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1952年宣教開始  賀茂川教会はプロテスタント・ルター派のキリスト教会です。

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礼拝説教


2021.9.26「無条件の愛に自分を委ねる」マルコ9:38-50
2021.9.19「弱いままで神の愛に生きる」マルコ9:30-37
2021.9.12「神の国を目指す群れ」マルコ8:27-38
2021.9.5 「訪れた転機」マルコ7:24-30

「無条件の愛に自分を委ねる」マルコ9:38-50
2021.9.26
 大宮 陸孝 牧師
わたしを信じるこれらの小さなものの一人をつまずかせる者は、大きな石臼を首に掛けられて、海に投げ込まれてしまうほうがはるかによい。」(マルコによる福音書9章42節)
 マルコ福音書8章27節のフィリポカイサリアにおいてのペテロの信仰告白から、10章50節のエリコにおいてのバルティマイの癒しの出来事までが一つの大きな区分で、その内容は、主イエスが弟子たちと共にエルサレムへ向けて歩み出したものであり、その軸をなしているのは、主イエスがなさった三度の受難予告であり、それと共に記されているのが、その度毎の弟子たちの無理解の姿であることを、前回の時に話しました。第一回目の受難予告のときは、ペトロが主イエスをいさめようとし、主に「サタン、引き下がれ」と言われ、しかられてしまいます。第二回目の受難予告のときも、弟子たちは「分からなかったが、怖くて尋ねられなかった」(9:32)とあり、そして第三回目のときも、主イエスのエルサレムに向かう姿を見て、「弟子たちは驚き、従う者たちは恐れた」(10:32)のでした。そして同時に、主イエスはこの頃から人に気付かれないように行動し始めていかれたことをも書き記しています(9:30)。しかし、群衆は避けても弟子たちを遠ざけることはなさらない。主イエスの全てを理解出来ないでただただ無理解・不信仰を露呈させるだけの弟子たちにここで向き合おうとする姿が浮かび上がってきます。このところを読むことになる私たちにとって、これは幸いなことであると言わなければなりません。というのは恐らく主イエスの眼差しはこの弟子たちの背後に無数の人々を捕らえていたであろうと思われるからです。これは単に理解出来ない弟子たちと私たちとの間に類似点がある、その弟子たちのあり方に私たちが共感できるというだけの話しではありません。主イエスの信仰教育は弟子たちへのここだけのこととして完成するということではないということです。

 もし弟子たちが、主イエスが十字架におかかりになる前に、主イエスのすべてを理解し、神の御旨を正しく聞き取る、そのような信仰に立てたのならば、(これは仮定の話で実際にはあり得なかった事ですが)ここに記されている主イエスの教えは、私たちとは 何の関係もないということになります。流れの中でもう一度読んでいくうちに分かることですが、主イエスのなさっておられることは、十字架から復活、そして聖霊降臨の出来事を通して、初めてこの主イエスの教育は完成へと向かうということです。その意味でこの所も、教会に於いては繰り返し読まれていった所でした。主イエスがお語りになっているこの時点では、その意味を理解することは出来なかった。しかし、主イエスの十字架と復活を体験し、聖霊を受けた後に、主のみ言葉を繰り返し思い起こしているうちに次第に深くその意味を理解するようになった、そういうことですから私たちにとっても弟子たちと同じような経過を辿って主イエスの福音が理解できるようになるということです。教会に連なる私たち一人一人が、聖霊に生かされ、導かれながら、み言葉に生きる者になるということです。

 さて、マルコによる福音書は、5章1節〜20節で、「いと高き~の子イエス」としての主イエスのゲラサ地方での悪霊追放の出来事を書いていますが、この出来事の中に、~の子としての圧倒的な主イエスの力、偉大さを書き記し、そこに、神の国の到来を見て取っています。その延長線上に本日の日課があると見ることができるように思います。ここでも、主イエスの名による悪霊追放が行われています。詳細は報告されていませんので、想像するほかないのですが、その現場には悪霊に取り憑かれ、苦しめられている者がいて、その家族もいたであろうと推測されます。その人々が、主イエスの名による神の偉大な働きを見たのです。その場にいた人々は、驚き、恐れ、特別な思いをもって主イエスの名を受け止め、受け入れたに違いありません。主イエスの名を通して、神がお働きになり、人々が主イエスの名を受け止め、受け入れていく、そういう光景がここにはあったのです。主イエスはそれを心から喜び、ここにこそ、今主イエスがエルサレムに向かって歩んでいる目的もあった、ということです。

 エルサレムで主イエスが十字架におかかりになり、復活することによって、大いなる神の救いの御業がはじまる。聖霊降臨の後に、人々が、主イエスの名を受け入れ、神の赦しと救いにあずかっていく。悪霊追放は、やがて起きるその大いなる出来事の予兆であったのだと教会の人々は受け止めていったのです。ヨハネをはじめほかの弟子たちもそのしるしが指し示す出来事をまだ理解出来ないでいたのです。しかし、イエスの目にはその大いなる出来事がはっきりと見えていた、将来起こるその大いなる出来事と重ね合わせ、その主の喜びの中に、私たちも含まれている。私たちも、主の名を受け入れ、洗礼を受け、神の救いにあずかっている。主はそのことを見て喜んでおられる、ということなのだと思います。

 さて、イエスさまは弟子たちの教育を通して、私たちの信仰を固くしようとしておられます。それで、「私を信じる小さな者の一人を躓(つまず)かせるな」と言われます。ここでは、おそらく教会の中に「小さい者」と呼ばれる者がいたと言うことでしょう。何らかの評価によって余り価値が認められていない者がいたということかも知れません。次週の主日の福音書の日課はまさに子どもが主イエスの所に連れて来られるというところですが、文字通りであればそのことにつながるまだ子どもだと言われるような存在のことだったとも受け取れます。「小さな者」とは、同時に「わたしを信じる者」と主によって呼ばれています。そしてまた、神の国に生きている。そのような人の一人でも躓(つまず)かせるなと言われています。この主の警告には、主イエスが存在を賭けて教会を贖(あがな)った愛の響きがあります。この躓(つまず)きとは、その人が、わたしが、そしてあなたが、神の新しい命に生きることを妨げること、神の国に生きることを困難にすることでありましょう。他者もそうですが、自分をも含めてです。神の救いにあずかれなくなるようなこと、それはどうしても許されないことだと主は言われるのです。

 ここで言う躓(つまず)きとは何でしょうか。「手でも足でも躓(つまず)きとなるものは棄てなさい」と言っておられるところを見ると、問われているのはまずもって各人の自分自身の救いのことであろうかと思われます。自分自身の命のことです。自分の命が神の国に入る妨げになるものは断固退けなさい。他者の批判や否定の事ではありません。手や足や目という自分を躓(つまず)かせるものとはすなわち、これらが属する肉体の全否定がここで語られているのではなく、私という全存在が神の国に入る事を願っているからこそ、それを妨げるものは棄てられなければならないという、そしてそれを切り捨てるというのは断固たる決断の行為のことです。そのような決断を求められることが私たちの生活にはある。そして今日の私たちの生活は、決断のない生活と呼んでもよいような側面があるのではないか。特に主に従っていくために棄てるべきものを棄てる、そういう決断に欠けているのではないか、と問われているように思います。

 思いのままに生きようとする衝動を抑圧すれば、心身が歪んで病んでしまう、と言われます。自分でも他者でも自分に強いるものがある、そうした中で、自分の意志通りに生きることができないとストレスが生じると言われます。しかし、イエスは、手がやりたいことをしたがり、それが神の国にふさわしくないことであるならば、その手を切り落とせと言われます。ずいぶん厳しい言葉です。現代の私たちには受け入れがたい言葉となるでしょう。

 この場合の躓(つまず)きとは何なのか。私はこう考えます。37節にもいわれていますように、子どもを抱きかかえながら、このように語られた主の言葉を想い起こすのです。「わたしの名のためにこのような子どもの一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである。わたしを受け入れる者は、わたしではなくてわたしをお遣わしになった方を受け入れるのである」。小さな仲間を、主イエスを受け入れることとして受け入れる。神を受け入れることとして受け入れる。神を受け入れるように子どもを、「小さな者」を受け入れるということが言われているのです。

 子ども、小さな子どもと相対する時、私たちが自然に意識するのは、自分自身の大きさではないでしょうか。その自分自身の「大きな者」意識がここでは揺らぐのです。自分を最も小さくする、それが神の国にふさわしい行為です。どうすれば良いのかここで具体的にはっきりしてきたと思います。自分の手の業を誇るのではなく、神の無条件の救い、恵みの前にへりくだりなさいと言いたかったのです。「自分の十字架を背負って、わたしに従いなさい」とは、このことを主イエスは私たちに常に問い続けているのです。主イエスが無条件で十字架の贖(あがな)いによって私たちを生かそうとしている、だから、その十字架の無条件の愛の前に、自らを誇ろうとする思い上がりが躓き(つまず)
きとなるのであるから、自分の思い上がりを、高慢を棄てなさい。神があなたの罪を贖(あがな)う低さに自ら降りて来て下さった。だからあなたもその低さにへりくだらないと十字架の贖(あがな)いの恵みを受けることも、再生の新しいいのちに再び生かされる事も出来ませんよ。イエスさまはそう言いたかったのです。私たちは主の贖(あがな)いの十字架の恵みに今日も生かされています。それを喜びとして今週も歩んで行きましょう。

お祈りをいたします。

神様。主イエス・キリストが御自身の命をもって贖(あがな)い取られた「これらの小さい者の一人」をも、私たちがつまずかせることがありませんように、主イエスの愛ゆえに細心の配慮と愛をもって、互いに忍び合い、責めるべきことがあっても、赦し合い、交わりを続ける者とならせてください。私たちがいつもあなたにつながって、あなたの教えと戒めを実行していくことができますように、私たちを新しくしてください。

主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。  アーメン

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「弱いままで神の愛に生きる」マルコ9:30-37
2021.9.19
 大宮 陸孝 牧師
そして、一人の子供の手を取って彼らの真ん中に立たせ、抱き上げて言われた。「わたしの名のためにこのような子供の一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである」(マルコによる福音書9章36-37節)
 イエスはそこを去って行かれました。「そこ」とは山の麓、栄光が顕された地点の下であります。奇跡が行われ、人々が群れ集まっていた場所であります。イエスは栄光からも人々の集まっていた場所からも去られるのです。イエスと弟子たち一行はここから一旦カファルナフムに寄って、それからヨルダンの東をまわってエルサレムにのぼります。そしてそれは更に十字架へと続く道であります。この山の麓から十字架への道が始まります。まだまだすべきことは沢山ある。貧しい人はいつもいますし、病める者も大勢います。それらの人々のために愛の業が繰り返されなければならないのですが、繰り返しのきかない一回的な本来の働きのために、主イエスは他のわざをおやめになりました。「貧しい人たちはいつもあなた方と一緒にいるが、私はいつも一緒にいるわけではない」と14章7節で言われていますが、その言葉通り、私たちを根本的に救う贖いのわざのために、他のことを中断なさいました。主イエスの十字架の贖いのわざは、ある定まった~の計画のうち中に、ある時に起こらなければならないのであります。そして、それはこの年の過ぎ越しの祭りの時であります。旧約のユダヤ教の信仰者が代々にわたって過ぎ越しの日に子羊をほふって来たのは、この年の過ぎ越しにおいて成就される子羊の死のため(つまりイエス様の贖いの十字架の死のため)であったと見ることができます。主イエスご自身が自らの死を~の御旨と受け止め、そのために一切の他のわざを中断したもうたのです。私たちもその目標に注目しなければなりません。

 主イエスはこれまで、ガリラヤを働きの場としていました。そこが使命の場でもあったのです。このガリラヤのいたるところで主は説教をし、悪霊を払い、病人を癒し、食べるものがないものにはパンを与えられました。そして今、主イエスはそこを通り抜けて行かれます。そこは目的地ではありませんでした。私たちの人生におけるこの世もそういうものであります。この世において、わたしたちは福音の証しを立て、よき隣り人として生きなければなりません。けれども、私たちはこの世を通り抜けるのであって、この世に定着するのではありません。私たちは今途上にある存在なのです。どこに向かうのか・・

 ガリラヤでは、人々がまたこの主にお会いするならば、主イエスをひきとめ、様々な奇跡と御利益を期待するでしょう。主イエスはこの世界を支配される王でなければならず、敗北者であってはならない、これが不信仰のこの世の判断でありました。そして、このような判断に主イエスの弟子たちも同調していました。一般民衆が、そのように、主イエスを十字架につけるのではなく、これをもり立てて王にしようとしていることによって、人間をより本質的に救おうとされる主イエスの歩みは中断することになる。イエスはそれを拒否なさるのです。主が今、人に気付かれないようにガリラヤを通りすぎて行かれる理由は、31節に書かれている通り、人の子は、人々の手に引き渡され、殺される、殺されて三日の後に復活する、と言われておられたからです。十字架の死を目指しておられたからです。そして、それは過ぎ越しの子羊の死であり、その死はエルサレムでなければならなかったのです。そのことは10章33節で再び示されます。

 さて、主イエスは、民衆に気付かれないように、十字架を目指して出て行くほかはありませんでした。そしてもう一方では弟子たちに対して、主イエスの十字架の死の意味をよく説いて教え、信仰告白を深みにまで導かなければなりませんでした。「~の国が来た」と宣言までされたのに、~の国の主権者が十字架につけられるという不合理が、なお躓きにならないためには、よほどの教育が必要であります。フィリポ・カイザリヤの時以来、この弟子たちに対する教育が始まったわけです。

 主は十字架の贖いの御業を語られる時にはいつも復活をそれに結びつけて語られます。十字架の贖いは確かに偉大な恵みのわざでありますが、それだけで完結しているのではないことを主は教えておられます。現実的には十字架の重みしか感じられないような時にも、復活の新しい命への再創造を視野に入れた確かな希望の生き方が私たちにできるように、そして更に救いの完成である終末への希望の道を、主が自らその道を歩んで私たちに示そうとしておられるのです。

 このときには、弟子たちにはそのことが何も理解出来なかったのはやむを得ないことでした。十字架が既に信じがたいことだったのですから、さらにその先の復活まで理解することは全く不可能であったということです。それでも、主イエスは弟子たちの理解の程度に応じて教えの内容をこの世的な、世俗的な御利益に切り下げるようなことはなさいません。今も主イエスは、ただ十字架と復活と、救いの完成である再臨の教えによってのみ、私たちの信仰を堅くしようとしておられます。私たちの信仰の道はそこにしかありません。

 33節 「一行はカファルナフムに来た」とあります。ここにイエスの一団の活動の本拠地であるペトロの家がありました。このカファルナフムの町の名がこの福音書に出てくるのはこれが最後となります。10章1節に、イエスがそこを去られたとあるのは最後的にこの町を去り、エルサレムに向かって行かれたことをさします。最後の時期が迫っていたのです。

 弟子たちは何となくそのことを感じていました。カファルナフムの町に入り、今度そこを出ると事態は急変する、つまり終末が来るであろうと弟子たちは予感したのです。ところが終末が近いと予感することによって、弟子たちの心の中に呼び起こされた関心は、終末的な王国、主イエスが王なるメシアとして支配したもうその王国で、弟子たちの中で誰が一番偉いか、弟子たちの内で誰が上位に付くかということでした。そしてあれこれと人物の評価をすることではなく、お互いに自分こそ一番上の地位につくのだと主張し合ったということを示しています。

 自分こそ最も偉いと思い込む人間の浅ましい愚かさが、終末が近いのを意識したときにかえってその傾向が助長され、そして、論争が繰り返され次第に激しくなって行くのを、10章35節でまた読むことになります。そこには私たち自身の醜さが照らし出されているのを覚えずにはおれません。主イエスは、私たちのそのような愚かさを頭から叱るようなことはされず、家に入り、静かに尋ねることからはじめます。それは、弟子たちに一層の内省的な痛みを感じさせるものでした。弟子たちが黙っていたのは、あのような口論をしたのは、はしたないことだと気付いたからです。

 十字架の死の予告がなされている道の上で、弟子たちの間にこのような醜い争いがあった事実は、私たちにとって深刻な問題であります。というのは、人を押しのけて自分を高く持ち上げる浅ましさは、十字架も終末も知らないところにおいてではなく、むしろ十字架が明確に意識されるときに、この問題が露わになるということだからです。

 弟子たちはまもなく実現しょうとしている~の国において、人よりも上の地位につきたいと思っていました。これまで自分たちが家を捨て、財産を捨て、多くの努力を重ねてきたからには、少しでもそれに見合う報酬を貰わなければならない、という考えであります。この後10章28節のところに、ペトロは「このとおり、私たちは何もかも捨ててあなたに従って参りました」と言い出します。マタイ福音書によりますと、そのあとになお「では、私たちは何をいただけるのでしょうか」という言葉が続いています。(マタイ10章27節)ここにペトロの本音があったのだとマタイは見ているのです。それが後々まで尾を引く問題に発展していくような激しい論争がここで展開していると見る事ができます。誰が一番初めから主に従ったか、誰が一番深く主の教えを理解したか、誰が一番純粋に、誰が一番効果的に主に奉仕したか、などと論じ合ったのではないかと思われます。弟子たちがそれぞれ各自が自分を最も高く買って譲ろうとしなかった。たとえば、イスカリオテのユダはこの一団の中で会計係をしていましたので、主イエスの信認を得ていると思っていたことでしょう。そして自分の地位を高く吹聴したでありましょう。そして、ペトロとゼベダイの子らとの間に一番激しい争いがあったと想像されます。そういうことがあったから、10章35節にあるように、ゼベダイの子らが後で個別に主に取り入って自分たちを売りつけようとし、これを知った十人の弟子が憤慨するということが起きたのです。このことは、十人の弟子たちだけの特有の問題ではなく、もっと多くの弟子たちが言い争う問題に発展していく可能性があり、多くの人に教えなければならないもののように思いますが、主は今は、ただ単に普遍妥当性をもった道徳としてではなく、~の国の奥義を教えようとして十二人だけに限ってこれを教えておられます。主の御言葉はこのように宣言いたします。「一番先になりたい者は、すべての人の後になり、すべての人に仕える人になりなさい」

 弟子たちにおいてあらわされているように、私たちは人を押しのけても、自分が先に立とうとします。おくれたときにはすぐに追いつこうとします。一面から言うならば傲慢ですが、反面人に遅れを取っている自分自身のみじめさを、見るに耐えないほど弱気であることを示しています。主イエスの御言葉は思い上がる私たちを打ち砕くとともに、惨めな私たちに自由を回復してくださろうとしているのです。その回復の道はどこにあるかと言いますと、「仕える」ことにあるというのです。またこれこそが十字架の意味でもあったのです。「仕える」という言葉はここでは「子どもを受け入れる」ということに関連づけられています。

 福音書の中の「子ども」に関連する主イエスの言葉には、よく似た二種類のものがあります。一つはここにあるような「子どもを受け入れる」というもので、もうひとつは「子どものように神の国を受け入れる」というものです。これはもともと別の言葉ではなく、本来は一つの言葉だったものが伝えられていくうちに別の形になっていったのかもしれません。「子どものように神の国を受け入れる」という言葉についてはマルコ福音書では次の10章に出て来ますので、そこで考えたいと思います。ここでは「子どもを受け入れる」という表現について考えます。

 「子どもを受け入れる」ということは、現代のわたしたちの感覚では、それほど難しいこととは思えません。誰でもあえて子どもを拒否しようとは思わないはずです。しかし、イエスの時代には、子どもが邪魔者扱いされるのはごく普通のことでした。当時の「子ども」についてのイメージは、先ず第一に「無力・無能」ということでした。子どもとは何の役にも立たない厄介者と考えられていたのです。イエスはこの子供の「手を取って」「抱き上げ」ます。子供を受け入れるというのは、この無能力者である子供を大切にするという生き方のことだったのです。

 ここでは「仕える」という言葉が使われていますが、人のために何かをしてあげるということが強調されているのではありません。それよりも、弱い人、小さな人、寄る辺なき人を大切にすることが語られているのです。そのために、自分自身が「全ての人の後」にならなければならないということなのです。ここで見逃してはならないのは、主イエスがこの子供と自分を同一視していることです。「わたしの名のためにこのような子供の一人を受け入れる者は、わたしを受け入れるのである」(37節)主イエスはこのように、小さな人々と自分を同一視してしまうのです。人間の弱さや、もろさ、危うさ、苦しみ、悲しみに徹底的に共感なさる主イエスの姿がここにはあるのです。主イエスの十字架とは、その共感の極限の姿であったということです。ここで抱き上げた無力な子供の姿は、十字架に釘付けにされる主イエスの姿とだぶってきます。主イエスの十字架への歩みとは、イエス自身が小さな者になっていく道でした。力の内にではなく、この無力さの中で、小さな土の器である私たちの弱さ、もろさ、危うさ、寄る辺なさを全て負って十字架に赴かれるのです。これが仕えることの本質です。そして主イエスはその道を神の御心として積極的に歩むことで神の愛を表して行くのです。

 私に出来る仕えることとは、主イエスが私たちに教えて下さった主の祈りにおいて神の御心が成るように祈り求め、主イエスのこの救いの業がこれからもこの地上でなされることを祈り求め、またそのために仕えて行くことにあると考えています。

お祈り致します。

主なる神様。わたしたちはいつの間にか傲慢になっています。自分が何か成し遂げると、大したことをしたかのように、人の前に誇りがちです。無力な者ゆえに神の憐れみを受けて力を与えられて、それを神が成し遂げられたことを忘れてしまいます。私たちが自分の弱さを認めてあなたの恵み深い救いの御業に寄り頼み自分を委ねて行く信仰を与えてください。
主イエスキリストの御名によって祈ります。  アーメン

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「神の国を目指す群れ」マルコ8:27-38
2021.9.12
 大宮 陸孝 牧師
それからイエスは、人の子は必ず多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから排斥されて殺され、三日の後に復活することになっている、と弟子たちに教え始められた。(マルコによる福音書8章31節)
 マルコによる福音書は、本日の日課の箇所で、ペテロのキリスト告白と第一回受難予告があり、そこから新しい展開が始まります。つまり、これ以降、エルサレムへと受難の道を進んで行くイエスが描かれていくのですが、この部分は、イエスのエルサレム入城の直前まで続き、エルサレム入城(11章以下)から再び新しい展開が始まって、イエスのエルサレムでの最後の一週間が描かれてゆきます。

 私たちは3年サイクルの日課に従って、この流れを繰り返し読んでいるのでありますが、その繰り返しの中でより深いキリスト理解へと問われているように思います。ペテロのキリスト告白に続く第一回受難予告、二回目の受難予告(9:30〜32)、三回目の受難予告(10:32〜34)が組み込まれています。そして、このそれぞれの受難予告の直後には、弟子たちの無理解を暴露する記事、─ペテロがイエスの受難を拒否する記事(8:32〜33)、弟子たちのうちで誰が一番偉いのかを論じ合っている記事(9:33〜35)、高い地位を求めるヤコブとヨハネの記事(10:35〜41)が置かれています。それぞれが受難予告の直後におかれていますだけに、弟子たちの無理解な様子がなおのこと強調されることになります。つまり、この流れは読み進むに従って、受難の道を歩むイエスとそのことに何の理解も示さない弟子たちとの間のギャップ(食い違い)が広がり、弟子たちの無理解の中をひとり受難の道を進むイエスの孤独な姿が際立っていくことになるのです。

 この大きな区分、流れの枠は、8:22〜26と、10:46〜52の、ベトサイダでの盲人の癒しとエリコでの盲人バルティマイの癒しの記事ではさまれております。無論、意図的な配置ですから、それにはある意味が含まれています。盲人の癒しとは目の見えなかった人が見えるようになることであります。本日の日課の少し前の所、8:14以下は弟子たちの無理解が強調されている話しでありますが、その中でマルコは、弟子たちに向って「まだ、分からないのか。悟らないのか。心が頑なになっているのか。目があっても見えないのか。耳があっても聞こえないのか。覚えていないのか」(8:17〜18)と語る苛立ったイエスの言葉を記しています。ここにありますように「見える」ということは、実際に目で見ているという意味であると同時に、「理解する」ということでもあります。ですから、ここの大きな区分は、なんらかの意味で「理解するようになる」という話しで始まり、「理解するようになった」という話しで締め括られていることになります。しかし、見えるようになるのは弟子たちではなく、二人の盲人であります。この二人の盲人の記事の間には、殆ど絶望的な弟子たちの無理解を暴露する記事が繰り返されているということですから、この弟子たちの無理解が、この二人の盲人によって一層際立って来ることになるのです。

 そうした中でイエスとは誰かを、イエスご自身が弟子たちに問います。その問いの中で、弟子の一人ペテロが「あなたはメシヤです」という告白をします。「メシア」はヘブライ語で「マシアッハ」です。これをギリシャ語に直訳したのが「クリストス」で、本来の意味は「油注がれた者」。神がある人に特別な職責を与えるとき、たとえば王、祭司、預言者に任職するときに、その人の頭に油を注いだのです。イスラエルの国が南北に分裂し、滅びの危機に直面したとき、神は民の救済者として終末的なメシヤ(救済者)を遣わして下さるという預言(イザヤ9章、11章、ゼカリヤ9章など)がなされ、民は待望していましたが、ローマに支配されていたイエス時代には、その支配をはねのけてイスラエルの民を政治的に解放するリーダーとしてのメシヤが待望されていました。恐らくイエスの弟子たちも、そのようなメシヤ観に染まっていたと察せられます。イエスの復活後も、「主よイスラエルの国を立て直してくださるのは、この時ですか」と使徒たちはイエスに尋ねています(使徒言行録1:6)。エマオの弟子たちも「私たちは、あの方こそイスラエルを解放してくださると望みをかけていました」と告白しています。(ルカ24:21)。

 イエスご自身は今回の箇所でペトロの口からメシア告白を受けますが、それに対してイエスがただちになさったことは、イエスを単なる政治的なメシヤとみなす誤解が人々の間に広まるのを防ぐこと(30節)、と同時に弟子たちの間違った、あるいは不正確なメシア観を正すことでありました。「それからイエスは、人の子は必ず多くの苦しみを受け、・・・と弟子たちに教え始められた。しかもそのことをはっきりとお話になった」(8:31〜32)イエスをメシアであると告白することは単なる口先だけの告白ではなく、イエスと一つになること、イエスと運命共同体を形造ることであります。ペトロの信仰告白を受けたイエスの今後の努力はこの点に絞られてゆきます。

 本日の日課から十字架の主イエスに新たに生かされ支えられて、イエスに従う歩みをこの世の罪の現実の中で積極的にして行く事を求められています。イエスに従って信仰の歩みをどうやってしていくのか、そのことを、34節は「自分を棄てる」ことと「自分の十字架を背負」うこと、この二つの言葉で説明しています。イエスに対して無理解な弟子たちの姿は、どこまでも自分を棄てきれない、自分本位の、自分自身を目標とした私たち自身の生き方と重なってきます。自分を棄てるというのは、少なくともそうした自分自身に執着する私たち自身のあり方にいつまでも留まっていないで、自分本位を抜け出して、神の救いの恵みに中心を移し替えて、繰り返し新しく始めるということを意味しています。ここで明確になっていることは、自己本位に生きることとキリストに従うことは相容れないということです。34節で語られていることは、自分の中に目標があるような生き方を止めて、神を目標とした生活への転換をすることによって、社会の中ではいろいろな軋轢となって私たちに跳ね返ってきて、多くの苦しみと悩みを負うことになります。しかし、35節によれば、そのような信じ従う信仰の歩みの先にのみ私たちの救いはあるのです。そのようにして歩む者にのみ救いの約束は与えられているとイエスは断言されるのです。

 ここで言われています「命」あるいは「命の救い」とはこの地上での生活のことではありません。それは「どんな代価を支払っても買い戻すことの出来ないもの」つまり、この世の他のものと置き換えることのできないものです。それは何でしょうか。それは私たち自身のこと、神から与えられた私たち一人一人の人格そのもののことです。そのような私たちの命への配慮をするのは私たちではありません。このわたしの命は、思いも及ばない仕方で神ご自身が与え生かしてくださっているものです。そのようにして神は私たちを神の恵みの中に置いてくださっています。この関係は神が永遠であられますから、永遠に続いて行くに違いない、と私は信じています。このような命の救いは私たちには信じる以外にないものなのです。

 信じ抜いて生きる私たちが最後に導かれる目標を確認しておきましょう。38節「人の子イエスはその父の栄光に輝いて聖なる御使いたちと共に来る」つまり、完成された神の国、それが私たちの主イエスに従う信仰の道の目標点であります。救い主の御生涯はこの地上でまだ終わっていないのです。救い主は、その御生涯を主イエスを信頼し従って歩む私たちの生活の中で、そして教会の中でさらに生きていたもうのです。そして私たちを今日も御言葉をもって新しくして下さっているのです。

お祈りいたします。

 神様。わたしたちはあなたを救い主として信じ、あなたに従って新しく歩んでいく信仰の道を示されました。わたしたちが歩んでいる信仰の道は神の国へと続く新しい歩みです。それゆえこの世では多くの誤解や中傷や様々な人間関係の亀裂が生じたり、傷を負ったりしますわたしたちに、まず主イエスが先立ってくださいまして、多くの苦しみを受け、長老、祭司長、律法学者たちから拒絶され、殺されるという道を歩んでくださいましたが、しかし三日目に神によって、その人生が受け入れられ勝利に終わるということをわたしたちに示してくださいました。

 どうか、わたしたちも主イエスと共にこの苦難の道を忍んで確信を持って歩んで行くことができますように、わたしたちがそのような人生を安らかに歩んでいくことができるのは、ただあなたによってであると、いつも神様の約束と恵みに信頼していくことができますように導いてください。

主イエス・キリストの御名によってお祈りいたします。 アーメン

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「訪れた転機」マルコ7:24-30
2021.9.5
 大宮 陸孝 牧師
そこで、イエスは言われた。「それほど言うなら、よろしい。家に帰りなさい。悪霊はあなたの娘からもう出てしまった。」(マルコによる福音書7章29節)
 「イエスはそこを立ち去って、ティルスの地方に行かれた」とあります(24節)。そことはどこかと言いますと。6章53節の「湖を渡り、ゲネサレトという土地についた」とありますので、今度はそのゲネサレトを去ってということであります。主イエスはユダヤ人と異邦人の助け手であり救い主であり、ユダヤ人の選民としての民族主義の枠の中で救いを考えていた偏狭さを打ち破られて、全ての人に開かれた救いの普遍性を示すことがこの旅行の目的であると見る事ができます。このことは既に旧約聖書の中にも預言されていることでありました。イザヤ書2章2節以下、42章1節、60章3節以下(1160頁)を参照

 その意味で今回のこの外国への歩みはこの預言を父なる~の御旨と受けとめてそれを実現させるための旅であったと解釈する事ができます。マルコ福音書を読みますと主イエスは実によく歩かれていることに気付かされます。マタイ9章35節〜36節には「イエスは町や村を残らず回って、会堂で教え、御国の福音を宣べ伝え、ありとあらゆる病気や患いをいやされた。また、群衆が飼い主のいない羊のように弱り果て、打ちひしがれているのを見て、深く憐れまれた」と言う報告は、主イエスの憐れみの眼差しはユダヤ人外国人の区別なく注がれ、その憐れみの心に動かされて激しく活動されたことを描かれている、私たちの心を深く捕らえる大変印象的な場面であります。

 主イエスは異邦人の救い主として、ガリラヤを出て、ツロ、シドンを経て、弧を描くようにして、「デカポリス地方を通り抜け、ガリラヤ湖へやって来られた(7:31」のです。異邦人にとっても生命のパンである主イエスは、深い憐れみに促されるようにして、その旅行の歩みを進まれたのであります。

 さて、主イエスはツロの地方に来られました。マルコ3章8節にありましたように、ガリラヤ湖周囲で活動されていたときに、主イエスのもとに集まった大勢の群衆の中に「エルサレム、イドマヤ、ヨルダン川の向こう側、ティルスやシドンの辺りからもおびただしい群衆が、イエスのしておられることを残らず聞いて、そばに集まってきた」とあります。ツロの地方には既にイエスの説教を聞き、イエスの奇跡を目撃した人がかなりの数いたようであります。この人たちが主イエスがやって来たと言ううわさをひろめました。そして独りの女性が、イエスのことをすぐ聞きつけます。その情報は福音とは言えないほどのイエスについての断片的な知識だったと思いますが、真実飢えていた人間にとっては、わずかに聞いただけでも心を動かすに充分なものであったようです。すぐにイエスのもとに駆けつけてきました。

 福音の伝達を充分豊かに聞いていながら、それで激しく心を動かされるわけでもなく、それによって人生が大きく変わるわけでもない場合もありましょう。どうして、こうまで違うのでしょうか。このフェニキアの女性とどこが違うのでしょうか。その違いの第一は、自分の心身の窮乏の意識の違いではないかと私は思います。この女性は悪霊につかれた女の子をかかえて、失意の底におりました。それだけに救い主を求める願いは切実でありました。マタイ福音書15章の並行記事では、この母親が叫び続けた、と書いてあります。(22節)すぐに駆けつけたということと、直接の叫びとにこの女性の苦悩と切実な求めとが込められていて、私たちの心を捕らえます。悪霊につかれて狂乱する幼い娘をかかえて、この女性はいかに苦悩の日々を過ごしたことでありましょうか。ツロ・シドンの人々は、ガリラヤで活動中のイエスの所に押し寄せたのですが、この女性にはガリラヤに行く余裕もなかったでありましょう。主イエス自らツロにやって来たのですが、十字架への苦難の道へと歩みを進めておられますので、人々からは距離を置こうとされます。女性は苦悩にうちひしがれながら、思いを振り絞るようにして、イエスの所に来て、ひれ伏して懇願します。この女性の事情は切迫しておりました。

 この母親はイエスの足もとにひれ伏します。こういう例はそうたびたびあるものではありません。そしてこれは求めの切実なことを現していると同時に、へりくだった礼拝の姿勢でもあるのです。主イエスに出会って救われる人々が、ことごとく苦悩する者、重荷を負う者であることをここに見るのです。主イエスはひれ伏してすがりつくこの母親を冷たく退けられます。まるで、異邦人の女の叫びに真実などあろうはずがないと、決めつけて突っぱねているかのようですが、しかし、主ははじめからこの女性の信仰を読み取っておられました。それなのに冷たく厳しい態度をおとりになりました。私たちも、祈りがただちには聞かれない経験をしばしばするのであります。もう祈ってもだめではないか。自分には信仰がないのではないか、神さまの救いの恵みから突き放されているのではないかという思いが湧き出ることがあります。しかしそのような自分自身の罪の思いのためにいっさいの恵みの失われた深い淵に立ちながら、それでもなお、~から来たまことの信仰は挫折しません。試練の中で忍耐を与えられ、打たれ強くなるのです。自分の姿勢を正して~の前にへりくだり、恵みを恵みとして受け取り、~の恵みのもとに生かされている自分をそこで改めて発見することができるようになるのです。

 この母親は、主イエスによって、娘から悪霊を追放してもらうのでありますが、ただ悪霊追放という救いがこの女性にとってすべてであろう筈がありません。救いがそのようなものであるならば既に多くの人が癒しや治療の業を行い、主イエスも主イエスから派遣された弟子たちも宣教のわざとして行っているのです。しかし、これらは恵みの主が私たちにもたらそうとしておられる最終的な救いではありません。これらはやがて私たちのもとにもたらされる完全な~の愛の支配・~の国のしるしに他なりません。苦しみ重荷を負う者に、聖にして真に憐れみ深い~によって成し遂げられる完全な御国を与えられるという約束のしるしなのです。救いはどうしても終末的に捕らえていかなければなりません。私たちのこの世界の現実の中に~の国が実現していく根拠は~の新しい全能の創造の力に拠ることだからです。

 この母親は自分自身が~の救いに値しないことをよく自覚しています。もし、救いに値すると考えたり、それを主イエスに強要し強引にせがむとするならば、主イエスは本気で拒絶されたでありましょう。主イエスはまた「あなたがたが祈るときは、異邦人のようにくどくどと述べてはならない」(マタイ6:7)と言われます。祈りと願いの実績を積むことによって、~を祈り倒すようなことは出来ません。その場合に自分の罪の絶望状態が自覚されていないのです。へりくだって~の恵みのもとに立つとはどういうことなのか、既に申し上げましたように、神の愛から離れている者、救いに全く値しない者を無条件の愛で(恵みによって)~の国に招き入れて下さる、その主の救いを信じることが、決定的に重要なのです。

 ですからこの母親が謙遜であったという言い方も十分な理解ではないことになります。またこの母親はあきらめないで執拗に主イエスに食い下がります。そして、ここでもまた、諦めない態度が評価されたのだということでもありません。彼女の絶望状態が、そして主イエスに一切の望みを置く信仰が、このあきらめない態度を生んだのだとすれば、この不義な者を無条件に贖ってくださり、神のものとしてくださる、その神の愛と全能の力に全てを委ねるこの信仰を主イエスは是とされたのだということです。そしてこの母親に帰れと言われます。この信仰を持ってこの女性は帰るのです。帰る先に開けていた世界は、前とは違ったものになっていたことでしょう。パラダイム転換と言われます。生活の枠組みががらりと変わることです。悪霊の支配が敗れ退き、キリストの示された御国の光が射している世界であったと思います。私たちが主の食卓からパンを受けて帰っていく世界も、まさにそのように現実が転換している世界なのだと主イエスは私たちに言おうとなさっているのではないでしょうか。私たちも主の示して下さった恵みの世界に、日ごとに生活を転換して行く信仰の歩みを歩み続けて参りたいと思います。

お祈り致します。

主よ、あなたはシリア・フェニキア生まれの貧しい女性とも真実に出会ってくださり、神の国の展望をわたしたちにも新たに示してくださいました。わたしたちは、厳しい時代を生きていますが、そのようなわたしたちにも、あなたによって神の国の基礎が据えられていることを確信して、御国の一員として信仰の歩みを歩んでいくことが出来ますようにお導きください。

主イエス・キリストの御名によって祈ります。   アーメン


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