、両者の隔たりは深まって行きます。イエスはこのふがいない弟子たちにその使命を委託すべく、さらに弟子としての道を説き続けて行くのです。

 競争心は、人が生きて行く上で必要とされていると見るのが現代の社会です。生存競争の激しい今日の競争社会においては、生き残るための不可欠の条件であるとも言えます。それが欠如したら社会の発展も成長もなく、落伍者が続出していくだろう、と多くの人が考えています。しかし、イエスの価値観はそれとは異なっています。「一番先になろうと思うならば、一番後になり、みんなに仕える者になりなさい」というのです。これは単なる謙譲の美徳の教えではありません。一番偉くなる上昇志向に潜んでいる無意識的な他者排除の精神を砕こうとしているのです。一人の人間の生存権、人間の尊厳を傷つけてはならないという愛の教えに基づいている教えです。「仕える者」とは、食事の給仕をする人、他者に食事を提供し、その人の生命活動が生き生きと営まれるように仕える人、一人の人間を全存在的に生かすために、その命の根底を支える人のことです。このように仕えることによって、自らも生かされる道がある。ここに人が人として生かされる究極の道があると、イエスは語られるのです。

 イエスはさらに弟子たちの世俗主義を打ち砕くために、言葉によって教えるだけではなく、象徴的な行為をもって示そうとされます。イエスが弟子たちに囲まれて座っているその家に、一人の幼子がおりました。恐らく騒々しく飛び跳ねて遊んでいて、弟子たちにとってはあまり好ましいことではなかったに違いありません。静かにイエスの言葉を聞くことを妨げるわずらわしい存在であった幼子をたしなめる者もいたでありましょう。イエスはその子どもの「手をとって(つかまえて)」「彼らの真ん中に立たせ」「抱き上げ」て言われます。「このような幼子の一人を受け容れなさい」と。イエスのこの言動は弟子たちにとって驚きであり、予想外でありました。

 イエスは幼子の無邪気さ、無心さ、低さ、罪の無さ、汚れの無さを、天使のような存在として受け容れよといっているのではありません。幼子といえども、弱い者をいじめる残忍性を持っています。幼児は無心でかわいい存在ではありますけれども、反面世話が架かる存在でもある。一人の幼児の成長の過程には、並々ならない両親、さらには多くの養育者たちの骨折りがあります。そのような手のかかる者、今、他者の助けを必要とする一人の人を受け容れるかどうかが問題とされているのです。

 そしてさらに、この言葉の真意は、マタイ福音書の平行記事を参照することによって深められて行きます。マタイは「一人の幼子」を「わたしを信じる小さ者の一人」に言い換えて、さらに「わたしの弟子であるという名のゆえに、この小さい者の一人に」と言い換えています。つまり、「幼子」「小さい者」「弟子」の言い換えがここにあります。幼児受容のイエスの言葉は弟子受容の言葉に関するものでもあったのです。弟子たちはイエスの真理のことばを何度聞いても悟ることのない無力な者たちでありました。その弟子たちを神は憐れみと恵みをもって受容し神のために働く者へと育てて行こうとされていることに目を向けていかなければならないのです。

 イエスに従う者の群れは、幼子を、今助けを必要とする人を受け容れる群れであります。パウロがローマ人への手紙の中で「信仰の弱い者を受け容れなさい」((14・1)「わたしたち強い者は、強くない者たちの弱さを担うべきである」(15・1)と言っていますが、誰が強く誰が弱いかを判定することは難しく、受け容れる側が受け容れられる側に立場が逆転することも起こります。受け容れる側の立場が固定化し、一つの位置づけになることなく、神の前に、すべての人がかけがえのない一人の人間として、この世の順位、スティタスを超えて相互に受容し合い、お互いを尊重し合う場に教会がなるように、イエスの言葉は教会に鋭く問いかけでおられるのではないかと思います。

 お祈りいたします。

 父なる神様。わたしたちはこの世の栄華への羨望や、野心の念に捕らわれているとき、自分の心の焦りや自尊心で心を満たし、あなたが語りかけるみ声に耳を傾け、あなたの御言葉を理解することができなくなり、この世の思い患いと重荷に打ちひしがれてしまうことがあります。どうかわたしたちを心の重荷から解き放ち、あなたの御声を聞き取ることができるように、聖霊によってわたしたちの心を整えてください。日々の生活の中であなたの恵みに感謝し、教会の交わりの中で、あなたの愛の力によって共に生きる喜びを大きくしてください。

 あなたがこの地に建てたもう御教会が福音に生きる喜びと希望の溢れる所となりますようにわたしたちを導いてください。

 主イエスキリストの御名によってお祈りいたします。  アーメン
  
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「決断の時ー神との生ける交わりへ」マルコ8:27-30
2024.9.15 大宮 陸孝 牧師
それからイエスは、人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日の後に復活することになっている、と弟子たちに教え始められた。(マルコによる福音書8章31節)
 本日の日課マルコ福音書8章27節以下のイエスの宣教活動の場所は、イスラエル北限のフィリポ・カイサリアです。ここにイエスがわざわざ弟子たちと出かけられて何日かを過ごされ、それから南下して、エルサレムへの道をひたすら歩まれていくのです。このフィリポ・カイサリアはヘルモン山の南西側の麓にあります。ヘルモン山は、雪をいただいた海抜2814メートルの高い山で、この山の水が集まって泉となって湧き出てくる所の一つが、このフィリポ・カイザリアです。日本で言えば富士山麓の忍野八海のようなところです。今から34年ほど前になりますが、イエス・キリストが歩まれた足跡を辿るイスラエル旅行で、このフィリポ・カイザリアをも訪ねたことを印象深く覚えております。

 紀元前三世紀にパーンの神(羊飼いと羊の群れを監督する牧羊神)に捧げられた聖所があり、その洞窟の中から清流が湧き出ています。わたしがそのパニアスを訪ねたときは清流を噴き出す断層は、洞窟の下方に移っていて、三段になったわさび畑のようなところからすさまじい勢いで水が噴き出し、そこから直ぐに深さ4メートル幅20メートル程の清流となって滔々と流れ降っていました。ヨルダン川の主要な水源の一つで、緑の美しい場所であります。

 ヘロデ大王がそのパーンの礼拝所の近くに神殿を建て、この場所はパネアスと呼ばれるようになり、大王の子フィリポがその神殿を整備拡張してその当時のローマ皇帝アウグストスに献上し、カイサリアと命名した所です。西海岸にあるカイサリアと区別するためにこの町はフィリポ・カイサリアと呼ばれるようになります。パネアスはイスラエル、レバノン、シリアの三つの国の国境近くにあり、ヘレニズム文化の町でしたので、ユダヤ人たちは町に入りませんでした。イエスはわざわざここまで来て、異教の神々の像が立ち並ぶ神殿を御覧になりながら、弟子たちと対話をし、信仰告白を求めたということです。

イエスは、フィリポ・カイザリアの村々へお出かけになる途中で、弟子たちに「人々はわたしのことを何者だといっているか」(27節)と訪ねられます。弟子たちはこのイエスの問いに、「人々は『洗礼者ヨハネ』だと言っています。他に『エリヤ』だと言う人もいます。『預言者の一人』だと言う人もいます」(28節)と答えます。

 エリヤは列王記に詳しく記されている偉大な預言者です。そのエリヤは終末の時に重要な役割を果たすと言われていて、ユダヤの人々の中には、神は天に上げられたエリヤを再び遣わしてその準備をさせるという信仰がありました。イエスをエリヤだと断定した人たちは、イエスの行った奇跡を見てエリヤの再来と考えたのかも知れません。イエス自身はというと、洗礼者ヨハネこそ神がメシアの前に遣わされたエリヤだと断言します。(9章13節)そして、イエスを「預言者の一人」と断定した人もいたと記されていますが、この預言者とは誰なのかは明らかではありません。イエスの預言者的な言動、神の言葉を語る際の熱意や権威を見てそのように考えたのでしょう。

 弟子たちが真っ先に、「預言者ヨハネの再来だ」と紹介するにはそれなりの理由があったと思われます。6章14節以下に、ヘロデ王が登場していましたが、このヘロデはフィリポ・カイザリアを造ったフィリポの兄弟だったと考えられます。ヘロデは、自分の兄弟であるフィリポから妻を奪い取ってヨハネに咎められたため、ヨハネを捕らえ自分の誕生日に宴会が開かれた時、そのヨハネを殺してしまいました。つまり、フィリポと洗礼者ヨハネとは関係があり、弟子たちはそれを思い起こしていたのかも知れません。政治の権力というのは、非情に人を殺すことができる力を持っています。カイザリヤという風光明媚な場所はそのような権力の影が覆っているところでした。ヘロデがイエスはあの洗礼者ヨハネの再来ではないかと恐れたことを思い出しながら、弟子たちは、洗礼者ヨハネあるいは、エリヤ、あるいは預言者の一人がここに現れたという人もある、と伝えているのだと見ることができます。ここでも人々は神の救いをもたらしてくれるメシアを求めているということなのでしょうけれども、これらの人たちはかつての力ある人たちの再来でしかありません。イエスが全く新しいメシアであるとはまだ誰も考えることはなかったのです。

 そこでイエスは、「それではあなたがたはわたしを何者だと言うのか」(29節)とお尋ねになりました。それに対してペトロが弟子を代表して、「あなたはメシア(キリスト)です」と答えました。イエスはキリストの先駆けであるヨハネでも預言者でもなく、救い主なるキリストその人です」とペテロは語ったのです。イエスは、弟子たちの信仰の目が開かれて、イエスが救い主であることを認めることができる時を待っておられたのです。イエスは、ご自分が誰であるかについての弟子たちの認識を確かめて、ご自分の使命とこれからのご自分の辿(たど)るべきメシアとしての歩みについて弟子たちに明かさなければならないと思っておられたのですが、今、時が熟して、このフィリポ・カイザリアの地でペトロの告白を聞かれたのです。

 このメシアというヘブル語をギリシャ語に直訳すると、クリストス(キリスト)になり、そのギリシャ語をそのまま日本語におきかえて、「あなたはキリストです」と訳してもよいのですが、後に教会で固有名詞として用いられるようになり、、新共同訳聖書は、クリストスが称号として用いられている場合はメシアと訳し、固有名詞として用いられている場合はキリストと訳しています。ヘブライ語は本来は「油を注がれた者」を意味する言葉で、称号です。これは、香油を注がれて神の特別な使命にあずかる人のことです。イスラエルの祭司、預言者、王の就任の際にはこの油が注がれました。メシアというヘブライ語は、ユダヤの人々の長い歴史の中で使われて来た言葉です。

 イエスの時代のユダヤ人の間には、メシアはダビデの家系から生まれ、ユダヤ人のためにエルサレムを異邦人から解放し、ダビデの王国を以前にまさる栄光と反映のうちに回復する、地上の支配者としてのメシア待望が広まっていました。ローマ帝国の支配をはねのけて、イスラエルの民を政治的に解放する王としてのメシアが待望されていたのです。イエスの弟子たちですらそのようなメシア観に染まっていたと考えられます。たとえば使徒言行録一章六節には「主よ、イスラエルのために国を立て直してくださるのは、この時ですか」と尋ねています。そして同じ時代に、自分こそメシアであると称して、ローマからの解放のために人を集めて戦いを起こした人が少なからず存在しました。

 その頃のメシア観はただ「油注がれた王とか預言者とか祭司だけではなく、その三つの務め(王、預言者、祭司)を全部併せ持って神の救いを実現する人が来なければ、この苦しい状況から救われる道はない、と皆思い始めていました。そして、神は必ずそのような救い主を送ってくださると待望していたのです。そのように待望されていた中で、ペトロがイエスに「あなたは、メシアです」と告白したのです。

 そして、「あなたはメシアです」と告白したペトロにイエスは直ちに、ご自分のことを誰にも話さないようにと戒められたのです。(30節)ペトロのキリスト告白は、弟子たちに問われて来た「イエスとは誰か」ということを、ついに理解したことを示しています。形式的には正しい告白なのですが、しかし、30節のイエスの沈黙命令は、ペトロのメシア理解の内容が、イエスの目指しているところと違っていたからなのです。イエスが弟子たちを戒められたのは、イエスを単なる政治的なメシアと見做す誤解が人々の間に広まるのを防ぐとともに、弟子たちの間違った不正確なメシア理解を正すためでした。ペトロの信仰告白には、受難の道を歩まれるイエスへの理解と、そのようなイエスを信じてイエスに従うことがまだ伴っていなかったのです。

 31節 イエスは、ペトロの告白した「あなたは、メシアです」という言葉を否定はされませんでしたが、そのペトロが考えているようなメシアではないことを、直ぐに明らかにされました。イエス自身が、「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日の後に復活することになっている」、という受難の運命を語られたのです。イエスの受難についてはこれまで既に2章20節や3章6節で暗に語られていましたが、今や31節ではっきりと予告されます。復活はこれまで全く語られていませんでしたが、これから後、イエスの受難と復活の予告が、9章31節、10章33節〜34節で繰り返されます。イエスはペトロの告白を受けて「人の子は」と語り始められます。これから後イエスはご自分のことを「人の子」という呼び名で語られます。イエスはご自分のことを積極的に、「わたしはメシアである」と言われたことはありません。イエスが「人の子」という呼び名を用いられたのは、人々が用いるどんな呼び名も、イエスとは誰かを完全に言い表すものではなかったからです。

 ここで、特に「人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され」る、と言われた言葉の意味をよく考えなければならないのです。当時のユダヤ教の議会である最高法院を構成するイスラエルの代表者たち、この最高法院はユダヤ人社会の最高議決機関ですが、宗教的な権能を持っていて、そこでの判断は神の名においてなされ、神の真理に則して吟味し、正しいかどうか、あるいは役立つかどうかを判断して決定されていたのです。「排斥され」は神の名において、役に立たないから捨てて殺すべきだと判断されるという、イエスの受難の運命のことです。イエスは役に立たないどころか有害な存在だと判断され、神の名において殺されるのです。イエスの死は、イスラエルで救い主がその民の代表者によって、拒否され殺されることを意味していたのです。実際はそれほどに、人々が神に期待する救いと、イエスが実際にもたらしてくださった救いとには、大きな隔たりがあったのです。そして続けて「・・・三日の後に復活することになっている」と語られていますが、これは、イエスが捨てられて殺されるのは人間の愚かな罪によるのですが、その背後には神様の計画があると言っておられるのです。

 イエスの十字架の死も復活も、わたしたちを神の子とするために計画され実行された神の意志によるものです。わたしたちが神の子となることと、わたしたちが人間らしい姿を回復するということは同じことです。神とわたしたちが、父と子の関わりに立って本来の人間性を取り戻して人間らしく生きて行くことができるようになる、そのためにイエスは、捨てられる道を恥と苦しみに耐えて歩もうとされるのです。

 32節には「・・・しかも、そのことをはっきりとお話になった」とあります。この「はっきりと」ということばは、あからさまに、公然とと訳すことができることばです。「十字架の御業」と復活の出来事は、弟子たちだけではなく、誰もが聞くべき言葉としてイエスは公然と語られたのです。

 ところが、イエスが公然と御自分の十字架と復活について語り始められたとき、「ペトロはイエスをわきへお連れして、いさめはじめる」のです。(32節)ここでペトロの告白した「メシア」とイエス自身が「メシア」としてこれから行おうとすることの違いが明らかとなってくるのです。ペトロの「メシア」という言葉に込められていた意味は何よりも政治的な権力者のことで、いかなる王にもまさる王のことでした。これまで、神に背いてユダヤ人を虐げて来た人々を粛正してくれるような王を期待したのです。ですから、イエスが言うような裁かれて殺されてしまう王など考えることも出来ないことでした。イザヤ書53章その他に語られている「僕」として仕える王の姿は、預言者たちによって語られていましたけれども、それをこのイエスの中に見ることはできませんでした。ペトロは伝統的なメシア待望の中にあって、地上でイスラエルに栄光をもたらす王をイエスに期待しました。イエスが受難の道を歩む者としてメシアであるという真実を受け入れることはできませんでした。

 33節 「イエスはペトロを叱って・・・」この叱るという言葉は32節のペトロはイエスを「いさめた」という言葉と同じです。弟子たちは、「イエスはわたしたちのキリストだ。わたしたちが期待していた通りの救い主だ」という思いを膨らませていたところに、イエスご自身が語られ始められたこれからのイエスの受難の歩みは、全く弟子たちの予想に反するものでした。ですからペトロはイエスをいさめたのです。それはイエスを叱責したということでした。肝心な所でそんなおかしなことを言われたら困ってしまうではないですか、とイエスを注意したのです。

 しかしイエスはそのペトロに対して「サタン、引き下がれ」と言われました。荒れ野でわたしを誘惑し、わたしに救い主としての道を指示しようとしたあのサタンと同じだ。と言われ、「引き下がれ」と言われたのです。これはお前はどこかへ行ってしまえといわれたのではありません。「わたしの後ろに来なさい」という意味の言葉です。ペトロはガリラヤで漁師として毎日漁にいそしんでいたときに、突然イエスに出合って「わたしについて来なさい」といわれてイエスの弟子になり、イエスに従ってここまで歩んで来ました。ここでペトロが犯した過ちは、自分が導き手であるかのように、イエスの言葉を理解せずイエスの先に立って自分の考えで行動してしまったことです。そこでイエスはもう一度わたしの弟子になり、わたしに学び、わたしの後ろについて来なさい」と言われたのです。

 イエスがペトロを「サタン」と呼ばれたのは、厳しい言葉ですが、しかし、そのサタンになってしまった弟子に、わたしについて来なさいと改めて言われたのです。イエスについていくことによって、自分の中に住むサタンを排斥しなければならない、自分を生かしているつもりになっている自分の考えを否定して、主であるイエスに従うことです。ここで確認しておきたいことがあるのですが、この場面ではなるほどペトロがここでの一連の出来事、やりとりの中心にいますけれども、問題は彼個人のことではないということです。イエスが尋ねたのは「あなたがたはわたしを何者だというのか」ということでありました。イエスがご自分のことを誰にも話さないように戒められたのも、まだよく分かっていない弟子たちに対してでありました。また、「メシアが苦難のメシア」であることを教えようとなさったのも弟子たちでありました。正しいキリスト理解と信仰の告白が求められているのは弟子たちであることを、ここで確認することが重要であろうと思います。

 聖書で言う信仰告白は、人が心に思っている幻を、自分の必要のために打ち明けるという個人的なことではありません。そうではなくて、信仰告白の基本は、神への応答であり、神の救いの恵みの業への感謝と悔い改め(方向転換)であります。主イエスは何のためにわたしたちに信仰の告白を求められるのか。それは救われたことを言い表すことによって、神とのいっそう深い交わりに入れられ、主の証人として仕えて行く、さらなる新しい信仰の歩みをしていくことに他なりません。フィリポ・カイザリアに行くその途中で信仰が言い表されたように、教会の歩みの中でくり返し信仰告白がなされ、不十分さをも正され乗り越えて、なお信仰告白して行く歩みなのだということです。教会は具体的には聖書の神の言葉によって、神との生ける交わりを生きる群れとされていることを、改めてここに示されているのです。

 お祈り致します。

 主イエス・キリストの父なる神様。今朝もあなたはわたしたちを礼拝の場にお導きくださいましたことを感謝致します。わたしたちはこの世に生きる限り、罪から離れられず、弱さを覚えて苦しみます。しかし、あなたは主イエスの受難と復活を通して、やがてわたしたちが招き入れられる大いなる喜びの日をわたしたちにお示しくださいます。今朝わたしたちはそのあなたの深い救いの恵みを覚えて感謝致します。

 神様、あなたの教会がこの地において福音の証し人として、臆することなくその働きをなすことができますように、教会を通してこの世があなたの祝福にあずかることができますように、聖霊の働きと導きを与えてください。教会に集う一人一人を、またそのご家族を祝福してください。

 救い主イエス・キリストの御名によって祈りいたします。   アーメン
  
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「熱意と信仰をもって救いの恵みを求める」マルコ7:24-30
2024.9.8 大宮 陸孝 牧師
そこでイエスは言われた。「それほど言うなら、よろしい。家に帰りなさい。悪霊はあなたの娘からもう出てしまった」(マルコによる福音書7章29節)
 本日の福音書の日課7章24節冒頭に「イエスはそこを去って、ティルスの地方に行かれた」とあります。ティルスはガリラヤ湖の北西、フェニキア地方の地中海に面した、古い大きな町です。カナンを経て地中海に出て、舟でティルスへ行ったのではないかと推測されます。ガリラヤから百キロ以上はあります。ガリラヤ周辺で活動しておられたイエスが唐突にそんな遠くまで旅に出た理由は何だったのでしょうか。

 イエスが伝道を開始して以来、どれ位の時間が経過したのか。イエスも弟子たちも、毎日ガリラヤ周辺を巡り歩いて働き詰めで働いて来ました。ユダヤ人であれば週に一度の安息日があります。しかし、イエスはその安息日ですら会堂で教え、病人を癒やされ、家々を訪問して歩きました。安息日にじっとしているよりは、病人を癒やし困窮の中にある人々を助けることが神の御心であると考えておられました。それで、イエスの評判も高まって行きましたが、今度は疲れたと思うときにも休もうと思ってもなかなか休ませてもらえない。静かな所へ行って休もうと思っても、すぐに群衆に気づかれ、先回りされて群衆が待ち構えている。そのことが6章30節〜34節に記されています。

 「出入する人が多くて食事をする暇もなかった」十数人のグループ行動ですから、食事をするといっても簡単ではなかったと推測されます。ようやく食事をしようと思ったら、そこに人が来て、イエスが何を教え、どうされるのかみんな待っている。イエスは食事もそこそこに、また人を教え、癒やされる。こういうくり返しが、イエスが宣教を開始されて以来ずっと続いていたようです。イエスはおそらく、ガリラヤ周辺にいたのでは休めない、と判断したのだと思われます。まずは群衆を避けて、静かに休養したい。そのためにはとにかくどこか遠くへ行こうということだったのだろうと思います。

 ティルスに着いて、さてここまで来たら誰にも気づかれず、心ゆくまで休めると思ったのも束の間、ティルスの人々はイエスや弟子たちが来たことに直ぐに気づいて、評判が町中に広まります。実はティルスの人々はイエスのことを知っていたのです。マルコ3章7節から8節にこう記されています。

 「イエスは弟子たちと共に湖の方へ立ち去られた。ガリラヤから来たおびただしい群衆が従った。また、ユダヤ、エルサレム、イドマヤ、ヨルダン川の向こう側、ティルスやシドンの辺りからもおびただしい群衆が、イエスのしておられることを残らず聞いて、そばに集まって来た」

 イエスとその弟子集団がティルスの町に入って来た。そして、「ある家に入り、だれにも知られたくないと思っておられたが、人々に気づかれてしまい」ます。町の人々はガリラヤまで出かけていってイエスの教えを聞き、イエスのなさることを見て既に知っていました。これは当然直ぐに町の噂になります。主イエスは身を隠そうとされます。神がご自身を隠すことは、旧約の中にたびたび語られています。人間の側から見ると、神様がおられないのではないかと思われるほどに、神が見えなくなってしまう。イエスがご自身を隠そうとされたのは、疲れもありましたが、人々への深い失望もあったのではないか。主イエスの教えと力に驚きましたが、神の国を理解するには至らず、悔い改めて、主の御心を受け入れることはできませんでした。

 25節〜26節 しかしイエスは隠れていることができませんでした。「人々に気づかれてしま」い、イエスを訪ねて来る女が現れたからです。「汚れた霊に取り憑かれた幼い娘を持つ女が、すぐにイエスのことを聞きつけ」てやってきたのです。その女との出会いは、イエスにとって不本意であったかのように書かれています。今、イエスは、思いがけなく訪ねて来た女と向かい合っておられます。

 その女の娘は「汚れた霊に取りつかれ」ていたとありますが、汚れた霊に取りつかれていると人々も思い、女もそう信じていたのでしょう。汚れた霊に取りつかれたとしか言いようがない、どうしようもない心の病にかかっていたということです。苦しんでいる娘の苦しみを見るに堪えず、何とかこの娘を治してやりたいと願っていました。娘を癒やしてくれるのは、あのガリラヤで評判の高いイエスという方ではないかと考えていたかもしれません。そんな折に、その方がこの地方に来られたというので、飛んで来てイエスの足下にひれ伏し、「娘から悪霊を追い出してください」と願ったのです。

 26節 「女はギリシャ人でシリア・フェニキアの生まれであった」と、紹介しています。「ギリシャ人」とは、ギリシャ的な教育を受けてギリシャ語を話すといった、ギリシャ的な生活をしていた人を指します。シリア・フェニキアはローマ帝国のシリア州に属していて、ユダヤ人から見れば政治的にも、民族的にも外国であります。この女はこの土地に属する外国人ということです。

 27節 この女は娘を癒やしてほしいとイエスに懇願したのですが、イエスはこの願いをすぐには受け入れませんでした。その時イエスは食事をしておられたということだったかも知れません。「まず、子どもたちに充分食べさせなければならない。子どもたちのパンを取って、子犬にやってはいけない」と言われます。ここで「子どもたち」はユダヤ人を意味し、「犬」は外国人を意味しています。イエスが「犬」という言葉を使われたのは、ユダヤ人が外国人のことを犬と呼んでいたからです。しかし、ここでのイエスの言葉は「子犬」に変わっています。かわいがられている飼い犬を意味します。そしてイエスの語られるパンとは、神の救いの福音のことでした。つまり、神の救いの恵みを与えられる対象に入っていたことを意味しています。

 「まず、子どもたちに」という言葉は、まず、神の民として選ばれたユダヤ人に十分に神の福音に触れさせ、ユダヤ人の救いを優先して実現させなければならないということでした。ユダヤ人の救いを徹底もさせず、中途半端に外国人に移っていくのはよろしくないということで、イエスは、福音が正しく人々に伝わらないで終わってしまうことになりはしないかと憂慮されているのです。自分は何よりもユダヤ人、神の民であるイスラエルの救いのために全力を挙げているのだ、と言われているのです。それをおろそかにして外国人に与えるわけにはいかない。全ての民が救われるためには、まず一つの民族に真の福音が確立するようにすることが、やがては全ての民が救われていく道筋だと言っておられるのです。ここでイエスの心を占めていたのは、父なる神の愛を受け入れようとしないイスラエルの民のことで、この頑ななイスラエルを救うにはどうしたらよいかということでありました。

 しかし、それにしても、今あなたの願いを聞き入れるわけには行かない、というイエスの言葉は厳しい言葉です。旧約聖書イザヤ書42章5節以下には既に外国人の救いが告げられています。「主の僕の道」を、残ったイスラエルの民に留まらず、諸国の外国人に救いをもたらす者として語られています。彼自身が神の愛の支配を実現するために遣わされた主の僕であると考えておられたイエスが、この旧約聖書に告げられていた救いの道から逸れるということはなかったということです。イエスは、神の救いの計画に忠実に従う僕であられたということです。神の救いが現実の出来事になる場として選ばれたのは、取るに足りない弱く小さいイスラエルの民でありました。

 28節 拒絶とも取れるイエスの言葉を聞いて女は、そのイエスの言葉に対して、「主よ、その通りです」と答えます。(口語訳)主イエスの言葉をそのまま受け入れます。ひれ伏したまま、イエスを主として受け入れて、その主の言葉として、厳しい拒否の言葉を聞くのです。娘を突き放し、汚れた霊の支配から奪い返すことに関心を抱いてくださらないのかといぶかざるをえないような言葉をそのまま、「主よ、その通りです」と受け止めているのです。一旦はうけとめて、しかしその言葉に促されるようにして、「しかし、食卓の子犬も、子どものパン屑はいただきます」と答えました。ここには神の救いの業に関する豊かな信仰の霊的な力が生きて働いていて、その霊の力に促されるように、主イエスの言葉の中に含まれている含蓄を読み取ったものと思われます。主イエスがもてなす主の食卓の光景を思い浮かべながら、主イエスが明らかには語られなかった、冷酷に聞こえたイエスの言葉の中に含蓄されている主の食卓の恵み深さを感じ取ったのでした。神の恵みは既にこぼれて溢れていると見て、既にこぼれたパン屑を食べても、子どもたちから取り上げることにはならないでしょう、と訴えたのです。

 主よ、あなたがこの地に足を踏み入れておられるのは、救いがシリア・フェニキアにも及んでいるということです。パンで象徴されている救いがこの地にまでこぼれ落ちているのです。あなたがこの地に来られた意味はそこにあるのです、と女は告白したのです。五千人の給食で、飼い主のいない羊のようなあり様の同胞イスラエルを深く憐れんで、パンの奇跡をなさいました。しかし、イスラエルの人々はこのパンがイエスの救いを意味していることを理解することはできませんでした。人々を命のパンによって養い、まことの救いを与えてくださるのがイエスだとは認識できませんでした。弟子たちにしても、神の国を来たらせるイエスを正しく理解することはできませんでした。ところがこの外国の女はパンの意味を知り、その恵みを自分にももたらす方であることを、熱意を持ってしっかりと受け止めたのです。

 29節〜30節 これに対してイエスは、「それほど言うならよろしい」といわれます。口語訳聖書は「その言葉で十分である」です。この女はどこまでも救いを求める熱意をもって、きちんとイエスとの言葉のやりとりをしています。そこに命が架かっている全てを駆けた言葉でもありました。このひたむきな女の言葉によって、イエスの拒絶を解かせ、イエスは心を開いて応答されたのです。イエスは、彼女とその娘に恵みを注いで、この女の全てを懸けたひたむきな信頼の心に答えられ、「あなたが語ったその言葉のゆえに、既に癒やしが起こっている」とイエスは言われました。イエスは女の願いを受け入れ、女が家に帰って見たところ娘は既に癒やされていました。その場にいなかった娘が、イエスの言葉によって癒やされたのです。このようにして、イエスが赴かれ、信仰が生まれるところでは、どこにおいても救いが及んで行くことが明らかとなって行くのです。

 主イエスはこの外国の女の熱意と信仰のゆえに娘の救いを約束し、その救いは実現しました。既に信仰を持ってキリスト者として生きるわたしたちにとっても、あるいはキリストを信じるとはどういうことか問うている者にとっても、ここに信仰にとって大切な御言葉があります。さまざまな問題を抱えているわたしたちの内面の戦いでもあり、イエスと向き合う一対一の一騎打ちの戦いでもあります。群れとして共同の礼拝にあずかり御言葉を聞いていても、ただ一人主の前に立たされることがあるのです。ルターは、この箇所の説教で、イエスの言葉は一見すると否定の言葉のようだけれども、その中に肯定が響いている。女は祝福を奪い取る信仰の中で、その肯定をきちっと聞き取っているのだと言います。この点において彼女の信仰はひときわすぐれているとイエスは評価しているのです。

 この外国の女の信仰において初めて、イエスに至る道を見出したといって過言ではありません。イエスはユダヤの地を殆ど離れたことがなく、例外的に外国人と出会われたに過ぎないのですが、このイエスにおいてイスラエルの境界線を突き破ったのです。そこで決定的であったのは、旧約の律法への遵守や忠実ということではなく、イエスに対する信仰であり、信頼であることをここで明らかにされているのです。この信仰によって、福音はすべの民に対して開かれていることが示されたのです。主イエスは今、ユダヤ人、異邦人の壁を越えた世界の救い主として、わたしたち一人一人の前に立っていてくださっています。

 お祈り致します。

憐れみと愛に富みたもうわたしたちの父なる神様。今朝与えられた恵みの御言葉を感謝致します。わたしたちがこの世の現実の力の前で、恐れを抱き躓(つまず)くとき、あなたの赦しの恵みを受けて、わたしたちが再び立ち上がることができますように、わたしたちをお導きください。この一週間、わたしたちがあなたの御心にすべてを委ねて歩むことができますように、一人一人をお支えください。

 あなたのからだなる教会がこの世における希望の礎であり、また地の塩であることができますように、教会を祝福してください。

 主イエス・キリストのみ名によってお祈りいたします。   アーメン
  
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「虚栄を捨て神に立ち帰る」マルコ7:1-23
2024.8.25 大宮 陸孝 牧師
「わたしが与えるパンとは、世を生かすためのわたしの肉のことである。」(ヨハネによる福音書6章51節)
 本日の福音書の日課マルコ7章は、6章までとの直接の繋がりはありません。1節から13節で、主イエス対ファリサイ派と律法学者との間の論争がなされ、14節以下では、それを受けて、主イエスは群衆及び弟子たちに向けて教えを語られるという展開になっています。前半の論争のやりとりは「汚れ」を巡ってはじまり(1〜8)、それに関連して昔の人の言い伝えの妥当性というユダヤ教の根本的な律法の問題が取り扱われます(9〜13)。そして後半14節以下は聞き手が群衆に変わり、主題も「言い伝え」ではなく、再び汚れの問題に戻り、「人を汚すもの」は何かをめぐり、「言い伝え」ではなく、旧約聖書の「食物規定」の問題に変わって行き、さらに17節になると、聞き手は弟子たちに変わって行き、この対話の中で、イエスは「人間の言い伝え」を打破し、なおかつ、旧約の食物規定を廃棄する宣言がなされるのです。

 1〜8節 ガリラヤに対して宗教的な権限を持っていたと思われる「エルサレム」から来た「ファリサイ派の人々と数人の律法学者たち」が見とがめたのは、イエスの弟子のある者たちの生活態度、「汚れた手」のまま食事をしているということでした。この場合手を洗わないことは、衛生上の問題としてではなく、その人全体が宗教的に不浄であることを意味していました。厳密に言うと、その不浄を清める儀式を行わないでという意味です。

 ファリサイ派と律法学者にとって本来問われるべき者はイエスであり、「汚れた手」による食事への非難は、他の多くの非難の中の一つに過ぎません。真の問題はイエスと弟子たちが「昔の人の言い伝え」に従って歩んでいない。自由奔放にやっているという所にあった、それで彼らはイエスの所に集まったとなっているのです。

 3〜4節にある「昔の人の言い伝え」(パラドシス)は、律法そのものではなく、律法に違反しないように受け継がれてきた解釈と伝承のことで、それを引き継いで適用する任務に当たっていたのがここに登場しているファリサイ派と律法学者であったということなのです。これで状況設定は整い、5節からの本題に入ります。

 5節の「昔の人の言い伝えに従って歩まず」の「歩む」(ペリパテオー)は宗教的な意味で歩むことを意味し、生活の仕方、生き方そのものを示しています。ここでのこの生き方の基本は律法の手引きとなる言い伝えに従うことです。食事をするときの手順という一つのことだけが問題とされているのではありません。エルサレムは当時の宗教的な権威の中心で、そこから来たファリサイ派の人たちは自分たちは正当な立場にあると自認していました。その人たちが重んじている律法や伝統、生活様式を破られてしまうことに我慢がならなかったのです。そこには、自分たちが正当である、自分たちが正しい生き方をしているとの自負がありました。

 6節〜7節 主イエスはファリサイ派や律法学者たちを偽善者として痛烈に批判されます。それは、個々人の主観的な不誠実さに向けられたものではなく、むしろ主観的な誠実さと完全に結びついた誤った礼拝を捧げている人、的外れな熱心主義、形式主義的な、律法主義的な、ファリサイ的な生き方そのものへの批判でありました。旧約からの引用はイザヤ書29章13節からで、イザヤの召命を語る6章では、「口」「くちびる」「心」という言葉が多用されています。それがイザヤ書29章13節でも再び問題になり、ここでは「口」と「心」(カルディア)が分裂して互いに矛盾していることが示されているのです。「心」は心臓を指す言葉ですが、ヘブル語の「心」は心情、意思、理性をも含み、人格そのものを指す言葉でもありました。口先のうわべだけのものではなく、全人格的な神への信頼と応答の重要性を表現しているのです。つまり、「心」とは心の深み、内面性、人の思いの源泉、人を人たらしめている人格の中枢のことです。「その心がわたしから遠く離れている」と、預言者の言葉によってイエスはファリサイ派と律法学者たちの実態をあからさまに指摘したのです。

 8節〜9節 ファリサイ派や律法学者の主張する「人間の言い伝え」の権威に対して、主イエスは根本的な「神の権威」を対決させています。9節まで何度か繰り返されている「昔の言い伝え」が繰り返される度に、少しずつ言い方が変えられ、「昔の言い伝え」から9節では「人間の言い伝え」に言い換えられて、「神のいましめ」とは異なるものであることを強く印象づけようとしているのです。人間の自己主張や、自己拡大がなされればなされるほど、神の戒めが縮小されてしまうことを示されたのです。ここで「よくも神の戒めをないがしろにしたものだ」は疑問文にして「神の戒めをないがしろにするのは正しいか」と解釈する人もいます。

 主イエスは、ファリサイ派や律法学者たちが「神のいましめ」を骨抜きにして、「人間の言い伝え」として瑣末な断片にしてしまった事実を指摘します。わたしたちは信仰生活において、些細な問題に至るまで、神様の具体的な指示を得ることができたらと願います。そして、しばしば聖書の断片的な言葉から、生きるための一つの公式を導き出して、それを生活の指針としたりします。このようなわたしたちの願望が、次から次へとおびただしい「人間の言い伝え」を生み出してしまうのです。それを遵守していくことに重点が置かれるようになりますと、信仰生活は形式化し、固定化し、神様との生きた関係が失われ、内実を失って行くのです。人間の取り決めをもって、人間を否定したり、切り捨てたりするあり方を、主イエスは否定されたのです。また、「手を洗う」ことで自分を守り、他者を批判しようとする偽善を非難されたのです。「神のいましめ」は本来的に神の意思を表し、もともと、具体的にイスラエルの民をエジプトの苦難の中から導き出された神の恵みに基づいて、神が与えて下さったものであり、それを民の喜ばしい信頼と服従によって支えられてきたものであります。わたしたちが信仰によって生きるとは、手際よく形式を踏んで問題を処理していくということではなく、神の言葉に聞き従い、神の恵みに喜んで応答して行く、神との生きた関係を生きて行くことであります。

 10節〜13節 イエスの話は汚れの問題からその前提となっている「神のおきて」の問題に移ります。ファリサイ派と律法学者たちに起こっていたのは「自分たちの言い伝えを大事にして・・・神の掟をないがしろにする」ことであり、「受け継いだ言い伝えで神の言葉を無にしている」ことでありました。「無にする」は法律用語で、無効にする」という意味になります。ここで一例として取り上げられたのは十戒の第四戒と、律法学者たちのその解釈でした。

 ここで、主イエスは、何でもコルパン(神への供え物)と宣言すればそれを父母のために役立てなくて済むという習慣を対置します。この習慣の問題は、父と母とに対する責任を、神への奉仕を口実に回避できるとする「神のいましめ」の曲解と誤用による非人間的な欺瞞を問題としたのです。それは実は神をあがめていることにはならない、とイエスは主張します。神の掟は人のためにあり「父母を敬う」ことも含めて人間の生を守るためにこのように生きるようにと示してくださったのですが、その「神の戒め」を人間の手によって無にされてしまった。その実例として「神のいましめ」の第四戒「父と母を敬え」という旧約の十戒のいましめの形骸化について語られたのです。「子どもに求められている親への尊敬は、外側の形式的な服従ではなくて、神がイスラエルに与えられた約束の御旨を子どもに伝達してくれる存在であるゆえに尊びなさい」という重要な意味を持っていました。ですから、父母に対する責任は信仰の問題でもあり、信仰共同体の存続の問題でもありました。

 14節〜23節 ここで再び汚れの問題に戻ります。「人を汚す」ものは何か、イエスの教えが示されます。本日の日課の最重要部です。相手が「群衆」になり、17節では「群衆と別れて、家の中に入り」今度は弟子たちに変わって行きます。ファリサイ派であれ、律法学者であれ、群衆であれ、弟子たちであれ、イエスの教えは普遍的なものに変わりありません。

 14節では「皆、わたしの言うことを聞いて悟りなさい」と教えはじめます。「悟れ」というのは、引用した6節のイザヤ書の言葉「この民は口先ではわたしを敬うが、その心はわたしから遠く離れている」に対応していると理解することができます。「よく耳を傾けて、そして心深くわたしの言葉を受け止めなさい」と勧めているのです。わたしたちが「生きた神の言葉」を取り戻すために、「人間の言葉」に耳を傾けるのを止めて、神の言葉を心深く聞くに至るまで、静まることが必要です。「沈黙する」とは決して口をきかないというだけのことではなくて、饒舌をやめるということです。神の恵み深い生ける言葉の前に沈潜するということです。

 15節〜16節は汚れの問題です。「外から人の中に入るもの」「人の中から出て来るもの」マルコは外面と内面とを相互に対比させて、人間の外にあるものが、人間の中に入って行ったところで、人間を汚れさせる力はない。逆にそういう破壊的な力は、人間の内部にあって、彼自身の内部から出てくるものであると語ります。悪しきものは、神が創造された自然の世界の中にあるのではなくて、人間自身の内部にあると指摘し、それから17節弟子たちへの教えに移行して行きます。

 17節〜19節 この汚れの背後にあるのは、「清潔であるか」「不潔であるか」という衛生上の問題ではなくて、「浄か不浄か」の問題です。この「浄・不浄」の問題にユダヤ教がこだわるようになったその理由は、レビ記11章43節から44節にあります。「あなたたちはこれらすべてのは虫類(創世記3章1節にある蛇〈ナーハシュ〉と同語で虚栄という意味でもある)によって、自分を汚らわしいものとしてはならない。これらによって汚れ、それによって、身を汚してはならない。わたしはあなたたちの神、主である。あなたたちは、自分自身を聖別して、聖なる者となれ、わたしが聖なる者だからである。」

 「神は聖なるものである」。だから、その神の民として、神の祝福を受けるためには、汚れていてはならない。汚れは清められなければならない。そしてわれわれも聖なる者とならねばならない。と要求したのです。自分たちは神によって特別な、聖なる民族とされた。それを維持するためには汚れを排除し、汚れたものを口にせず、清められた生活を維持しなければならない。これが、ユダヤ民族を、他の民族と区別する指標になったのです。その本質は差別です。主イエスはその差別意識を問題にしたのです。そして言われます。「あなたたちの中から、人を汚すものが出ていることに気づきなさい。」ユダヤ教が長い間築き上げてきた聖なる生活を守るため、汚れを避けるための律法規定や、昔の人たちの言い伝えにいつまでもこだわっていることはおかしい。自分の外のものをタブー視しているのは本末転倒であり、他を排除しようとするあなた自身の意識をこそよくよく吟味しなければならない、とイエスは指摘しているのです。19節の「こうして、すべての食べ物は清められる」は旧約の「食物規定」を、主イエスが廃棄されたことを意味しています。創世記1章31節「神はお造りになったすべてのものを御覧になった。見よ、それは極めて良かった」という句を想起させます。

 20節から23節でも「人の中から出てくるものが、人をけがす」ことの説明がさらに続いています。「人から出てくるものこそ、人を汚す」という断言は、人間を損なうものは、外にあるのではなく、自分自身の中にある。わたしたちは、自分の中から出て来る思いと言葉と行為によって他の人を傷つけるだけではなく、自分自身をも粗末にしているのです。人間の尊厳が自らの罪のために、全く惨めなものになってしまっているのです。主イエスは律法を守るということではもはや解決の付かない人間の的外れ、つまり、罪の問題を指摘して、さらにそれを根本的に解決するためのご自身の十字架への歩みを示唆していると見ることができます。

 わたしたちが信仰を持って生きるとは、わたしたちがなにか立派に生きることでも、人から評価されるような人間になることでもありません。見えない所にいます神に出会い、神の前に立ち、神に向かって生きることであります。それにもかかわらず、わたしたちはなんと人間の目を気にして生きていることでしょうか。わたしたちはもう一度、自分自身に向き合い、わたしは誰の目の前で生きているのかを問わなくてはなりません。わたしたちの心を探り、思いを見られる神に視線を向け、この汚れた自分の中に主イエスを迎え入れ、主イエスに対する信仰を告白して、わたしの内にいてくださるイエスによって内面から新しく造り変えられることをこそ願い祈っていかなければならないのです。

 お祈りします。

 父なる神様。あなたはわたしたちを生かす真実の憐れみと愛を御子イエスを通して示してくださり、その真実の命に生きることができるようにしてくださいました。わたしたちは自分で命を体得し生きようともがき、また、自分の思いを絶対化しようとして自分を失ってしまう罪深い心を持っています。そのようなわたしたちが自分自身の罪から解放され、自由になって、あなたの救いの恵みに与ることが出来ますように導いてください。そしてあなたの御心に全てを委ねて、御心に従って行くことができますように、わたしたちをあなたの確かな霊によってお導きください。

 主イエス・キリストの御名によってお祈りします。 アーメン  
   
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