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1952年宣教開始  賀茂川教会はプロテスタント・ルター派のキリスト教会です。

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2026年3月礼拝説教


★2026.3.15 「神の救いの恵みが見えた」ヨハネ9:1-41
★2026.3.8 「キリストとの出会いー豊かな愛の命に満ち溢れるー」ヨハネ4:5-42
★2026.3.1 「霊の命を注がれるイエス」ヨハネ3:1-17

「神の救いの恵みが見えた」ヨハネ9:1-41
2026.3.15 四旬節第4主日 大牧陸孝牧師
イエスはお答えになった。「本人が罪を犯したからでも、両親が罪を犯したからでもない。神の業がこの人に現れるためである」(ヨハネ9章3節)
 生まれながらの盲人の目を癒やされた物語は、9章全体にわたる長いもので、それがそのまま本日の日課となっております。この物語は8章12節にあります「わたしは世の光である。わたしに従う者は暗闇の中を歩かず、命の光を持つ」という言葉を具体的に示そうとしています。盲人の目をいやすということはそれだけではなく、それを含んだ上で人間のとらわれている悲惨からの解放を告げているのです。

 生まれつきの盲人の癒やしは仮庵祭の終わった後、神殿奉献記念祭(10章22節)に近い安息日の出来事として描かれています。そこで、5章に記されている38年間動けなかった病人のいやしと同様、ユダヤ人の敵対心が燃え上がったのです。しかし、5章とは違い、イエスの弟子たち、盲人の両親という多くの人が登場して、ファリサイ派との論争をさらに複雑なものにしています。これはファリサイ派とヨハネ福音書の成立した教会との衝突が単純なものではなかったということを物語っています。

 1節でイエスが通りすがりに生まれつきの盲人を見かけたとあります。これはヨハネ福音書では極めて象徴的な意味を持っている表現であります。「見かけた」は「見た」です。イエスが「見た」そこからすべてが始まるのです。世を照らし出す「光」であるイエスがこの世の暗黒を象徴するものを見た、つまり世の光となってこの世を照らし出すイエスの光でこの世の罪の暗闇を照らし出したということです。古代において目がみえないことは人間の代表的な悲惨のひとつであった。衛生上のことで言えば、眼病が発生しやすかった上に、現代のように抗生物質はありませんでした。結膜炎から失明に至る人もいたでしょう。しかしここに「生まれつき」とわざわざ断りを入れているのは、その人の悲惨は自分の落ち度や環境が原因しているのではないということを言おうとしているのです。そしてさらにこの悲惨は古代社会では自立した生活の営みが出来ないということであり、物乞いをするほかに生きる道がないということを意味していました。

 そこで弟子たちの質問が出て来ています。「この人が生まれつき目が見えないのは誰が罪を犯したからですか。本人ですか、それとも両親ですか」(2節)と。この質問はユダヤ教特有の質問でありました。古代イスラエルでは一般的にこうした悲惨は罪と関係があると考えられていました。たとえばヨブ記では友人を通してそのような一般的な考えが記されています。あるいは創世記3章の罪の結果死が入ったと言う考えもその一つと言えます。そうした考えに基づけば、「生まれつき目が見えないのは誰の罪か」という問いが生じて来ます。そして、本人にあるというならば、その人に前世があることになり、聖書にも輪廻転生の思想があるということになる。事実そのように主張する学者も存在するのです。しかし、それは旧約聖書からはほど遠いもので、こうした思想は弟子たちの疑問に十分に答えてくれるものでもありませんでした。と言いますのは、預言者エレミヤとエゼキエルの時代以来、親の罪を子供が負うと言う考え方には強い否定が起こっていたからです。(エゼキエル18章14節)それにもかかわらず、この世の悲惨な現実の中にある人々の存在の問題に対する納得のいく解答は決して与えられてはいなかったと言うのが実情でありました。
 
 これに対してイエスは、因果応報説を退けただけではなく、「神の業がこの人に現れるためである」と力強く言われました。ヨハネが描くイエスは、この世が続く限りこの世の苦しみや悲惨の暗黒を消し去ることは出来ないのだが、たとえそうであったとしても、この盲人のいやしのしるしを通して、世の光であるイエスにある新しい希望、そのよきおとずれを彼らに与えようとしているということなのです。神の業は罪と滅びの因果関係をも破る救いの出現である。これは、イザヤ35章5節「そのとき見えない人の目が開き、聞こえない人の耳が聞く」という終末預言の成就です。そこでイエスは、派遣される神の意志に従って働かなければならないと言われます。「まだ日のある内に」は、イエスはこの世にいる間は、世の光であり(5節、8章12節参照)、神の勝利を伝え、預言の成就を告げる方としてここにおられる。因果論や応報思想は闇に打ち克つ力を持たない。がしかし、イエスご自身は光が闇に打ち克つことの証人として立っておられるのです。この気の毒な人を通して神の御業が現れるとはどういう意味か、ヨハネによると、父なる神は御子なるイエス・キリストを通して自らの御業を完成されるということです。つまり、地上のキリストの業は十字架において完成されるが、これを通して父なる神の業が完成するということです。この神の御業が何であるか、それがこの盲人の目のいやしを通して顕(あら)わとなるというのです。

 6節〜7節がそのいやしの出来事の報告です。唾による眼病のいやしは、伝えられていないことではありません。マルコ福音書8章23節〜25節によれば、イエスは唾を塗って癒やされたと言われています。創世記2章7節では「神は土の塵で人を形づくり、その鼻に命の息を吹き入れられた。人はこうして生きる者となった」と神の創造の業を伝えていますように、ここには神の新しい創造の業が伝えられていると見ることが出来ます。続いてイエスは、「シロアムの池に行って洗え」といわれます。これはエリシャが皮膚病を患っていたナーマンに、ヨルダンに行って七度体を洗えと命じたことを思い起こさせます。(列王記5章9節以下)。シロアムは、エルサレム北方のギボンから湧き出る水を溜める池です。このギボンは、ソロモンが油注がれて王となった場所であり、詩編46編5節、110編7節で「大河」と訳されている川のことです。それですから、盲人はただいやしを受けたというだけではなく、この出来事を通してイスラエルの伝承を担い、イエスの光を輝かせるという特別な使命を負う者となったのだと言っているのです。

 8節以下34節まではこの盲人のいやしを見た人たちのことが書いてあり、この癒やされた人をめぐって生じた騒ぎを伝えています。注意すべきは共感福音書のように奇跡を見た人たちが驚いたとか、神をほめたたえたとかいった反応が全く書かれていないということです。それはこの物語の重点が目(そして心の目)が開かれたという事実とこの事実への証しに置かれているためだと見ることが出来ます。この盲人の周囲にいて最初に目撃した人々は、盲人が見えるようになったことを一緒に喜んでよいはずなのに、そうはしないで、奇跡を認めることを拒んだり、奇跡の仕方に興味を向けたりしています。しかし癒やされた盲人は自分を隠すこともしないで、「わたしがそうです」とはっきりと答え、さらにどのようにしていやされたかを告げます。彼は見えるようになったその目でまだイエスを見てはいませんが、その認識は終始変わらず、イエスがいかなる方であるかをまだはっきりとは知らないのですが、身に起こった驚くべき出来事を隠すことをしません。31節では「わたし」の証言から「わたしたち」と複数に代わっていますが、これはこの記事がヨハネ福音書を担った教会の報告であることを示しています。

 13節以下はユダヤ教の中核を担ったファリサイ派が登場して来ます。彼らは安息日の律法に厳格であったので、癒やされた人を直ちに呼び出し、誰が、どのようにしていやしたかを厳しく問いただします。そして土をこねることは一つの労働で、安息日の禁止事項であり、さらに、イエスの名が人々の間でささやかれていたことを重大視します。イエスについてはファリサイ派の中でも見解の一致はありませんでしたが、癒やされた人は「あの方は預言者です」と答えます(17節)。これはこの癒やされた人の個人的な信仰の言葉として受け止められます。これまでとは違い、イエスを信じる人びとと、イエスを信じない人びととの間に生じた論争へと広がって行っていると見ることが出来ます。

 18節の「それでも、ユダヤ人たちはこの人について、盲人であったのに目が見えるようになったということを信じなかった。」と、今まではファリサイ派となっていたところをユダヤ人たちと言い換えているのは、今言ったメシア告白がユダヤ教全体の根幹を揺るがし、脅かすものとなるからであろうと推測されます。癒やされた人の両親を呼び出した者、さらに癒やされた人をもう一度呼び出した者はファリサイ派であるが、ことはユダヤ教全体を左右する事柄でありました。ファリサイ派は、イエスをメシアと告白するものがいれば、全ユダヤ教の決定として追放することに決めていましたが(22節)、そのためにはまず両親の証言が必要でありました。しかし、彼らはこうして裁判を行って行くうちに、ついに40節と41節のイエス自身の言葉を聞かなければならなくなって行くのです。

 28節「・・・お前はあの者の弟子だが、我々はモーセの弟子だ。」これは8章39節で、「我々の父はアブラハムだ」と言って攻撃して来たのと同じです。彼らは、自分たちがモーセとモーセ律法との真の後継者と自認していました。しかし、いやされた者は、イエスが神をあがめ、神の御心を行う人であり、「神の許から来られた方」であると告白しながら、この方以外にわたしをいやしてくださった方はいない、と言います。彼はここで、モーセに始まったイスラエルの歴史に根本的な転換が起こっていることを告げたのです。そして、そのために彼は「全く罪の中に生まれた者」(34節)とされて、会堂の外に追い出されることとなったのです。

 こうしてかつての盲人は会堂から追放され、生きる場所のない者となりますが、イエスはそのような無の中にある者に出会って、「あなたは人の子を信じるか」と言われます。「人の子」は初期キリスト教会においては、終わりの日に到来する方への尊称であり(マルコ13章26節〜27節)、ヨハネ福音書では「天から降って、天に上った者」であります。生まれつき盲人は今ではいやされて見ることができる者となっていますが、それで救いが何であるかを認識できるようになったわけではありません。彼はその目でイエスを見ながらも、「主よ、その方はどんな人ですか。その方を信じたいのですが」といいます。信じることは彼にとってまだ現実となっていないのです。この破れを繕う方はイエスご自身であり、それゆえイエスの方から、「あなたはもうその人を見ている。あなたと話しているのがその人だ」(37節)と言われるのです。イエスは誰であるのかをイエスの方から啓示されたのです。そして38節の「主よ信じます」と言う最も単純な、最も明瞭な言葉が、このイエスご自身の啓示への応答でありました。

 これはヨハネ福音書の最終章に記されています次の言葉「これらのことが書かれたのは、あなた方がイエスは神の子キリストであると信じるためであり、また信じてイエスの名によって命を受けるためである」(20章21節)と記されている通りです。つまりこの瞬間に元盲人であった人はイエスによって心の目を開かれ、はっきりと救い主イエスに出会ったのです。ここで彼は率直に自分が霊的に見えない者、神との関係が破れていたことを認め、その自分の目を開けただけではなく、自分の罪全体を赦し、生かしてくださる方を信じたのです。つまり十字架にかかり自分の罪をあがなってくださったこと、そして復活されたイエスを救い主と信じたのです。

 40節〜41節は、イエスがご自身を指してさばきがあることを言われている言葉で、これはファリサイ派の人々を指して言われているのです。ファリサイ派はイエスに従うことなく裁きの権を行使していますが、それによって裁きを自分に招くことを警告しているのです。「罪は残る」は「罪はとどまる」であり、イエスの十字架の購いが適用されることはないとの宣言として受け止められます。イエス・キリストの存在は究極的な意味では世界と人を二分する裁きとなるということです。イエスと真実に出会い、自らの罪を認め、神の赦しの恵みと愛とに心を開く者には神の救いの業が見えるようになり、自ら見えると豪語し、しかし、自らの罪を認めず、したがって神の赦しの恵みと愛に心を閉ざす者は逆に神の救いの業が見えなくなるというのが裁きであるというのです。これがわたしたち教会の群れにも当てはまることはいうまでもありません。わたしたちは自らの心の戸を閉ざし、自己中心のとりことなりやすいことを認識し、常にイエス・キリストの許に帰って行かなければならないのです。

 希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平安とであなたがたを満たし、聖霊の力によって、希望に溢れさせてくださるように。

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「キリストとの出会いー豊かな愛の命に満ち溢れるー」ヨハネ4:5-42
2026.3.8 四旬節第3主日 大牧陸孝牧師
「しかし、わたしが与える水を与える者は決して渇かない。わたしが与える水はその人のうちで泉となり、永遠の命に至る水がわき出る」(ヨハネ4章14節)
 先週はヨハネ3章のイエスとニコデモとの出会いの所を読みました。本日はその後の、サマリアの婦人との出会いと対話へと展開して行くところが日課となっております。この二つは、イエスが古い神殿の終わりを示し、ご自身の体を指して真の神殿とされたことを対照的な仕方で著しています。ニコデモは「霊によって生まれる」ことを理解出来ませんでしたが、サマリアの婦人は「霊と真理をもってする礼拝」を信じて、これを人々に伝えます。ニコデモは古い人、夜の人でありましたが、サマリアの婦人は新しい人、昼の人、惨澹たる過去を捨てて新しくなった人として描かれます。イエスはここで、ご自身の体から出る渇くことのない「生ける水」を示されます(14節)。さらにサマリアの婦人の証言によるサマリアへの福音の浸透という、イエスに始まる新しい宣教の流れがユダヤからサマリアに広げられたことが記される4章1節〜42節のところが日課となっています。

 ここではさらにユダヤ人とサマリア人という、かつて二つに割れたイスラエルが歴史的な憎悪と対立の壁が越えられ、新しい統合への基礎がイエスに拠って据えられ、今一つの民となって神礼拝を実現することが示されると同時に、ヤコブを超えるイエスの存在が証言されます。特に4章1節から15節は、イエスがサマリアの婦人に飲み水を所望したことから始まる、「生ける水」をめぐる論議が集中的になされ、水を求めた者が「生ける水」を与える者となるという、日常的な現実から福音の本質へと導く、ヨハネ福音書の特有の対話形式が典型的に現れている所であります。4章全体の主題は、イエスの言葉を聞いて信じた、と言うところにあります。

 4章の最初のところで「サマリアを通らねばならなかった」とありますが、これは3章14節と同じく、神の意志は必ず成るという意味の、新しい神の時の到来を指している特別な表現です。この言葉をもってさらに5節以下へと続くのです。サマリアはユダヤと同じく地域名で、かつての北王国のことで、その首都がサマリアでした。列王記17章に見ますように、北王国は紀元前721年にアッシリアによって占領され、多数の民が北方へと散らされると同時に北王国には、諸民族が入って来て聖所を破壊しました。人々はモーセ五書のトーラーは保存しましたが、エリヤ・アモス・ホセアといった歴代の預言者たちに聴くことはなく、紀元前538年に捕囚から南王国が解放された後は、イスラエルへの帰還・神殿再建、イスラエルの再建といった歴史の外に置かれたままでした。その後の後期ユダヤ教再建の時代にはエルサレムの人々はサマリア人をペルシャ人と同様に忌避します。5節のシカルはヤコブが手に入れ、ヨセフが譲り受けた(創世記33章19節、48章22節)と伝えられる場所のすぐ近くです。そこはかつての北王国の都サマリアの南東一五キロの村落で、ヤコブの井戸と呼ばれた水源がその西側にあります。20節に記されている「山」はゲリジム山で、この井戸の西五キロにあります。イエスが婦人と出会ったのは、このような昔の伝承に囲まれた場所でありました。

 7節以下 イエスは婦人に水を求めます。婦人はこの見知らぬ人を避けようとしますが、すぐに、立場が逆転して、あなたのほうから生きた水をわたしに求めるべきだったのだ、とイエスは言います。(10節)「生きた水」は、この婦人の知らない常に流れている水だとイエスは言います。それは神の賜物であり、無償で受けることのできるものだというのです。イエスはここでご自身をこの「生ける水」として差し出しておられるのですが、婦人は逆にイエスの言葉に突っ込みを入れて来ます。そして古い伝承を持ち出し、その伝承に自分を結びつけて皮肉を込めて反問します。「あなたは、わたしたちの父ヤコブよりも偉いのですか。ヤコブがこの水をわたしたちに与え、彼自身も、その子供や家畜も、この井戸から水を飲んだのです」(12節)この井戸はヤコブが掘った井戸であり、ヤコブもこの井戸の水を飲んだ歴史的にいわれのあるこの井戸の水をわたしたちはずっと飲んできましたというのです。イスラエルとの対立関係にあり、イエスラエルに対抗してゲリジムの山に独自に神殿を建設し、モーセ五書だけを独自に編纂して宗教的な対立を深めた両者の断絶を浮き彫りにする一言でした。

 ヤコブの井戸のそばでイエスがサマリアの婦人と対話することの中にイスラエル民族史を新しく見直す象徴的な意図が隠されていたのです。「生ける水」の霊的な意味については旧約聖書の中に多くの例を見ることができます(エレミヤ2:13、ゼカリヤ14:8、エゼキエル47:9他)。イエスが言われる「わたしが与える水」は、この婦人が言う「この水」すなわち井戸の水と鋭く対立しています。ヤコブの井戸の水は身体の渇きの渇望を一時的に癒やすだけであるけれども、イエスが与える水は「いつまでも渇くことがない」だけではなく、その人の内で泉となるというのです。

 婦人はイエスを見つめて「その水をください」と言います。するとイエスは唐突にあなたの夫をここに取れて来いと言われます。婦人が「わたしには夫はいません」と言いますと、イエスは「『夫はいません』とはまさにその通りだ。あなたには五人の夫がいたが、今連れ添っているのは夫ではない。あなたはありのまま言ったわけだ」とこの婦人の生活が明らかに不道徳なものであり、また不幸な結婚生活であったことが顕わになります。そしてこの婦人に対してイエスは差別も偏見にとらわれることもない曇り無き眼差しを向けて、「あなたはありのままを言っただけだ」と言われました。人目を避け、昼日中に水を汲みに来なければならなかった婦人の内面には 彼女自身も自覚していなかった深い魂の渇きがありました。「あなたはありのまま言っただけだ」とのイエスの言葉は婦人の魂の渇きを呼び覚ます言葉となりました。

 自分を一人の人間として真摯に扱い、ご自分の与えようとしておられるものに魂の目を開かせようとして、今まさに目の前に、この自分に向き合ってくれている人がいることを自覚したのでした。彼女の結婚生活は不幸であった。何度か離婚を繰り返し、今いる相手とも非合法的な同棲を続けているに過ぎない。彼女は自分の寄りかかることができる相手が欲しかった。内なる渇きを癒やしてくれるような相手に出会いたかった。しかし、彼女の期待は次々と裏切られていった。ただひたすら何かを得ようとする彼女の生活態度のうちに、根本的な歪みがあり、ひずみがのあることに彼女は気づかなかった。まともに人と向き合い話し合うなどということは、彼女にとって到底思いも及ばないことであった。そのような自分を一人の人間として、話しかけてくる人がいることなど想像を絶することであリました。

 「わたしどもの先祖はこの山で礼拝をしましたが、あなたがたは、礼拝すべき場所はエルサレムにあると言っています」(20節)ユダ部族とサマリヤ部族との不幸な対立は、遠く紀元前935年、ソロモン王の死去にともない、王国がサマリヤとユダに分裂したときに遡ります。サマリヤはその地方の首都であって、紀元前880年ごろオムリ王によって入念に建設され、それ以来常に聖なる都エルサレムと競合してきました。このサマリヤ地方に定住した雑多な民族はすべて生まれながらの異邦人であり、彼らの中のいくらかはこの地に残留したイスラエルの信仰を受容するのですが、彼らはその信仰を簡素化し、モーセ五書以外の書を正典とは認めませんでした。そして彼らはエルサレムへは行くことが出来なかったので、ゲリジム山に聖所を建て、祭司をおいて犠牲を捧げヤハウエを礼拝しました。そして、自分たちこそイスラエルの真の宗教を継承しているものだと主張したのです。こうして対立は激化し、イエスの時代にはサマリヤとイスラエルの二つの共同体の間の対立・憎悪は極めて激烈なものになり、一触触発の緊張関係にありました。

 そしてイエスによって婦人の心が開かれた時、婦人の視線は救いを求めて聖所へと向けられ、わたしは何処へ行って救いを求めたらよいのでしょうか、とイエスに問いかけたということです。ゲリジム山かエルサレムか、どちらの聖所に行くべきなのか、これが婦人のイエスに向かって真剣に問いかけられた問いでした。

 そしてイエスは、このような「あれか・これか」の問いの立て方、このような二者択一を迫ることこそ不幸な対立の原因であり、不毛な結末に至る誘因であることを指摘するのです。そのような対立は問題ではなく、場所と結びついた祭儀そのものが一切無意味になるとイエスは決定的なことを言われます。「婦人よ、わたしを信じなさい。あなたがたが、この山でもエルサレムでもない所で、父を礼拝する時が来る」(21節)と改めて礼拝の場が問題にされ、真の神のいます所、天から遣わされて今地上におられるお方において、神は礼拝されるべきである、と語っておられるのです。そのことを言い表しているのが次の23節から24節の言葉です。「まことの礼拝をする者たちが霊と真理をもって父を礼拝する時が来る。今がその時である。なぜなら、父はこのように礼拝する者を求めておられるからだ。神は霊である。だから、神を礼拝する者は、霊と真理をもって礼拝しなければならない」。

 「神はこのようにまことの礼拝をする者を求めておられる」と明確に真実の信仰に立つ礼拝を明示されています。イエスとの出会いを通して、神の霊によって新しくされたものたちのことです。イエスがこの世に来られた目的はわたしたちが神に真実の礼拝を捧げるようになることでありました。その真実の礼拝とは、イエスの身体と血を恵みとして受ける所になり立つものであります。イエスは今、サマリアの婦人に向かって、神の新しい支配がイスラエル全体を回復することを告げられます。そしてまたこれこそが新たな教会の時が始まる時、すなわちイスラエルの歴史が改められる時であることを宣言したのです。

 イエスは最後に、このわたし、あなたと話しているこのわたしこそ、あなたの言うメシア、キリストなのだ言われました。(26節)ここに神の子の現在があり、サマリアの婦人が認識的にもそのことに近づいたことは確かでしょう。初期教会のサマリア伝道がどのようになされたのかその実際は明らかではありません。ヨハネ福音書はサマリア伝道の状況を背景にしたイエスの言葉に力点を置いています。改めて8節を確認しますと、弟子たちは食べ物を買いに出たため、イエスと婦人との会話を聞いていません。ここで、弟子たちはむしろ、伝道はすべて神の働きで、神の御心によることが教えられています(31節〜38節)ここでは、教会は十字架に付けられ甦った方への信仰によって建てられることを改めて確認しているのです。そして、サマリアの町の人たちは婦人の証しを聞いてイエスを信じ、イエスも喜んで彼らの許に滞在しましました(40節)、「さらに多くの人々」とあり、サマリア伝道の進展があったことが記されます。それは一人の婦人の証言に始まったのですが、しかし、最後はイエス自身の言葉によってなされることが示されます。

 最後のところ彼らが信じたのは「あなたが話してくれたからではない。わたしたちは自分で聞いて、この方が本当に世の救い主であると分かったからです」(42節)と言うのです。ここで、イエスの言葉を直接聞くことの大切さが改めて強調されます。イエスはニコデモに、光が世に来たことと、御子による世の救いを告げられましたが(3:16〜21)、それが今や、わたしたちのモノローグ(独り言)でなく出来事として記されるのです。その出来事は教会にとっては「聖霊の約束」であります。わたしたちは聖霊なるキリストのことばによって新しく創られます。

 わたしたちの具体的な礼拝は、わたしたちの日常の生活においても、イエスの御声に聞き従うということにおいて本当の命の内実を与えられて支えられてゆくことになるのです。

 希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平安とであなたがたを満たし、聖霊の力によって、希望に溢れさせてくださるように。

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「霊の命を注がれるイエス」ヨハネ3:1-17
2026.3.1 四旬節第2主日 大牧陸孝牧師
神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。(ヨハネ3章16節)
 ヨハネ福音書の特徴の一つは、イエスという一人の人物に徹底して光を当てることによって、その人物の本質を浮かび上がらせているということです。ヨハネ福音書がイエス一人に焦点を当てているのは、ただ単にイエスその人だけを関心の的としているというのではなく、わたしたち人間もまたイエスを信じる信仰を通して、天からの光を受け、新しくされてゆくことが可能となることを示すためでありました。

 ヨハネ福音書は2章のところで、カナの婚縁の席での水をぶどう酒に変えた奇跡、また、宮清めの出来事を語り、弟子たちにイエスご自身の栄光を示し始められるのですが、それらの出来事は、新しい人間の創造が約束される、ということの始まりでもありました。これらの出来事を通して、弟子たちのうちに信仰が芽生え始める「そのなさったしるしを見て、多くの人がイエスの名を信じた」(2章23節)。そのような状況のなかで、3章でニコデモが登場します。ニコデモは「しるしを見て、イエスの名を信じた」者のひとり、あるいは代表者として登場していると見ることが出来ます。

 ニコデモはイエスの行った奇跡に接し、イエスに心引かれますが、信仰には至らず、光と闇の中間に留まっている、あいまいな人物として描かれて行きます。3章に入り、イエスとニコデモの「新しく生まれる」ことに関する対話が続き、イエスによる長い自己啓示講話が展開して行きます。このような啓示講話は三共観福音書(マタイ、マルコ、ルカ)には見られないヨハネ福音書独自のものです。

 夜たずねて来たニコデモが「新しく生まれるのは不可能です」、というのに対して、イエスは「水と霊」とから生まれなければ神の国に入ることはできない、と聖霊による新生を説いています。しるしを見て外面的にイエスを信じた不十分な信仰から、聖霊による新生、イエスの真の信仰への飛躍を促しているのです。

 「ファリサイ派に属するニコデモという人がいた。ユダヤ人たちの議員であった。ある夜、イエスのもとに来て・・・」夜イエスのもとに来たことには二つの意味が込められています。一つには、ファリサイ派に属するユダヤ教の議員という立場上、イエスのもとに来ることは容易なことではなく、「夜密かに」人目をはばかって来たという意味です。二つ目は、ヨハネによる福音書において「夜」は、闇、悪、無智を象徴しています(9:4、11:10)。ニコデモは「夜」つまり、この世の闇とユダヤ教の無智の中から光と真理のイエスのもとに来たことを指していて、さらに、律法の学びには夜がふさわしい時とされていたことも指摘されています。

 「肉から生まれたものは肉である。霊から生まれたものは霊である」肉とは人間の知性のことを言っています。人間が自分の知性に頼るあり方のことであり、霊とは、神の力、働きに心を開いているあり方のことです。イエスは霊の実在を風に喩えて説明します。人間は風を受けることはできても捉えることはできない。風と同様に、霊も実体はあるが、捉えきることが出来ない神秘である。人間は創造された時、鼻の穴に神の息を吹き入れられ、生きた者となった(創世記2:7)。本来、人間は霊的な生き物として創造されたと、イエスは言われる。そこでニコデモは「どうしてそんなことがありましょう」と問いとも否認ともつかない言葉を発しています。ニコデモはどれほど熱心にイエスに教えを請うたとしても、自力の世界、己れの見識の枠から抜け出ることはできなかった。イエスはその原因を、神が与えようとしていてくださる真理の霊を、人間が拒むことにあると言われているのです。

 ヨハネ福音書は、ニコデモをどんなにイエスに対して同情的な見方をしているにしても、結局は、闇に付ける勢力を代表する人物として描いているのです。ニコデモはどんなに良心的でありたいと思ったとしても、当時のユダヤ人社会の、慣習とか、旧い宗教的な枠組みから、脱出できない人物として描かれています。これは恐らくヨハネ福音書の時代に置き換えて見ますならば、ヨハネ福音書記者が属するキリスト教会、紀元後七〇年代後半の、新しく生まれたキリスト教会に移行できなかった人物を象徴していたと見ることもできます。恐らく、一旦はキリスト教に傾斜しながら、ファリサイ派の指導するシナゴーグに回帰する結果となった、「キリスト教的なユダヤ人」に留まった人物がいたということです。これは、自らは信仰告白しませんけれども、キリスト教のことはわかる、という類いの現代人と共通している人物と同様に見ることが出来ます。

 奇跡を行うだけではなく、権威ある教師として、「モーセのような預言者」の再来が期待されていたという歴史的な背景のもとに、イエスを「モーセのような預言者」と見做す、あるいは期待していた時代に、ヨハネ福音書は、イスラエルの預言者の系譜に立つ偉大な預言者の一人であるならば認めましょうという程度の信仰に留まってはならないと主張しているのです。これも現代の宗教の多元化の状況と似ています。つまり、沢山の偉大な者が並んでいるものの一つに過ぎない。それゆえに、どの宗教も同じである。キリスト教もその内の一つとして認めましょう。しかし、いずれにしても並列に共存しているのだから、自分にとってはどちらでもいいことであり、どうでもよいことであるとして、わたしがわたしの生のすべてをかけるかけがえのない信仰であるとか、わたしにとって救い主であるとか主体的に聞き従って行く決断をすることとはかけ離れた、第三者的な態度を取る宗教の多元化の問題に対して、イエスは10節以降の長い講話をもって答えられます。

 10節の「あなたはイスラエルの教師でありながら、こんなこともわからないのか」は、ニコデモの無智を非難しているというよりも、ニコデモが自分の知性で、神の霊的な現実をとらえようとする努力の空しさを改めて強調しているのです。ここにおいてイエスは、霊による新生は、神から人間に直接示されるものではなく、「証し」(11節)を通して示されるということを改めて確認しています。人間は直接に神やキリストに出会うという体験が最も尊く、確かなものと思いやすい。しかし、わたしたちはあくまで教会の信仰告白共同体の証言とそこに生きる信徒の群れの生き方を通して、神に出会うのです。イエスとニコデモの対話はここで終わり、ここからはイエスの啓示講話へと移って行きます。

 11節で「あなたがた」と、ニコデモとの一対一の対話から、改めてシナゴクとその時代の世界の人たちへの問いかけの形でイエスの講話が始まります。「わたし」すなわちイエスから「わたしたちの証し」と複数に代わっていますのも、これはヨハネ福音書が書かれその宣教を担った教会のことであります。イエスの証しを聞いた教会は、このもっとも信頼し権威あるものとされるイエスの証しを、聞いた通り、伝えられた通りに語る所でもある。受け継いだ宣教を、率直にこの世に告げるこれこそ教会だけがなすことのできる働きであり、教会は聖日ごとの礼拝でこの証しをしている。この教会の証しと生き方を通して、人々は神に出会って行くということです。

 12節から15節の「地上のこと、天上のこと」は、何を指しているのか難解でありますが、おそらくこれは、旧約聖書のユダヤ教では、山に登り、神の言葉を携えて山から降って来た啓示者としてのモーセが重んじられていましたが、しかし、神の真の啓示者は、天から降り、そして天に上ったイエス以外にはいない、と宣言することに繋がっています。キリストは先ず天から下った、人間と同じ所に立った、と言うことが強調されているのです。人間と同じ所に立ったイエスだけが、人間のために天と地をつなぐ者となったと言っているのです。そしてモーセが荒れ野で上げた青銅の蛇を、イスラエルの民がそれを仰いで見たことによって滅びを免れたと言う、「民をさばきまた生かす力を持つもの」という旧約の故事があります。(民数記21:4〜9)これは蛇に人を救う力があったというのではなく、神の約束の言葉を信じて、蛇を仰ぎ見たということが要点です。

 そこから人の子が「上げられる」こと、すなわち「十字架にかけられる」ことは、人間の計画や暴力の結果ではなく、神の救いの計画によるであって、絶対的な神の意志に基づいている。イエスはご自分が十字架につくことが神の御こころであり、ご自身の使命を成就する道であることを、よくよく承知しておられたのでありました。「ねばならない」(14節)はヨハネだけではなくほかの福音書や使徒書にも反復用いられていて、これらの箇所を通して、神の深い御心、ご計画を知ることが出来るのです。聖書は、神の御旨がわたしたちの人生を貫いていることを告げています。この神の御旨・計画は、特にイエス・キリストの十字架の死と復活にあらわれていて、イエスは人間の苦しみをご自身の苦しみとすることによって、わたしたちから取り除かれる。「彼の受けた傷によってわたしたちはいやされた」(イザヤ書53:5)永遠の命である霊は、この十字架のキリストから人間に注がれる。傷を負った姿のまま復活したキリストは、弟子たちに息を吹きかけ、罪の赦しの証人となるよう命じられます(ヨハネ20:22〜23)。また復活のキリストから霊を受けるとは、神の大きな力に支えられ、生かされ、この世的な生と死のいたずらな不安や恐れから解放されるだけでなく、他者の苦しみを担う力が与えられる、わたしたちはそのようにして、新たな存在の意味を持つ新しい命に造り変えられるということでもありました。永遠の命を与えてくださるイエスこそ、モーセにまさるお方であるとの教会の主張がここにはあるのですが、これに対して、ユダヤ教の立場では、それではその永遠の命が与えられる根拠・保証はどこにあるのかを問い、それに答えたのが16節以下の講話です。

 16節〜17節「神は、その独り子をお与えになったほどに、世を愛された。独り子を信じる者が一人も滅びないで、永遠の命を得るためである。神が御子を世に遣わされたのは、世を裁くためではなく、御子によって世が救われるためである。」冒頭にある〈ガル〉という言葉が訳されていませんが、これは「その理由は」と訳すべき言葉ありまして、ここはユダヤ教の問いに対する答えであると考えられます。

 この言葉は、マルティン・ルターが「小福音書」と呼びましたように、福音のメッセージをよく言い表していて、特に信徒の方々が愛読している聖句の一つであります。ここで言われていますことは「永遠の命の根拠は、神のこの世に対する徹底的な愛にある」と語ります。

 旧約聖書では、命は現世的にこの世の命として考えられています。命は善いものであって、死んだ者は、神を、主を誉め称えることはないという暗い来世観・死生観が支配的であり、日本の死生観と若干似ている面があります。死は忌み嫌われるもの、暗い領域のこと、そしてこれと対照的なのは、地上における長寿、日本でもいま長寿国だと言われていますが、この長寿は、神の祝福の故であると考えられています。そしてまた死は神の呪いであると考えられています。復活とか永遠の命を得るという概念は、旧約文書の中には余り出て来ませんが、反面、神の正しさ、神の恵みによって、神に依り頼む人々を、死を乗り越えて生かしてくださるという表現は旧約聖書の中にも見られます。ヘブライ的な思考での命のとらえ方では、永遠は神に属していて、その命が人間の歴史の中に入って来ると理解されているようです。それによりますと、永遠の命とは、神に祝福された命のことで、それは、新しい天と新しい地の到来のときに完成するとされています。結論的に言いますならば、救い主の到来の預言との関係で「永遠の命」という言葉が旧約聖書の中に出て来るのです。つまり、それはイエス・キリスト信仰へと繋がる萌芽のようなものであったと見ることが出来ます。

 そして、ヨハネ福音書の永遠の命というのは、神が、あのナザレのイエスにおいて人間の姿をとられたという1章1節と、1章4節のところではっきり示されていますように、神が人となってわたしたちの歴史に関わって来られたという出来事として語られています。そして、神の子イエスが、わたしたちの罪の購いのための十字架上の死を遂げられたという出来事、受難、そして復活の出来事が語られて行き、「永遠の命」ということが、神が人となった、しかもその人が十字架に付けられて死んだという繋(つな)がりに展開しているのです。

 希望の源である神が、信仰によって得られるあらゆる喜びと平安とであなたがたを満たし、聖霊の力によって、希望に溢れさせてくださるように。

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